朝の川辺にはカルガモの子どもたちが戯れている。
静かな川辺の親子と、遠く中東で交わされる報復の火。
私的な散歩道と世界の断層が、ふと重なった一週間である。
吠えるアメリカンブリー、和ませるカルガモ
気象庁は、6月10日までに東京甲信地方が梅雨入りしたと見られると発表した。一方、遡ること8日、沖縄では梅雨明けしたと見られるとの発表があった。日本列島の細長さを実感する。
多忙を理由にしばらく怠っていた朝のジョギングに出てみると、湿度は高く、肌にまとわりつくような風。近頃、週末になると、見慣れぬ犬に出会うようになった。アメリカンブリーという犬種である。大きな頭部に筋肉質のがっしりとした体つき、短めの足で地面を這うように歩くその姿は、まるでラグビーのプロップ選手のようである。顔立ちはブルドッグに似ており、短いマズルと離れた目が特徴的である。なぜか親しみを感じているのだが、目が合うと突然、凄まじい勢いで吠えかかってくるのが玉に瑕である。まだ、名前さえ、聞けていない。吠えられてヒヤッとした後、神田川のカルガモの親子の姿は、ほんのひととき心を和ませてくれる。
諦めない力──日本の底力を示した一手
報道によれば、日本製鉄は米USスチールの買収を巡る安全保障上の懸念に対応するため、米政府と「国家安全保障協定」を締結した。トランプ大統領は、前政権下で出されていた買収中止命令を修正し、同協定の締結を条件として買収を容認する姿勢を示した。これにより、日本製鉄はUSスチールを完全子会社化する条件が整ったと発表している。
協定には、USスチールの本社を国外に移転しないことや、米政府に対する黄金株(経営の重要事項に対する拒否権を持つ種類株式)の発行を通じて、一定の影響力を確保する条項が盛り込まれている。日本製鉄は、2028年までに総額約1.6兆円を投資する計画である。
前大統領バイデン氏による買収阻止命令が出された際、日本製鉄の橋本英二会長はメディアに対し、「諦める理由も必要もない」と語り、その怒気を含んだ強い口調に「凄いな」と感じたことを思い出す。結果として、今回の展開は橋本会長の勝利と言えるだろう。日本経済にとっても大きな追い風となり、日本人として、言うべきときにしっかりと主張する姿勢に勇気づけられるものである。
交渉の熱量に差──日米と米中で見える温度差
赤沢亮正経済再生担当相は13日、米国においてトランプ大統領の相互関税政策を巡る6度目の閣僚協議を実施した。「非常に突っ込んだやり取りを行い、合意の可能性を探った」と述べたが、ラトニック商務長官とは1時間10分、ベッセント財務長官とは45分間の協議であった。この時間で果たして「突っ込んだやり取り」が可能であったのか疑問が残る。今回の協議時間はどうにも「形式的」と受け取られても仕方がない印象を受ける。
一方、石破総理は今回の協議に先立ち、トランプ大統領と20分間の電話会談を行ったという。15日から17日にかけて、カナダ・アルバータ州カナナスキスにてG7サミットが開催される予定である。
石破総理は、「早期の合意を優先するあまり、日本の国益を損なうことはない」と繰り返し発言しているものの、交渉の現状については「五里霧中」と表現した。
なお、先日英国ロンドンで実施された米中の貿易協議は、2日間にわたり約20時間行われ、2日目には12時間を超える協議が行われたという。これと比較すると、米国にとって日本との交渉の優先順位は明らかに中国より低いように見受けられる。
相互関税の上乗せ分14%の停止期間は、7月9日まで。今後の交渉の行方が注目される。
止まらぬ報復、揺らぐ秩序
イスラエルは13日、イラン各地の核関連施設を含む数十カ所の軍事目標への攻撃を完了したと発表した。これを受け、直ちにイランはイスラエルに対し、数百発に及ぶ弾道ミサイルによる報復攻撃を実施した。
トランプ大統領は選挙戦のさなかには、「自分が大統領になれば、ロシアによるウクライナ侵攻を24時間以内に終結させる」と豪語していた。しかし、最近は、仲介役からの撤退の可能性さえも言及しており、イスラエルによるガザ地区侵攻に関しても、事態収束の見通しは立っていない。双方の報復合戦で、中東情勢は一層の緊迫感を帯びつつある。
一方、米国内では、不法移民摘発に抗議するデモがロサンゼルスで発生し、それに対応する形で、トランプ大統領は州兵および海兵隊を派遣した。米国内も何やらきな臭い。
なお、近年の対外政策における消極姿勢などを背景に、米国内では「TACO(Trump Always Chickens Out=トランプはいつも尻込みする)」という造語が広まりつつある。
蓮實重彦氏の長嶋茂雄氏への追悼文
長嶋茂雄氏を偲ぶ報道が相次いでいる。その中でも、13日付の朝日新聞に掲載された蓮實重彦氏による追悼文は、ひときわ異彩を放っていた。タイトルは「『ミスタープロ野球』何という冒涜!」。
蓮實重彦氏は、文学者であり映画評論家であり、かつて東京大学総長を務めた人物である。また、知る人ぞ知る「草野進」というペンネームを用い、「フランス帰りの女流華道教授」としてプロ野球評論を手がけていたことでも知られる。その蓮實氏は、長嶋氏と同学年にあたり、東京六大学野球の立教対東大戦を観戦し、その頃から長嶋氏の存在を目にしていたという。
これまで「草野進」名義で野球評論を執筆してきた蓮實氏が、今回、本名である「蓮實重彦」として長嶋氏の追悼文を発表した。その中で、六大学時代からすでにスターであった長嶋氏を「ミスタープロ野球」と称することに強い違和感を抱き、それを「冒涜」とまで言い切っている。
そこには「悲しい」や「寂しい」といった私的な感情を表す言葉は一切使われていない。しかし、読み終えた後の余韻は、数ある追悼文の中でもひときわ深く、胸に迫るものがあった。
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34年間の海外事業経験と、その後の中小企業の海外展開支援で得られた知見と実感をもとに、全14回のシリーズで発信していく。
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是非ご一読ください。
6月15日