【特別企画】社長対談

【特別寄稿】トランプ大統領の相互関税政策に振り回される世界──
日本企業は海外展開をどのように進めるべきか 2025.09.10

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政策研究大学院大学 篠田邦彦

Executive Summary

2025年、第二次トランプ政権の発足により、米国はIEEPAや通商拡大法232条を根拠に、主要貿易相手国に対して一律10~50%の「相互関税」を課しました。その影響は中国にとどまらず、同盟国である日本を含む世界中に波及し、サプライチェーンの混乱、物価上昇、金融市場の不安定化、さらにはWTO体制の揺らぎを引き起こしています。日本企業にとっても輸出減少や利益率低下といった深刻なリスクが現実となっています。

本稿を執筆されたのは、政策研究大学院大学(GRIPS)教授であり、通商政策・国際経済政策にお詳しい篠田邦彦先生です。経済産業省においてAPEC室長、アジア大洋州課長、通商交渉官などを歴任し、RCEPやASEAN・中国・インドとの経済協力を現場でリードしてきた経験を持つ篠田先生が、豊富な実務と研究の知見をもとに執筆されました。

「トランプ2.0関税」で世界が揺れるいま、日本企業はどう動くべきか。その答えを探るための貴重な指針となるはずです。ぜひ多くの企業経営者・実務家の皆様にお読みいただきたい内容です。

トランプ大統領の相互関税政策に振り回される世界──日本企業は海外展開をどのように進めるべきか

政策研究大学院大学 篠田邦彦

1. はじめに

 2025年1月に米国で第二次トランプ政権が発足した後、世界貿易の不確実性は劇的に高まっている。2017年~2020年の第一次トランプ政権では、中国産品に対して通商法301条に基づく追加関税を課し、中国も米国産品に対して追加関税に踏み切るといった数次にわたる関税引き上げ合戦が行われたほか、米国は通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミの輸入に対する追加関税を発動した。しかし、第二次トランプ政権に移行した後、米国は、通商法301条、通商拡大法232条に基づく追加関税に加えて、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき、世界の約70カ国・地域に対し10~41%の相互関税を賦課している。こうした、米国の関税措置は、対象が特定品目にとどまらず、ほぼすべての品目に波及しており、また、多くの主要な貿易相手国に対して影響を与えている。本稿においては、トランプ政権の相互関税政策の内容、世界経済・貿易への影響、日本企業への影響と対応策、米国の関税政策への戦略的対応を概観することにより、日本企業が今後の海外展開を考える上で一助となることを目指したい。

2. トランプ政権の関税政策とは

(1)第二次トランプ政権の相互関税

 第二次トランプ政権の発足後、2025年2月から3月にかけて、IEEPAに基づいて中国に対して10%追加関税を2回課すとともに、メキシコ、カナダに対して25%の追加関税を課した。また、通商拡大法232条を根拠として全世界の鉄鋼・アルミ及びその派生品に対して課してきた25%の追加関税措置に関して、国別除外、品目別除外を廃止した。4月2日、米国はIEEPAに基づき、メキシコ、カナダを除く全世界に対して一律10%、貿易赤字の大きい国に対しては最高50%の国ごとの税率に関税を引き上げる、いわゆる「相互関税」を発表した。また、4月3日、通商拡大法232条に基づく自動車の25%追加関税も施行した。その後、一連の変更・修正を経て、4月9日に、鉄鋼・アルミや自動車に対する25%の追加関税が実施され、中国に対する合計145%の追加関税が発表(その後、30%に引き下げ)された一方、中国以外に対する相互関税は、引き上げが行われる予定であった国別税率につき、4月10日から90日間適用を停止することが発表された(10%一律関税は維持)。日本は適用停止の間に米国との関税交渉を精力的に行い、7月22日に米国との間で合意に至った。7月31日発表の相互関税に関する大統領令により、日本の相互関税率は15%に引き下げられ、また、米国が69カ国・地域に対して10~41%の関税を賦課することが決定された。

