社長の日曜日

社長の日曜日 vol.124  Losing isn’t an option 2025.12.29 社長の日曜日 by 須毛原勲

  • twitter

手放すということ

 今年最後の日曜日の今日は、この冬一番の冷え込みだった。家を出たとき、手元のApple Watchは氷点下1度を示し、吐く息が白い。公園の土も凍てつき、一面に霜が降りていて、霜柱をサクサク踏みしめる足裏の感触を童心に戻って楽しんだ。寒さに負けず、今週は朝のウォーキングとラジオ体操を皆勤できた。ラジオ体操というものは、指先まで意識して真剣に取り組むと、この気温でもじわりと汗ばむほど運動量がある。この良い習慣は、来年も絶やさず続けていきたいものだ。

 この土日、書斎の大掃除に没頭した。1年に一度、澱(おり)のように溜まった本や雑誌、仕事関係の書類と向き合う時間だ。いつか読むだろうと積み上げていた「積ん読」本たちを、意を決して処分した。 物が減り余白が生まれた書棚を眺めると、不思議と胸がすくような感覚に包まれた。藤井風さんの『満ちてゆく』という曲に、「手を放す 軽くなる 満ちてゆく」という一節がある。物理的にも心理的にも本当は必要ではないものを見極めて手放すことで、逆に内面が満たされていく。その逆説的な真理を、実感を以って理解したような気がした。

出口の見えない日中関係

 出口が見えない。中国当局は、来年3月までの中国人の訪日ビザ発給数を、前年比で6割程度まで絞り込む方針だという。北京、上海、広州といった主要ハブ空港を除き、地方都市と日本を結ぶ直行便のほとんどが運航停止となった。両国の関係は、悪化の一途を辿っている。

 そんな寒々しいニュースが流れる中、先週、ある忘年会に参加した。「長江商学院(CKGSB)」の日本校友会である。長江商学院といえば、知る人ぞ知る中国ビジネススクールの最高峰だ。あのアリババ創業者ジャック・マー氏も卒業生名簿に名を連ね、卒業生が経営する企業の売上総額は、中国のGDPの約2割を占めるとも言われる怪物級のコミュニティである。

 忘年会に集まっていたのは、現在日本に拠点を置き経営者や投資家として活躍している中国の方々だ。会の後、日本校友会の会長からWeChatで届いたメッセージが、私の心に深く残った。

「僕も1987年に日本に留学に来て、沢山の日本人の方々にお世話になりました。長江日本校友会の目的も、もっと中国人の経営者達に日本の良さを正確に伝えるため、そして日本に恩を返したいという気持ちで、ボランティア活動をしています。」

 彼らは国籍こそ中国人だが、日本企業に投資し、雇用を生み、日本経済の発展に貢献し続けている「同志」でもある。

 国家間の関係がどれほど冷え込もうとも、個人と個人の信頼関係は別物だ。「外国人だから」「中国人だから」という色眼鏡で見るのではなく、目の前にいる「その人」をきちんと見つめること。厳しい冬の時代だからこそ、私たち経営者はその原点を忘れてはならない。

生成AIの使い方

 「サンタクロースって本当にいる?」

 子どもにそう尋ねられたとき、最近は生成AIを使う方法が流行っているらしい。子どもが寝ている写真を生成AIにアップロードし、サンタクロースが枕元にプレゼントを置いている画像を合成させ、それを見せながら「ほら、昨日の夜にサンタさんがプレゼントを置いていったみたいだよ」と語るのである。

 私も試しにやってみた。ChatGPT 5.2が描いたその絵は、クリスマスの温かく幻想的な空気を過不足なく捉えていた。柔らかなタッチはどこか懐かしく、幼い頃に読んだ絵本の記憶を呼び覚ます。ランタンの温かな光が、夢を見ているかのように安らかな表情で眠る子どもの顔と、子どもを起こさぬよう細心の注意を払うサンタクロースの佇まいを、静かに照らし出している。窓の外を飛んでいくトナカイのシルエットといった細部の描写も、物語の広がりを感じさせて見事だ。

 そこに切り取られているのは、「魔法の瞬間」そのものである。生成AIの表現力は、いまや情景だけでなく、感情や物語性までも描き出す段階に入ったようだ。こういう生成AIの使い方って、「あり」かもしれないと思ってしまう。

