変わりゆく上海の教育環境:放課後スケジュールから見る現状
中国のすべての小中学校は来週から正式に冬休みモードに入ります。子どもたちの放課後の予定はびっしり詰まっており、学科の学習や習い事だけでなく、さまざまな旅行計画も含まれています。以前と比べると、彼らは単に宿題に追われるだけではなくなりました。彼らの放課後のスケジュールの変化を通して、上海の教育環境の変化を垣間見ることができるかもしれません。
上海では、子どもの教育と成長は家庭において非常に重要な部分を占めています。現在、上海の若い親たちの学歴は全体的に向上しており、30~39歳の年齢層、つまり現在の小学生の親世代にあたる層では、60%以上が高等教育を受けており、そのうち学士号以上の割合が40%になります。(*データ出典:「全市年齢別・性別・学歴別3歳以上人口統計」)。子どもにしっかりと勉強させることは、広く認識されている共通の価値観となっています。
中国には「子どもをスタートラインで負けさせてはならない」という言葉があります。近年、そのスタートラインはどんどん前倒しされてきました。良い大学に進み理想の職業を得るためには、まず良い高校に入る必要があります。良い高校に進むには、良い中学校が有利になります。同様に、良い中学校に入るには、良い小学校がその足掛かりとなり、さらにその前には良い幼稚園が必要です。幼稚園が「最良のスタートライン」となり、このラインに立つ、あるいは近づくために、あらゆる年齢段階で選抜が起こり、時には託児所の段階からその傾向が見られるようになりました。
では、託児所や幼稚園で子どもたちの何を評価するのでしょうか。私もかつて、上海で有名な託児所の「面接」に子どもを連れて行ったことがあります。子どもが親から離れ、先生と一緒にゲームをしたり、簡単な質問に答えたり、簡単なパフォーマンスを披露したり、英単語を1~2語でも話せたりすると、先生に強い印象を与えることができました。
こういった選抜テストで目立つために、さまざまな早期教育やトレーニング機関が盛んになっています。例えば、上海人が英語を重視する伝統を背景に、英語の歌やダンスを教える機関が増加し(※1 如火如荼)、 バイリンガル幼稚園が広まっています。一部の託児所でも英語ネイティブの教師を配置し、「幼少期から英語環境で語感を養う」と称しています。また、さまざまな論理的思考クラスがあり、「PUA型の親の思考法」(※2 PUA)は、学力が低い子どもたちの学力の向上をさせる近道とされています。さらに、「健康は革命の本源」(※3 身体是革命的本钱)という名目で、子どもたちに運動を指導するスポーツクラブも急増しています。
おとぎ話のような昔の冬休み:教育の風景はどう変わったのか
1980年代の子どもたちは、放課後は学校の宿題を終えるだけで十分で、補習に通うことはほとんどありませんでした。しかし、現在では、子どもが一度も外で補習を受けたことがないというのは、まるでおとぎ話のように感じられます。(※4 天方夜谭)
現代の一般的な子どもの課外活動の「標準パターン」は、次のような構成です。
- 学科系の学習(例:英語、論理的思考、読解)
- 趣味系の活動(例:音楽、囲碁、書道、美術)
- スポーツ系の運動(例:サッカー、バスケットボールなど)
幼稚園児でも、いくつかの課外クラスに通うのは当たり前のことです。小学校に進むと、週末にさまざまな学習機関で授業を受けることがより一般的になります。週末になると、子どもがいる家庭は多くの塾やトレーニング機関を往復する日々を過ごします。
エスカレートする教育熱:子どもと家族に課される課外活動の現実
週末のショッピングモールで最も賑わう場所は、多くの場合、こうした学習塾です。塾の周りには、親が待ちながら過ごせるカフェ、昼食をさっと済ませられるレストラン、母親向けのジムや美容院などが並び、時間を有効活用できる環境が整っています。通常、1回の授業は1時間で200元(約4,000円)前後。1年分のコースをまとめて購入すると1万元(約20万円)にもなります。こうした費用について、上海の母親たちはよく「1つのバッグがこうして消えていく」と自嘲しています。
上海の家庭が子どもの養育にかける平均費用は、出生から17歳までで101万元(約2,200万円)に達し、中国全土で最も高額です。(*データ出典:「2024年版中国養育コストレポート」)但し、この金額には、多くの家庭が子どもを良い公立学校に入れるために購入する「学区物件」(※5 学区房)への多額の投資は含まれていません。
以前は、勉強は子ども自身の責任でしたが、今では家族全体、特に母親の責任になっています。どの課題を学習しているのか、テスト前にどの内容を復習すべきか、母親の方が子どもよりも詳しい状況です。
例えば、ある幼稚園の子どもがすでに中学入試レベルの英語をマスターしているとか、ある小学生が中学校の数学を自学で終わらせたとか、また別の子どもが流暢に話せるようになったとか、毎朝6時に起きて音読を続けているなどといった話をよく耳にします。
学科の学習はますます先取りされるようになり、誰も学校のペースに従ってゆっくり学ばせることをしなくなっています。さらに、どこまで先取り学習を進めるべきなのか、その「限界」も誰にも分かりません。この状況は「劇場効果」(※6 剧院效应)に例えられ、誰もが立ち上がると最前列以外の人が見えなくなるように、子どもたちはますます大変になり、親たちもますます不安を抱えるようになっています。
「双減」政策が変えた教育環境:子どもたちの未来に向けた新たな挑戦