(2)米国の関税措置と法的根拠

 トランプ政権の関税政策については、米国の国内法に基づき主として三種の関税が導入・計画されている。第一に、1962年通商拡大法232条の下、ある製品の輸入が米国の安全保障を損なうおそれがあると商務省が判断した場合に、当該輸入を是正するための措置をとる権限を大統領に付与している。すでに鉄鋼・アルミ製品、自動車・同部品、銅に関税がかけられており、別途、木材、半導体、医薬品、重要鉱物、中・大型トラック、民間航空機・同部品、ポリシリコン、無人航空機システム、風力タービン・同部品なども調査中・計画中となっている。第二に、1974年通商法301条に基づき、外交の通商慣行が貿易協定に違反している場合や、不合理・差別的である場合に、大統領の指示に従って米国通商代表部(USTR)に輸入制限措置を発動する権限を付与している。中国に対して、第一次トランプ政権、バイデン政権に数次にわたって関税が賦課されたことが具体的事例として挙げられる。第三に、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき、米国の国家安全保障、外交政策や経済に対する異例かつ重大な脅威があり、大統領が緊急事態を宣言した場合、特定国に対し大統領権限を行使することが認められている。例えば、フェンタニルあるいは移民対策を促すため、中国原産品やカナダ・メキシコ原産品に関税を課しているほか、貿易赤字解消、貿易保護の不均衡是正のため、世界各国に相互関税を賦課することがこれに当たる。

(3)トランプ1.0関税とトランプ2.0関税の比較と政治的背景

 今回のトランプ2.0関税について、トランプ1.0関税と比較すると、対象国が従来の中国中心から拡大し、同盟国、非同盟国の区別なく、広範な国々からの輸入を対象としているが特徴である。また、実施手段として、通商法301条、通商拡大法232条に加えて、IEEPAによる相互関税を導入し、各国の対米貿易障壁や為替、貿易収支をもとに個別設定している。今回の関税政策は、世界のサプライチェーンの混乱に加え、米国内でも物価上昇、金融市場の混乱などの悪影響を与えており、米国内の消費者、産業界、金融関係者からの反対の声が目立っているのもトランプ1.0関税との違いである。

 それでは、なぜ、これだけ関税政策にこだわるのだろうか。第二次トランプ政権は米国の二国間での貿易赤字を問題視しているとされる。ただし、貿易赤字解消、製造業の国内回帰、雇用、経済安全保障、税収の確保、過剰なドル高の修正といった関連する政策目標の相互関係や優先順位、それらと関税引上げとの関係性は、必ずしも明らかではない。関税の引上げそのものに加えて、こうした政策的な一貫性を巡る曖昧さが、米国の通商政策を巡る不確実性を高める要因となっている。

(4)米国の関税措置に関する日米協議の合意内容

 日米間で米国の関税措置に関する閣僚級協議を数次にわたって実施した結果、7月22日に合意に達することができた。主要な合意点として、第一に、米国の関税措置に関しては、相互関税や自動車・自動車部品関税を、25%から15%に引き下げることができた。第二に、経済安全保障面では、重要な9つの分野(半導体、医薬品、鉄鋼、造船、重要鉱物、航空、エネルギー、自動車、AI/量子等)で日米がともに利益を得られる強靭なサプライチェーンを米国内に構築していくため、政府系金融機関による最大5,500億ドル規模の出資・融資・融資保証も含め密接に連携することとなった。第三に、貿易の拡大のため、米国の農産品、半導体、航空機等の購入の拡大、コメの調達の確保、LNG等米国産エネルギーの購入を進めていくことになった。第四に、米国メーカー製の乗用車の輸入を拡大するため、非関税措置の見直しを行うこととなった。

3. 世界経済・貿易への影響

(1)サプライチェーンの分断とWTOの機能低下

 米国の関税政策が世界貿易に及ぼす影響をみると、第一に、相互関税は、部品・素材・完成品の複雑な国際分業を前提とした現代のサプライチェーンに深刻な分断をもたらす。特に米国を最終市場とする製品は、原産地や輸入経路の見直しを迫られている。第二に、中国、EU、カナダなどは、自動車、農産品、航空機など米国の輸出産業を狙った報復措置を行う可能性があり、これにより報復的な関税の応酬が起こり、グローバル需要の縮小が加速するおそれがある。第三にWTOを中心とする多角的自由貿易体制に対する脅威となる。WTOルールでは、加盟国間での最恵国待遇が原則となっているが、米国の通商拡大法232条、通商法301条、IEEPAの相互関税、また、一部の国の報復措置の多くはWTO政策規律に違反する可能性が高い。

