Ⅲ.米中が抱える「相互依存」という難題
興味深いことに、両国が関税をめぐって激しく応酬する一方で、米中経済は想像以上に緊密につながっています。たとえば米国のスーパーには、中国製の衣料品や電子機器が数多く並びます。もし本当に「完全デカップリング」(complete decoupling)が実現すれば、米国の消費者物価は大幅に上昇すると予想されます。逆に中国側では、多くの輸出企業が米国市場に強く依存しています。製造業都市では受注減がそのまま雇用と所得の減少に直結し、失業問題を生みかねません。
「デカップリング」論と2025年トランプ政権
過去数年、多くの論者が米中の「デカップリング」を唱え、両国経済は遠ざかりつつあると語ってきました。しかし実際には、完全な「縁切り」は進んでいません。2025年にトランプ氏が再登板すると、対中競争は再び政権の最重要テーマとなり、「アメリカ・ファースト」を掲げて全輸入品関税の引き上げを表明しました。とりわけ中国製品にはより高い関税を課す姿勢で、製造業回帰と対中依存の低減を一段と強調しています。
データが示す現実
ところが数字を見れば、事情はそう単純ではありません。2024年の米中貿易額は6,800億ドル超と前年比3.7%増加し、中国から米国への輸出は5,200億ドルで同4.9%増となりました。中国は依然として米国最大級の輸入源です。電子部品、リチウム電池、太陽光パネル素材など、中国の供給網は規模・コスト・効率の面で他国が簡単には代替できません。
ハイテク分野の複雑な相互依存
バイデン政権期から続く先端半導体・AI技術の対中輸出規制も、米中双方の企業活動を完全に断ち切れたわけではありません。米国の半導体大手――たとえばエヌビディアやクアルコム――は中国市場の需要に大きく依存しています。一方、中国のスマートフォンや家電は依然として米国発のOSや基幹ソフトウェアに頼っています。技術面のデカップリングは「掛け声ほど即断可能ではない」というのが現実です。
資本とグローバル課題
資本市場でも両国は切っても切れない関係にあります。トランプ政権は中国企業の米国上場審査を再び厳格化しましたが、米国の機関投資家は依然として中国株・債券を保有し続けています。中国側も資本市場を完全に閉ざすわけではなく、特に新エネルギー、AI、バイオ医薬など成長分野では米中資本が間接的に協働しています。さらに気候変動、エネルギー安全保障、AIガバナンス、金融安定などグローバル課題では、米中の協調なしには前進が難しいのが実情です。
先行き:競争と協調の“合わせ技”
こうして表面では摩擦が続きつつも、裏では緊密な結び付きが残る―これが現在の米中経済関係の実像です。トランプ政権は脱中国を強調しますが、米国企業・市場は中国との取引機会を容易に手放せません。中国も自立化を急ぎつつ、短期間で米国技術や需要を完全に代替するのは困難です。今後は「競争+協力」という複雑な方程式が常態化するでしょう。
2025年7月3日には、米国が中国向け半導体設計ソフトの輸出規制を一部緩和したとの報道もあり、テクノロジー摩擦が緩和へ向かう兆しもうかがえます。蜜月時代の再来は望みにくいものの、完全なデカップリングも現実味を欠きます。両国が競争と協調のバランスをどう取るか―それこそが米中関係の行方を左右します。
私たち一人ひとりも、この巨大な経済ゲームの影響を免れません。世界は依存と警戒が交錯する新しい段階に入りつつあり、そこでは政治のスローガン以上に、市場・企業・消費者の実利が両国のつながりを決定づける要因となるでしょう。
次回は、米中貿易摩擦が実際に我々の生活にどのような影響を及ぼしているのか、そして、我々はどのように受け止めるべきかを検証します。
