リアル中国生活!ミキの上海通信

vol.23 上海―黄浦江が映す二つの岸辺       2025.05.02 リアル中国生活!ミキの上海通信 by Miki

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 上海には1本の川があり、上海市の11の行政区を流れた後、長江に合流し、そのまま東シナ海へと注いでいます。その川こそが黄浦江です。

 黄浦江は上海を東西の二つのエリアに分けています。東側は「浦東」と呼ばれ、行政区分では単独で浦東新区となります。西側は上海中心部の残り6つの区で、一般にこの中心市街地をまとめて「浦西」と呼んでいます。


古き良き上海の風情を残す「浦西」

 上海が開港した当初、その出発点は浦西でした。そのため浦西は、いち早く西洋の文化や経済の影響を受けました。黄浦江の西岸に築かれた外灘の建築群はその名を轟かせ、当時の上海を極東の金融センターへと押し上げ、後の経済発展の土台となりました。市街地には、プラタナスの葉陰にくねくねと延びる小道や瀟洒な洋館が点在し、通りの屋台や早朝に響く忙しげな物音が、活気あふれるもう一つの上海を形作っています。浦西の歴史こそが上海の基調を築いたのです。

 浦西の中心市街地は、およそ294平方キロメートルの範囲に、上海の歴史的保護建築の6割、老舗ブランドの7割、文化的ランドマークの8割が集まっています。144本の道路や路地が景観保護道路に指定され、そのうち64本は「永遠に拡幅しない道路」とされており、いかなる形でも拡幅が許されません。通りの両側にある建物の様式や大きさも歴史的な姿を保つよう定められており、浦西が人々にとっていかに特別な存在であるかがうかがえます。

 歩を進めると、巴金旧居や魯迅蔵書室などの文豪の旧宅をはじめ、かつての各国領事館や古い官公庁の建物が現れます。さらに、古い集合住宅や「弄堂(ロンタン)」と呼ばれる路地も至るところに残っています。2〜3階建ての小さな家々がびっしりと並び、外壁は灰黒色や赤レンガ。狭い路地の入り口には雑多な物が置かれ、暗い窓辺には色とりどりの洗濯物が干されている光景が見られます。かつての弄堂(ロンタン)には、あちらこちらから物売りの声がひっきりなしに聞こえていました。朝になると豆乳と揚げパン(油条)の屋台が立ち、人びとはホーローのマグや弁当箱を手に列をつくって買い求めたものです。日中には、廃家電を回収する人やハサミを研ぐ職人、ベッドのマット(棕绷)を直す職人などが街を巡り、遠くまで響く呼び声で客を集めていました。古い家は防音が十分でないため、何かあれば上下階で大声をかけ合えばたちまち伝わります。とくに夏は蝉の鳴き声と相まって、耳に届くすべての音が生活の温度を感じさせる――まさしく“下町のにおい”に満ちた都市の風景でした。

 今では街角の屋台は減り、呼び声を耳にすることもめったにありません。市中心の狭くて古い家屋には、住民、とりわけ若い世代が少なくなり、多くの建物が瀟洒なレストランやホテル、ショップへと改装されています。有名な「新天地」も、百年の歴史を持つ旧式住宅群をモダンな商業エリアへと生まれ変わらせた例です。こうした歴史の趣と現代的な風情が交錯する光景は、観光客を惹きつけるだけでなく、地元の人々にとっても何度でも足を運びたくなる魅力となっています。

 集中的な商業開発とは別に、浦西ならではの魅力は、あちこちに点在する街角の小さな店です。細い路地が、個性豊かで愛らしい小さなショップに場所とチャンスを与えています。人びとは気ままに通りすぎ、ふと思い立ったら扉を押して中に入り、腰を下ろしたり、ぶらぶらと見て回ったりします。なかには住宅街の奥にひっそりと隠れた店もあり、「良い酒の香りは深い路地でも人を引き寄せる」(※1有种酒香不怕巷子深)ということわざどおりの自信と気取りのなさが漂います。歩き疲れた若者たちは、そのまま縁石に腰を下ろして休むこともしばしば。カフェとベーカリーが軒を連ね、ときおりコラボ展示やポップアップストアにも出会え、行列ができるほど賑わいます。

 そんな浦西は、こぢんまりとしてロマンチックで、人の温もりに満ちたエリアです。ここをそぞろ歩けば、古き良き上海の風情を存分に味わえます。


大規模開発による金融街の摩天楼が立ち並ぶ「浦東」

 浦東は少し様子が異なります。

 浦西が熱気を帯びて高層ビルを次々に建てていたころ、浦東はまだ静かな農地と漁村が広がるだけの場所でした。

 転機が訪れたのは1990年代。1990年に上海浦東新区が正式に設立されると同時に、黄浦江を挟んで外灘と向かい合う陸家嘴金融貿易区が誕生し、上海が国際金融センターとなる核心的地位を明確にしました。以後30年の間に、ここには8,000社を超える各種金融機関が集結し、東方明珠テレビ塔、そして「三件套(スリーセット)」と呼ばれる「金茂大厦」・「上海環球金融中心」・「上海中心」の三つの超高層ビルが次々に完成しました。