(2)米中両国や一部アジア諸国の経済悪化

 2025年4月に、アジア経済研究所が「トランプ政権の相互関税政策が世界経済に与える影響」というレポートを発表している。「相互関税として発表された国別関税、自動車向け25%関税、中国に対してはさらに20%追加関税、メキシコ・カナダに対するUSMCA適用による関税免除、国別関税率が公表されていない国に10%追加関税、各国から米国への報復関税無し」というシナリオで、4月2日発表の相互関税が施行された場合の経済効果のシミュレーションを実施した。分析結果によれば実質GDP成長率について、全世界で-1.3%、米国は-5.2%、中国は-1.9%、また、ベトナム、タイなど米国への輸出額が多い国が-1.3%、-0.5%と負の影響を受ける一方、その他のほとんどの国はそれほど大きな影響を受けなかった。米国は、国内の消費者及び生産者向けの物価上昇の負の影響が大きく、また、中国も米国の高関税や米国経済の縮小の負の影響を受ける。中国以外の第三国は、米中経済の落ち込みから負の影響を受ける一方、対中関税との関税差により正の貿易転換効果を享受し、また、他の対米輸出競争相手にも関税が課されることによる関税効果減衰の影響を受けている。

4. 日本企業への影響と対応策

(1)日本企業への影響

 米国の関税政策は日本企業のビジネスにどのような影響を与えるのだろうか。JETROが2025年4月に実施した「米国トランプ政権の追加関税に関するクイック・アンケート調査結果」によれば、追加関税がビジネスに与える具体的な影響として、「日本から米国向け輸出の減少」が63.1%で最多である。「全世界的な景気後退に伴う売上高・利益率の減少」も52.6%となっており、追加関税の間接的影響も懸念される。また、「第三国拠点からの米国向け輸出の減少」も42.5%に上り、日本企業のグローバルサプライチェーンに幅広い影響が出る可能性が示されている。

 また、関税措置に関する課題についてもアンケートを行っているが、関税措置が多様化・複雑化する中、関税の仕組みや関税率の性格な把握が大きな課題とっており、急な政策変更により通関手続が遅れることへの懸念も示されている。関税コストを製品価格に転嫁することで売り上げ減少につながることへの警戒や、米国による関税措置だけでなく他国の報復措置による影響を指摘する声もある。

(2)日本企業の対応策

 それでは、日本企業としてどのような追加関税への対応策をとろうとしているのだろうか。上記のJETROのアンケート調査によれば、追加関税への対応策として、38.8%が「顧客への価格転嫁」を実施・検討している。一方、「自社内でのコスト削減(関税コストの吸収含む)」も28.9%に上り、複数の手段を織り交ぜた対応がうかがえる。なお、「米国国内での現地生産増加」、「米国国内での現地調達増加」、「米国での販売縮小・撤退」は、それぞれ1割台前半にとどまり、短期的にみれば米国事業への影響は限定的となっている。

 また、追加関税への対応策を業種別にみると、製造業で「顧客への価格転嫁」を実施・検討している割合は43.9%であり、特に精密機械器具(49.1%)、電気・電子機械器具(46.8%)などで製造業全体を上回った。「米国国内での現地生産増加」と回答した割合は、輸送用機械器具(28.8%)で高かった。「米国以外の国・地域への販路開拓」は、食料・飲料品などが37.9%と意欲的な姿勢を示している。

. 日本政府・企業の戦略的対応

(1)米国の関税政策への戦略的対応

 日本政府や日本企業は、米国の関税政策にどのように戦略的に対応すればいいのだろうか。第一に、米国が課す関税率の差を利用して、「正の貿易転換効果」を狙いにいくべきである。例えば、米国の対中関税が30%なのに対して、対日関税は15%であり、日本から米国に輸出することが相対的に有利となる。しかし、日本の他の輸出競争相手に課される関税との差や米国の迂回防止策にも注意する必要がある。第二に、貿易相手国の分散化を促進するべきである。相互関税を踏まえ、米国市場にばかり頼らずに済むように、アジア、欧州、グローバルサウスとのFTA等の政策支援を得て貿易相手国の分散化を進めることが大事である。第三に、輸入の氾濫的流入への備えを行うべきである。米国等の貿易障壁によって行き場を失った商品が各国から大量に輸出されており、特に中国は国内の過剰生産能力問題もあり、日本企業の主要な輸出・投資先の一つであるASEAN等のアジア諸国への輸出を急速に拡大している。第四に、米国の関税賦課を避けるための引き換えの直接投資を行うことも考えられる。1980年代、90年代の日米貿易摩擦の際に、日本の自動車産業等は米国投資を拡大しており、第二次トランプ政権の下でも、成長率の高い米国市場に投資を行うことは有力な戦略であると考えられる。

