人材をめぐる競争は、もはや中国一国の課題ではなく、世界規模の課題となっている。アメリカにも日本にも、それぞれ独自の人材政策があり、長年にわたり磨かれた制度を持つ。
それらと比べると、中国のKビザは確かに模倣の要素を含みながらも、明確に異なる方向性を示している。
アメリカ:H-1Bとグリーンカードの二重の魅力
世界で最も知られた人材ビザの一つが、アメリカのH-1Bである。
この制度は数十年来、理工系の学生や専門職にとって“夢の入場券”として機能してきた。H-1Bは、米国企業が外国人専門職を雇用することを認める制度であり、その多くはテクノロジー産業に集中している。シリコンバレーで活躍する多くのプログラマー、エンジニア、そして後に起業家やCEOとなった人々の出発点は、このH-1Bであった。
アメリカの強みは、単に「働ける国」であることではない。そこには、比較的明確な長期滞在へのルートが存在する。
多くの人がH-1Bで数年働いたのち、雇用主の推薦を通じてグリーンカード(永住権)を申請し、やがてアメリカ市民として定住する。言い換えれば、アメリカの魅力は「働ける」だけでなく、「根を下ろせる」ことである。この仕組みこそ、若い才能にとって極めて大きな吸引力となっている。
もっとも、近年のH-1B制度は課題を抱えている。発給枠が少なく、抽選倍率は高騰し、能力があっても運に左右される状況が常態化している。
さらにトランプ政権下では規制が強化され、2025年9月21日には、同氏がH-1B申請者に対し年間10万ドルの追加費用を課す行政命令に署名した。
このニュースは留学生や若手エンジニアの間に不安を広げたが、奇しくもその直後――翌月に中国がKビザを正式に施行したのである。タイミングの妙と言うべきか、あるいは明確な意図と言うべきか。
アメリカが門を狭めた瞬間、中国は静かに新しい扉を開いたのである。
日本:高度人材ビザと特定技能制度
アメリカと比べると、日本の人材政策はより慎重である。
2012年に導入された「高度人材ビザ」は、学歴・職歴・収入などを点数化して評価する「ポイント制」を採用している。一定の基準を超えれば5年間の在留資格が与えられ、永住権申請においても優遇される。制度設計は明確で整っているが、対象はあくまで“すでに実績のある専門職”であり、若手研究者や起業家が挑戦するにはハードルが高い。この点で、中国のKビザが重視する「若い科学技術人材」とは対照的である。
他方、日本は深刻な労働力不足を背景に、2019年に「特定技能ビザ」制度を導入した。これは主に介護、外食、建設などの分野で働く外国人労働者を受け入れるものであり、テクノロジー人材の誘致とは性格が異なる。
すなわち、日本の人材政策の目的は「労働力の補充」であり、最先端の科学技術で競うための仕組みではない。
「成熟した即戦力」を求める日本と、「成長途中の若い知」を育てようとする中国の姿勢には、大きな差があるのである。
異なる三つの道――Kビザの立ち位置
こうして比較してみると、Kビザの立ち位置がより鮮明になる。
それは、アメリカのように移民への明確なルートを提示するわけでもなく、日本のように「実績ある専門家」や「労働力補填」を主眼とするわけでもない。むしろ、将来性を秘めた若い科学技術人材を、早期に発掘・育成することを狙っている。
Kビザは「未来志向の育成型ビザ」であり、中国が描く産業戦略と深く響き合っている。中国の新興分野――たとえば人工知能や新エネルギー――では、既に地位を確立した科学者を引き寄せることは容易ではない。彼らの多くはシリコンバレーや東京などで安定した生活基盤を築いているからである。
しかし、博士課程を終えたばかりの研究者や、独自のテーマで起業を志す若者、もしくは既存の枠に縛られず創造的研究を望む人材にとって、中国は魅力的な舞台となり得る。
Kビザは、まさにそうした層のために設計された制度である。手続きは簡便で、入国後の支援も手厚く、起業資金や研究基盤を得る機会もある。20代から30代前半の若者にとっては、永住権よりも「成長のチャンス」こそが最大の誘因なのである。
さらに、中国には他国にない強みがある。それは「市場の巨大さ」である。新エネルギー車、人工知能、デジタルサービス――いずれの分野でも中国市場は世界最大級であり、若手研究者や起業家が自らのアイデアを試す場としては、圧倒的なスピード感を持つ。
もしKビザが、この市場機会と政策支援をうまく結びつけることができれば、それは単なる入国制度を超えた「成長エコシステム」となるだろう。
未来を見据える若者にとって、Kビザは“鍵”であり、同時に“地図”でもある。そこには、中国が人材立国へと踏み出す意思が明確に刻まれている。
次回は、Kビザに対する中国社会の目、未来への展望についてレポートします。
