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ISAO SUGEHARA


1985年東芝に入社以来、私は一貫して海外の事業に携わってきました。

米国(カリフォルニア州)、シンガポール、上海、北京と4都市での海外駐在、延べ20年間を海外で過ごしました。

1998年から2003年までのシンガポール駐在の6年間に、東南アジア、インドを含む西南アジア、中近東、アフリカと30数カ国の市場での事業開拓を担い、年間150日あまりを海外出張に費やしました。国籍も人種も宗教も異なる人たちとビジネスをしていく上で、大事なのは、グローバルに通用する論理的思考(ロジカルシンキング)であるということを痛感しました。

2004年4月、43歳で上海に赴任。長江の河口、黄浦江沿いのライトアップされた上海の外灘の風景と高層ビルが建ち並ぶ浦東を見て、中国という巨大な市場でこれからチャレンジすることに興奮を覚えたのを思い出します。その後、販売現法の責任者として中国全土の販売サービス網の開拓を担い、全省、全自治区、全直轄都市の省都を含む200都市以上を訪問しました。

2017年、中国総代表兼中国現法の会長兼社長として、再度、中国北京に赴任。中国での駐在は延べ13年に及びました。上海に赴任後、少しずつ、中国語を学んでいったのですが、言葉が拙くても、思った以上にコミュニケーションが成立しました。よく、アメリカ人と中国人は考え方が似ているという人がいますが、中国人もロジカルシンキングで成り立っていることに気づかされました。改めて、世界のビジネスでの共通語は英語でも中国語でもなく、ロジカルシンキングなのだということを学びました。

遡って、私が上海にいた時期の中国の経済成長は著しく、2010年に年間GDPで日本を抜き去り、世界第2位の経済大国にまで成長し、2019年のGDPは日本の2.7倍にまで達しました。中国全土に、網の目のように張り巡らされた高速道路網と高速鉄道網。二級都市、三級都市にまで壮大な空港が整備され、人と物の移動がどんどん活発になり、世界中のグローバル企業が中国に製造拠点を構え、世界の工場と言われた時代を謳歌してきました。製造拠点としての中国のモノ作りの力は急激にレベルアップし、単に低コストだった時代から高い品質の部品、商品を生産できるまでになりました。市場としての中国の成長も凄まじく、その人口と経済力に支えられ、多くの商品で、日本のそれを遙かに凌駕する規模に成長していきました。

中国は、下請け、コピーするだけと言われた時代から、改良を重ね、中国発の新しい商品・サービス、革新的なビジネスモデルを生み出すまでに変貌を遂げつつあります。ハイテク技術、流通、シェアリングサービス等々の分野におけるイノベーションで世界をリードし続け、世界の脅威にすらなってきています。中国のユニコーン企業はすでに200を超え、米国さえも凌駕する勢いですが、その裾野は広く、日々、多くの素晴らしい技術と人材を有したスタートアップが生まれ、急速に成長しています。

中国でスタートアップが数多く誕生してきている理由の一つとして、投資会社の数と資金量が日本とは圧倒的に違うことが挙げられます。加えて、14億の人口に支えられた巨大な国内市場が多くの事業機会を創出しています。また、中国では新しい技術が商品化されるまでのスピードが圧倒的に速く、新しい技術・商品を創り出す「実験場」としての機能も有しています。私自身も北京駐在時にスタートアップの幹部に会う機会に恵まれ、彼らの優秀さに驚きつつ、こうしたスタートアップを日本企業のオープンイノベーションに活用しないのはもったいないなと感じていました。

コロナ禍の状況下、日本企業は生き残るためには、新しい商品・ソリューション、ビジネスモデル、新規事業を生み出して行かなければなりません。

今まさに、真のグローバル化とオープンイノベーションの実現・常態化が日本企業に求められているのです。

日本企業が再び成長に向けて歩み始め、そして、その先に、もう一度日本が輝けるようになってほしい。そのために、少しでも力になることができればとの思いで、この新しい会社を設立しました。

私たちは、日本企業のナビゲーターとして、新たな大海への旅を始めます。


2020年8月

株式会社SUGEHARA & NA Associates

代表取締役 CEO  須毛原 勲