 2020年には陸家嘴エリアの経済総量が5,000億元を突破。上海証券取引所、中国金融先物取引所、中国国際黄金取引センターもこの地区に置かれ、空気までが“金の匂い”を帯びているかのようです。朝になると、地下鉄の出口からは洗練された装いの「ゴールドカラー」のエリートたちが足早に摩天楼へと吸い込まれていき、マネーと向き合う一日が始まります。

 浦東は広々としていて、真新しい街並みが特徴です。道路は幅広く、車線は片側2車線で車の流れも早く、歩道もゆったりしています。巨大なショッピングモールは華麗ですが、街角の個人店は少なく、歩行者の数もまばらで、どこか空虚ささえ感じられます。

 


ふたつの地域が奏でるそれぞれの旋律

 浦東は名声と利得、効率、そして金銭を象徴しているかのようです。対する浦西が抱えているのは、暮らしの息遣いと安らぎ、そして人々の営みが放つ温かな“生活の匂い”。浦西の歴史的な趣と浦東の近代化が相まって、黄浦江の両岸にはまったく異なる風景と感覚が生まれています。

 昔の上海人はよくこう言ったものです。

 「浦西でベッド一つを手に入れられるなら、浦東に一軒の家など要らない」――。

 当時の浦東は“田舎”と見なされ、広大な土地にもかかわらず、上海に流入してきた地方出身者が腰を落ち着ける場所、という印象しかありませんでした。荒涼とした景観に加え、交通の不便さも人々が敬遠する(※2嫌弃)大きな理由でした。

 しかし今では、黄浦江の両岸には計13本の大橋と18本のトンネルが架けられ、往来は飛躍的に便利になりました。暮らしは川を挟んでシームレスにつながり、浦西の歴史情緒と浦東のモダンさの両方を同時に味わえます。さらに現在の浦東は、金融・ハイテク産業を伸ばしつつ、大規模な緑地や文化芸術施設、医療・教育インフラの整備に力を入れ、暮らしやすいレジャー&ライフエリアへと変貌を遂げつつあります。

 近年注目を集める前灘(チェンタン)コミュニティは、陸家嘴の南、黄浦江沿いに位置し、市内主要エリアへは車で30分圏内。複数の公園が点在し、住民は徒歩で広々としたリバーサイド遊歩道へ行き、散策やサイクリングを楽しめます。ハイエンドな商業施設と路地裏風の商店街が同居し、質の高い公・私立教育資源も充実。浦西の洗練さとも、陸家嘴のせわしないペースとも異なる、ゆったりしたライフスタイルで人々を惹きつけています。

“浪奔,浪流,万里涛涛江水永不休。( làng bēn, làng liú, wàn lǐ tāo tāo jiāng shuǐ yǒng bù xiū)

 波よ奔れ 波よ流れ
 万里を渡る滔々とした流れは永遠に眠らない

 この名曲『上海灘』(※3)は、百年にわたる上海灘の情緒を歌い上げています。黄浦江の両岸もまた、それぞれの旋律を紡ぎ続け、これからどんな物語が奏でられるのか――期待は高まるばかりです。

〈気になる中国語〉

※1 酒香不怕巷子深 jiǔ xiāng bù pà xiàng zi shēn

意味:  良い酒は奥まった路地にあっても香りで人を呼ぶ──質が高ければ場所が悪くても自然に客が集まるというたとえ。

※2 嫌弃 xián qì

意味: 気に入らずに受け入れない・軽視して遠ざけること。

※3『上海灘』 Shànghǎi Tān

意味: 灘 Tān=川岸の浅瀬・砂州を指す語

本来は「川辺の砂州」を意味し、黄浦江西岸の外灘(バンド)一帯、すなわち近代上海を象徴するウォーターフロント地区を指します。転じて「栄華と荒波が交錯する1930年代の上海」「機会と危険が渦巻く大都会」を象徴する言葉としても使われます。

1980年に放送された香港TVBドラマ『上海灘(The Bund)』
『上海灘』は、激動の1930年代の上海を舞台にした愛と野望の叙事詩であり、同名の主題歌はそのドラマ性を濃縮した“不滅のシグネチャー”。ドラマと歌の相乗効果でアジア中に“上海ロマン”を浸透させた、永遠の名作。

これらの中国語を覚えることで、最新の話題や中国文化について理解が深まるでしょう。ぜひ日常会話の中で活用してみてください!

by Miki

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