(2)「通商戦略2025」が示す方向性

 経済産業省が2025年6月に「通商戦略2025」を打ち出している。これは、米国の関税政策による国際秩序の揺らぎに加えて、中国の過剰供給・経済的威圧、グローバルサウスを巡る競争激化、デジタル経済の拡大・深化、環境・エネルギー政策による競争力強化などの環境変化を踏まえた新たな通商戦略の方向性を示すものである。特に保護主義の台頭を踏まえた国際経済秩序の揺らぎへの対応として、WTOの機能回復・強化、CPTPPの拡大、EPA・投資協定の拡大等により「公正で自由なルール」を追求し、国際経済秩序の維持・強化・再構築を目指していくこととしている。また、輸出市場の確保・多角化やグローバルサウスとの共創など、日本企業の海外展開を支援していく政策も前面に打ち出している。米中対立等を要因とするサプライチェーンの分断の問題に対しては、サプライチェーンに関する同志国との協調や経済安保確保に向けた海外展開支援など、内外一体の取組を推進することを提言している。

(3)日本企業に求められる戦略

 今や国際経済秩序の歴史的な転換期となり、新自由主義の時代から保護主義が台頭する時代へと転換しつつある。米国の相互関税政策は、日本企業の海外事業環境を大きく変える可能性が高い。企業レベルでは、「関税リスクを前提とした事業設計」への転換が急務となっている。米国依存度の高いビジネスモデルを維持することは、高いコストと不確実性を伴うが、米国以外の欧州やグローバルサウスの市場での競争も激化する見込みである。上記のような政府の通商戦略を考慮しつつ、戦略的な市場多角化、米国も含む現地化投資、国際的な情報収集・ロビー活動を組み合わせた多層的なアプローチこそが、日本企業の競争力維持の鍵となるだろう。相互関税という荒波を乗り越えるには、柔軟性とスピード感を備えた意思決定が不可欠であり、その準備をすぐに始めることが大事である。

<<参考文献>>

ご略歴

篠田邦彦教授
政策研究大学院大学(GRIPS)
教授、政策研究院参与

学 位米国カーネギーメロン大学産業経営大学院(GSIA)で修士号を取得
専門分野通商政策、国際経済政策
現在の研究対象アジア経済、アジア地域経済統合、インド太平洋協力

1988年に通商産業省(現在の経済産業省)に入省後、APEC室長(2005年~2008年)、資金協力課長(2008年~2010年)、アジア大洋州課長(2010年~2012年)、通商交渉官(2017年~2019年)等を歴任し、主としてRCEP等の経済連携協定交渉やASEAN・中国・インド等との経済・産業協力の業務を担当。また、在フィリピン日本国大使館(1996年~1999年)、海外貿易開発協会バンコク事務所(2002年~2005年)、石油天然ガス・金属鉱物資源機構北京事務所(2012年~2014年)、日中経済協会北京事務所(2014年~2017年)などアジアでの勤務経験が長い。2019年より政策研究大学院大学に出向し、2022年に政策研究大学院大学教授に就任。アジア経済、インド太平洋協力等の研究・教育に従事。

CEO須毛原からの一言

米国トランプ大統領の「相互関税」政策に一喜一憂する状況が続いていますが、日本企業を取り巻く国際環境は想像以上の速さで変化しています。いま私たちに求められているのは、「不確実性を恐れる」ことではなく、それを前提として戦略を描き、実行に移すことです。

篠田先生が述べられているように、現時点において米国の対中関税は対日関税よりも高く設定されています。この国別関税率の差は、日本から米国への輸出を相対的に有利にする可能性があります。

また、日本企業に求められるのは、米国市場への依存を段階的に下げ、アジア・欧州・グローバルサウスなどへ輸出先を広げていくことです。

視野を広げれば、「トランプ2.0」はむしろ好機となり得ます。

SUGENAは、海外展開を志す企業の皆さまと共に歩み、海外進出や市場開拓といった「結果」に結びつく実行支援を使命としております。篠田先生の知見が、一人でも多くの経営者や実務家に届き、この激動の時代を乗り越える力となることを願っております。

株式会社SUGENA
代表取締役CEO 須毛原 勲

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