そんな中、2021年に政府が「双減(ダブル削減)」政策を打ち出しました。これは、義務教育段階の生徒の宿題の負担を軽減し、同時に、校外の学習塾などでの負担も軽減することを目的としたものです。上海では、学校の宿題量に明確な規定が設けられ、学校に放課後の学習活動を実施させる一方で、校外の学習塾を全面的に規範化しました。その後、選抜制度を通じて学生を受け入れていた民間の教育機関についても整備が進み、民間学校への入学方法は選抜制から抽選制(いわゆるくじ引き方式)に変更されました。
この政策がもたらした最も直接的な影響は、民間学校の生徒の質がコントロールできなくなったことです。多くの民間学校は「神格化された地位」から降りざるを得なくなりました。また、幼児や小学生向けの学習塾も大量に閉鎖されました。学校の授業はカリキュラムに基づく内容に限定され、無制限に範囲を広げることが禁止され、大規模な先取り学習の流れも徐々に弱まりつつあります。
実際、多くの親たちが、先取り学習をひたすら追求することの結果が必ずしも満足のいくものではないことに徐々に気づき始めています。「無理やり押し込まれた」(※7 赶鸭子上架子)子どもたちは、早い段階で学習に対する積極性を失ってしまうことが少なくありません。さらに、幼い頃の自由に遊ぶ時間が大幅に減るだけでなく、時間の制約により自己探求のプロセスが圧縮され、学習の楽しさをまったく味わえない状態になっています。
こうした家庭環境で育つ子どもたちが、果たして健全に成長できるのかという問題は、親、学校、そして社会全体の関心を集めるようになっています。
無理やり「競争」に巻き込まれていた多くの親たちは、「双減」政策の実施を受けて、少しほっと一息ついたようです。そして、心の余裕を取り戻しながら、子ども一人ひとりの成長過程を理解し、それぞれの子どもの得意不得意を受け入れることが、新たな課題として意識され始めています。
その結果、子どもの課外クラスを選ぶ際には、学科系よりもスポーツ系の活動を選ぶ傾向が強くなっています。また、冬休みや夏休みの旅行では、単に観光地を巡るだけではなく、博物館や美術館の訪問、さらには航空機や船舶製造工場の見学などの体験活動、さらにはボランティア活動など、学科以外の知識や能力を高める活動に親たちがより注目するようになりました。
さらに、一部の親たちは新たな道を模索し始めています。それは国内の教育システムにこだわらず、海外への視野を広げることです。短期間の海外留学プログラムや体験型学習に参加し、国際的な学びと生活環境を全方位で体験することを選ぶ家庭も増えています。たとえ将来的に海外留学の機会がなかったとしても、このような経験が視野を広げる良い機会であり、挑戦の一環と捉えられています。
教育の価値観の変革:突出するよりも充実した人生を
方向性が多少変わったといえ、教育は社会や家庭にとって依然として最も重要な課題の一つです。
同時に、子どもに突出した成果を求めることに固執せず、「平凡な子どもが平凡な一生を充実して過ごすこともまた一つの幸せだ」と考える親も増えてきています。
それでも、親であることは決して楽ではありません。今の選択が自分の子どもにとって最適な成長の道であるかどうかは、誰にも分かりません。
ただ、現時点でできる限りのことをしながら、歩みを大切にし、一瞬一瞬を大事にしていくことが求められているのではないでしょうか。
1. 如火如荼(rú huǒ rú tú)
- 意味:大規模な行動や勢いが盛んで、雰囲気が非常に熱烈である様子を指します。本文では、さまざまな機関が非常に多く、業界が繁盛していることを表しています。
- 日本語訳:燃え盛るように活気に満ちている。
2.PUA(pǔ ā)
- 意味:英語の「Pick-up Artist」の略で、元々は恋愛関係を発展させるために感情知能を高め、相手を引き付ける方法を学ぶことを指していました。現在では、言葉や行動を通じて相手に自分の考えを納得させる行為を指すことが多いです。
- 日本語訳:他者を説得・操作する心理的手法、または感情操作。
3. 身体是革命的本钱(shēn tǐ shì gé mìng de běn qián)
- 意味:行動の前提条件として、良好な体力が必要であるという意味です。どんなことを成し遂げるにも、健康な体が基本であることを強調しています。
- 日本語訳:「健康はすべての基本である」。
4. 天方夜谭(tiān fāng yè tán)
- 意味:アラビアの物語『千夜一夜物語』から来た表現で、現実的ではない、荒唐無稽な言説や伝聞を指します。本文では、実現不可能な話を比喩しています。
- 日本語訳:「絵空事」「非現実的な話」。
5. 学区房(xué qū fáng)
- 意味:上海ではすべての住宅が対応する学校と紐づいており、義務教育を確実に普及させる仕組みがあります。特に「学区房」とは、優れた公立学校への入学権が付随する住宅物件を指します。
- 日本語訳:「学区指定住宅」「学区物件」。
6.剧院效应(jù yuàn xiào yìng)
- 意味:劇場で、観客全員が座って観劇していたのに、誰かが立ち上がると、後ろの人も立たざるを得なくなり、最終的に全員が立ち上がるという現象を指します。本文では、子どもたちが先取り学習を強いられる状況を比喩しています。
- 日本語訳:「劇場効果」。
7. 赶鸭子上架(gǎn yā zi shàng jià)
- 意味:本来、アヒルは鶏のように棚に登らないため、無理やりアヒルを棚に登らせる行為を指します。本文では、幼い子どもが自主的に長時間学習する意欲を持たないのに、親や環境によって強いられている様子を表しています。
- 日本語訳:「無理やりさせる」「無理難題を押し付ける」。
これらの中国語を覚えることで、最新の話題や中国文化について理解が深まるでしょう。ぜひ日常会話の中で活用してみてください!