 ただ、最近の子どもたちはなかなか厳しく、親がこのような写真を見せても「どうせChatGPTでしょ。」と切り返してくるらしい。昔も今も、大人と子どもの騙しあいであることに変わりは無いようだ。

Losing isn’t an option

 今年、一番感動したスポーツの試合は何かと問われれば、私は迷わず、MLBワールドシリーズ最終第7戦を挙げる。ドジャースが今世紀初の連覇を成し遂げた、敵地トロントでの延長総力戦である。アレックス・ロドリゲス氏が「自分が見た中で最高のワールドシリーズ」と評した通り、MLB史に永遠に刻まれる1戦だった。

 この試合で私の脳裏に焼き付いているのは、3つの「覚悟」の瞬間である。

 ひとつ目は、大谷翔平選手の「膝についた手」だ。投手陣が壊滅的な状況の中、中3日で強行先発した彼は明らかに満身創痍だった。制球は定まらず、汗にまみれながらも2回までを無失点で凌いだが、3回、ビシェットにスリーランを浴びる。その瞬間、大谷はマウンド上で膝に手をつき、力尽きたように項垂れた。しかし、試合後に彼は「打たれても、打線の一人として一生懸命プレーしようと思った」と語り、彼が思わず膝に手をついた姿は諦念ではなく、二刀流としてすべてを出し切り続ける者にしか見せられない、凄絶な覚悟の姿であった。

 二つ目は、ベテラン、ミゲル・ロハス選手の「一振り」と「守り」である。1点を追う9回表、敗色濃厚の中で放った起死回生の同点本塁打。そしてその裏、1死満塁という絶体絶命の場面で見せた、本塁への完璧なストライク送球。「勝ちたい気持ちが強いと、勝手に体が動く」。引退も囁かれる最年長野手が、技術を超えた執念でチームを救った瞬間だった。

 三つ目は、MVPに輝いた山本由伸投手の「中0日」である。前日の第6戦で先発し勝利投手となった彼が、第7戦では9回裏、同点・1死満塁のマウンドに立った。常識では考えられない連投である。しかし彼は、そこから延長11回までを投げ抜いた。圧巻は、1点リードで迎えた11回裏だ。先頭に2塁打を許し、1死1・3塁という一打同点の場面でも、最後は冷静にカークを併殺に仕留めた。第3戦の延長でも「ワールドシリーズのような場で野手をマウンドに立たせるわけにはいかない」と登板を志願したという、そのエースとしての矜持が、最後の最後で結実したのだ。

 「Losing isn’t an option(敗北という選択肢はない)」

 ワールドシリーズ連覇のセレモニーで、ファンへの挨拶の中で山本投手が口にしたこの言葉。もともとは第2戦の登板前日記者会見で「負けるわけにはいかないので」と心意気を語った彼の言葉を通訳の人が訳した表現だったらしい。

 しかし、第7戦のあのマウンド上の彼の姿を見れば、誰もこれを通訳の妙だとは言わないだろう。

 常識外の連投を厭わず、最後まで勝利を信じ抜く。その姿は、スポーツの枠を超えて、私自身の一年を確かに照らしている。

 2025年は思うように進まないことも多く、引き返したくなる局面も少なくなかった。だが振り返れば、敗けを受け入れなかった瞬間だけが、確かに次の扉を開いてきたように思う。派手な成功ではなくとも、膝に手をつきながらも前に進もうとした、その積み重ねだけが今の自分を支えている。

「Losing isn’t an option」

 勝ち続けるという意味ではない。

 逃げないこと、諦めないこと、そして自分に言い訳をしないこと。

 その覚悟だけは、来る2026年も手放さずにいたいと思う。

 

本年も「社長の日曜日」にお付き合いいただき、ありがとうございました。

皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください。

《今週の写真》井の頭公園の冬枯れの木

今週の1枚は、早朝の井の頭公園にて。

すっかり葉を落とした木々は、寒空の下でその骨格を露わにしている。無数の枝が幾何学模様のように青空へ伸びる様は、枯れているというより、静かに力を溜め込んでいるように見える。

余計なものをすべて削ぎ落としたこの景色こそ、1年の締めくくりに相応しい。

2025年12月28日

by 須毛原勲

ブログ一覧に戻る

HOMEへ戻る