海外展開の成否は、“どの国で戦うか” の選択が少なくとも5割を握る。
マーケティング戦略の巧拙や製品ローカライズの精度を競う以前に、参入市場そのものを誤れば、どれほど優秀なチームが汗を流しても成果は空回りする。
実務の現場では、
「社長がタイに行きたいと言ったから」
「英語が通じるからフィリピンが楽そうだ」
といった主観的で断片的な理由が、国選定の決め手になりがちである。
こうしたトップの情熱や担当者の経験値を軽視するわけではないが、それだけを拠り所にする意思決定は危うい。
真に勝算を高めたいなら、まずは客観的データで候補国をふるいに掛けねばならない。
市場規模、購買力、競合密度、規制・税制リスク、サプライチェーンの安定性、為替と資金調達環境──最低でもこれら6つの指標を定量的に比較し、投資回収期間とリスク許容度を数値で把握する。
その上で、経営陣のビジョンや文化的親和性といった定性的要素を “最後の微調整” として加味すればよい。
この順序を守ることで、感情的バイアスを排しつつ、現場のモチベーションも損なわない意思決定が実現する。
国選定は、いわば土俵づくりである。
力士がいくら鍛え抜かれていても、土俵が崩れていれば取り組みにはならない。
逆に、土俵さえ堅牢であれば、多少の技術不足やオペレーションの瑕疵は後から修正可能である。
冷徹な数字で土俵を築き、情熱と経験はその上で生かすというスタンス。
これこそが海外展開を成功に導く最短の道である。
「好き嫌い」はロジックではない
「駐在員が暮らしやすい」「日本語が通じる」など文化・生活面での相性は軽視できないが、それらはあくまで“コスト要因”にすぎず、“収益を左右する要素”とはならない。
市場規模や規制リスクといった事業の根幹を凌駕する理由にはならない以上、まずは感情を棚上げし、公的統計を用いた客観的な比較表を出発点として検討すべきである。
5つのレンズ—評価表
レンズ | 着眼点 | 失敗を招く思い込み | 主指標例 |
---|---|---|---|
①市場規模 | 今あるパイの大きさ | 「人口が多い=売れる」 | 名目 GDP、人口、可処分所得 |
②成長ポテンシャル | 伸びしろ | 「高成長=何でも売れる」 | GDP 成長率、CAGR、小売伸長率 |
③政治・経済リスク | 想定外コスト | 「民主国なら安全」 | OECD リスク等級※、通貨変動幅 |
④競合 & 需要ギャップ | 勝てる余白 | 「日系少ない=青海」 | 主要競合シェア、未充足ニーズ |
⑤サプライチェーン適合 | ロジコスト | 「隣国だから安い」 | 港湾・空港指数、通関日数、物流費 |
※ OECDリスク等級(Country Risk Classification)とは
【目的と位置づけ】
OECDの輸出信用アレンジメント(Arrangement on Officially Supported Export Credits)に参加する各国の輸出信用機関(ECA)が、公的輸出信用に適用する「最低保険料率(Minimum Premium Rates, MPRs)」を決める際の土台となる“国リスク”を、共通の物差しで示したものである。
要するに「その国が対外債務を返済できなくなる危険度」を定量化した指標であり、為替規制や送金規制といったTransfer & Convertibility Risk、戦争・没収などのForce Majeureまでを含む。
【等級(カテゴリー)】
- 0〜7の8段階で、数字が大きいほどリスクが高い。
- カテゴリー0はリスクが実質的に無視できる水準とみなされ、MPRは設定されていない。
- カテゴリー1〜7については段階的にMPRが上乗せされる。
【最新動向を確認する方法】
OECD公式サイトの “Prevailing Country Risk Classification” PDFを参照(年数回更新)。
各レンズを0–20点で評価し、合計100点満点でスコア化する。
表にするだけで「思い込み」の正体が数値として浮き彫りになるのが利点である。
三並走アプローチ─最低3カ国を同時に走らせる意義
- 比較軸の創出
複数国を同時に採点することで得点差が明確となり、優先順位が自動的に浮き彫りになる。 - 政策ショックへの保険
関税改定や為替急変が起きても、即座に他国へ資源を振り替えられる緩衝材となる。 - 交渉カードの強化
「当社はタイ・ベトナム・インドネシアを並行調査中である」と宣言できれば、代理店や投資家との交渉力が飛躍的に高まる。
加えて、複数国を同時に分析することで、A国で得た市場データや競合構造がB国・C国の評価にも転用可能となり、洞察の質が相乗的に向上する。
運用ルール:初期スコア上位3カ国を Parallel90(90日並走調査)に設定し、その結果を踏まえて1~2カ国へ最終絞り込みを行う。
5つのレンズ × 三並走の実践手順
期間 | 具体タスク | 成果物 |
---|---|---|
Day 0–30 | 公的統計で 5 レンズを粗スコア | スコア表(初版) |
Day 31–60 | 現地コンサル・商社からヒアリング | 加重スコア表 |
Day 61–90 | テスト出荷・広告 A/B テスト | KPI:CVR・物流日数 |
Day 91 | スコア 70 点以上を正式候補へ | 決裁資料 |
チェックポイント:70点未満は即除外
物流が脆弱なら円高15%で粗利がゼロになる。
政治リスクが高ければ政権交代ひとつで事業停止もあり得る。
70点のカットラインは「捨てる痛み」を先に味わうことで、後の失血を防ぐ安全弁である。
- 「なんとなく良さそう」な国を5ヵ国 書き出す。
- 公開データだけで5つのレンズを 粗採点(各5点刻み)。
- 上位3ヵ国を Parallel90のタスク表(※)に落とし込む。
※「Parallel 90 のタスク表」とは
「Parallel90タスク表」は、世間で広く知られている「30-60-90 Day Plan」「90-Day Action Plan」などのフレームワークを、“90 日間で複数の作業を並列(Parallel)に走らせる”という発想で再構成したプロジェクト管理ツール。
90日間という明確なタイムボックスを設ける点は既存の90-Day Planと同じだが、タスクを縦にワークストリーム、横に暦日で配置し、「依存関係のない作業を同時進行させて全体のリードタイムを圧縮する」ことを目的にしている。
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