Ⅰ.“Made in China”の次に来る物語とは?
ここ数十年、中国経済といえば「世界の工場」という言葉がつきものでした。
「Made in China」と刻まれた無数の商品が、広東省・浙江省・江蘇省の工場から世界へ送り出され、欧米のスーパーの棚を埋め尽くしました。安価で実用的なそれらは、瞬く間に人々の日常に溶け込み、世界中の消費社会の一部となったのです。
しかし今日、視野を広げてみると、この物語はすでに別の展開を迎えつつあることに気づきます。多くの中国企業は、もはや単なる「製造」に甘んじることなく、自ら海外市場へと踏み出し、販売し、投資し、工場を建て、さらには自らのブランドを語り始めています。中国企業の“出海”のうねりは、世界の中国経済観を大きく塗り替えつつあるのです。
2024年、中国全体の対外投資額は1,628億ドルに達し、前年比10%増を記録しました。その中でも非金融分野への投資は10.5%増の1,439億ドル。資本が引き続き海外へ拡張しているだけでなく、生産・技術・インフラといった実体分野への投入が強まっていることを示しています。
特にヨーロッパは重要なターゲット市場となりました。『フィナンシャル・タイムズ』によれば、2024年における中国からEUおよび英国への直接投資額は前年比47%増の100億ユーロに達しました。中心となったのは電池や電気自動車関連のプロジェクトです。例えば、電池メーカーの寧徳時代(CATL)がハンガリー・デブレツェンに75億ユーロを投じて建設中の電池工場、また比亜迪(BYD)がセゲドに50億ユーロ規模で進めるEV工場計画などが挙げられます。
もう一つの注目点は「一帯一路」諸国です。2025年前半だけで、中国が一帯一路諸国と新たに締結した投資・建設契約額は1,240億ドルに達し、2024年通年をすでに超えて過去最高を更新しました。
さらに、中国の越境EC市場は今なお爆発的な拡大を続けています。これにより、直接投資を行う余力のない数多くの中小零細企業も、ECプラットフォームを通じて世界の消費者に直接アプローチできるようになり、「デジタル出海」と呼ばれる新しい潮流が生まれています。
Ⅱ.“出海”潮流の背景
なぜ今、多くの中国企業が一斉に海外へと歩み出しているのでしょうか。その理由は、中国国内の経済環境の変化と切り離して考えることはできません。
過去20年、中国の内需市場は急速に膨張しました。住宅市場とインフラ投資が消費と雇用を大きく押し上げてきたのです。ところが2020年代に入ると、不動産市場は冷え込み、人口増加も鈍化。国内競争はますます熾烈となり、消費者はより一層目が肥えて、企業にとって顧客獲得コストは高騰しました。その結果、成長を維持すること自体が難しくなってきたのです。
こうした状況の中、企業が新しい市場を求めるのは自然な流れでした。グローバル化はそのための“出口”を用意しています。東南アジア、ラテンアメリカ、アフリカといった地域は若年人口が多く、消費の質が向上しつつあります。一方、欧米市場は成熟しているとはいえ、依然としてコストパフォーマンスに優れた商品や新興ブランドへの関心を示しています。言い換えれば、中国企業の「出海」は、主体的な選択であると同時に、時代の環境によって背中を押された必然の動きでもあるのです。
十年前の中国企業の海外展開は、輸出やOEMといった形が中心でした。しかし、いまの「出海」はまったく異なります。多くの企業が「低価格の製造代行」というレッテルを脱し、海外で自らのブランドを確立しようとしているのです。
たとえば、スマートフォンメーカーの小米(シャオミ)、OPPO、vivoはインド、東南アジア、ヨーロッパで急速に存在感を拡大し、現地の消費者に初めて「中国ブランド」の明確な印象を植え付けました。家電メーカーの海爾(ハイアール)、美的(メイディア)は、欧米での買収や現地化経営によって徐々に主流市場へと入り込んでいます。さらに、新エネルギー分野では比亜迪(BYD)がヨーロッパでEV販売や工場建設を進め、テスラと真っ向から競い合う構図を描いています。
この変化が示しているのは、中国企業が「裏方の工場」であることに甘んじるのではなく、世界の消費者と直接向き合うプレーヤーへと変わろうとしているということです。こうした意識の転換そのものが、中国経済の成熟を物語る重要な兆しといえるでしょう。
――では、この“出海”が実際にどんな新しい競争を生み出しているのか。次回見ていきます。
