社長の日曜日

社長の日曜日 vol.126 シンガポールで突きつけられた現実 2026.01.13 社長の日曜日 by 須毛原勲

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シンガポールより

 今週の「社長の日曜日」は、シンガポールからお届けする。

 約2年半ぶりの訪問。空港の外に出ると意外と涼しい。なるほど今は雨季の真っ只中。かつて6年間この国に住んでいた私にとって懐かしい「もうひとつのシンガポール」の空気が迎えてくれた。

 シンガポール駐在時代の元部下とマレーシアから駆けつけてくれた友人たちとウビ(Ubi)にある「HOKI Gourmet Dining」で再会を祝した。現地のコーヒーショップが進化したような活気ある店内で、懐かしのチリクラブとタイガービールを囲む。味覚だけは一気に20年前にタイムスリップしたようだった。

 だが、会計で現実に引き戻された。「安くて美味い」はずの店で、4人で約400ドル。今のレートだと一人1万2000円を超える。円安もあるが、それ以上に「日本が弱くなり、シンガポールが豊かになった」という冷徹な現実を突きつけられた気がした。

紅白で見せつけられた「生涯現役」の魂

 少しだけ日本の年末年始を振り返りたい。年末の紅白歌合戦は、若手を完全に凌駕するレジェンドたちの独壇場だった。

 圧巻は、やはり76歳の矢沢永吉だ。 VTRの静寂から一転、夜空のドローン演出を経て、サプライズでステージに現れる。年齢という概念をねじ伏せるようなマイクパフォーマンス。「老い」など微塵も感じさせない、磨き抜かれた「現役の魂」に言葉を失った。彼だけではない。 79歳の堺正章、78歳の布施明、 76歳の高橋真梨子、71歳の松任谷由実、70歳の郷ひろみ。(敬称略)

 若手グループが霞んでしまうほどのレジェンドたちの熱唱。 そこにあったのは、単なる懐メロではない。死ぬまで舞台に立ち続けるという、鬼気迫るほどの「プロフェッショナルの覚悟」だった。

絶望をひっくり返す、青学・原監督の「経営力」

 正月の風物詩、箱根駅伝。 2日朝、テレビをつけて目を疑った。あの常勝・青山学院大が、まさかの1区16位に沈んでいたのだ。「さすがにこの絶望的な差は覆せないか」と、誰もが王朝の陥落を予感しただろう。

 だが、そこからが真骨頂だった。じわじわと順位を上げ、タスキを受けた5区の“新・山の神”こと黒田朝日選手が、神がかり的な快走を見せる。前を行くランナーを次々と、まるで止まっているかのように抜き去り、一気にトップへ躍り出たのだ。その勢いは復路でも衰えず、一度も首位を譲ることなく大手町へ帰還し、見事に3年連続の総合優勝を自らの大会記録を塗り替えて成し遂げた。

 なぜ、彼らはこれほど強いのか。

 原晋監督の信念は揺るがない。「箱根は山登りが鍵。山を制するものは箱根を制す」。その言葉通り、日頃から科学的アプローチに基づいた徹底的な坂道トレーニングを課しているという。さらに、当日のコンディションを見極め、直前でも走者を入れ替える冷徹なまでの決断力。

 かつては予選会すら突破できなかった弱小チームを、誰もが認める常勝軍団へと変貌させた「原マジック」。その正体は、曖昧な精神論ではない。勝つためのロジックを緻密に構築し、それを組織全体で実行しきる「経営力」そのものだ。崖っぷちからでも頂点を取りに行くその姿勢と手腕には、同じ組織を率いる身として、唸らざるを得ない。

3.6倍の成長が教える「国家の意志」

 そんな日本の「熱」を背に訪れたシンガポールで、私は一気に「現実」に直面した。

 チャンギ空港では着陸から車に乗るまで、なんと20分足らず。事前登録のおかげで入国審査に列はなく、パスポートをスキャンするだけ。

 空港を出てハイウェイを走れば、行き交う車の半分近くがテスラやBYDなどのEVだ。タクシーの運転手によれば、2025年の新車登録の4割強がEVだという。2040年の完全クリーン化へ向け、政府がアメとムチで一気にオセロをひっくり返したのだ。「決めたらやる」。このドラスティックな実行力こそがシンガポールだ。

 私が駐在していた2000年代初頭、シンガポールのインフラ開発は限界だと言われていた。だが、タクシーの車窓を眺めていると、それが間違いだったことは明らかだ。あちこちでクレーンが動き、あのマリーナベイ・サンズの隣では、今まさに「第4のタワー」が建設されている。

 数字で見ると、その現実はさらに冷徹だ。 私が駐在していた当時、シンガポールの人口は419万人だったが、今や611万人と約1.5倍に膨れ上がっている。

 さらに驚くべきは「個人の豊かさ」の推移だ。2003年当時、日本の一人当たりGDPは約3万4,000ドル。対するシンガポールは約2万5,000ドルで、当時はまだ日本の方が豊かだった。それが今やどうだ。 2024年の統計で、シンガポールの一人当たりGDPは約9万1,000ドル(約1,350万円)に達し、当時の「約3.6倍」へと爆発的な成長を遂げている。アジアの金融・技術のハブとして、富裕層を呼び込み、高い付加価値を生み出し続けた結果だ。

 一方で、日本はどうか。 直近の一人当たりGDPの数字は約3万3,000ドル台。円安の影響があるとはいえ、ドルベースで見れば20年前とほとんど変わっていない。いや、「1.0倍」、つまり成長していないのだ。かつて世界トップクラスだった順位はOECD加盟国中でも下位に沈み、G7の中でもイタリアを下回る水準にある。

 この20年あまりで、私たちは何をしていたのだろうか。

熱量とスピードを武器に、2026年の山を登る

 シンガポールは、アクセルをベタ踏みで坂を駆け上がり、経済規模を3.6倍にした。 日本は、少子高齢化とデフレのぬかるみの中で、現状維持に甘んじた。

 シンガポールの成長を「奇跡」と人は呼ぶかもしれないが、これは奇跡などではない。「限界説」をあざ笑うかのように、常に新しい産業(バイオ、EV、AI)に種を蒔き、国を開き続けたこの国の「強烈な意志」の勝利だ。

 かつて「限界説」すらあったこの国が、今こうして成長を続けている。だとしたら、「先が見えない」なんて言われる日本だって、やりようは幾らでもあるはずだ。

 ヒントはたくさん貰っている。 レジェンドたちが見せた「個の継続力」。箱根を制した青学の「組織力」。そして、この国が教えてくれる「変化のスピード」。全部、貪欲に取り込んでしまえばいい。

 2026年。熱量とスピード、両方を武器に新しい山を登っていく。

 雨季のシンガポールの涼しい風とは裏腹に、胸の奥からふと熱いものがこみ上げてきた。

《今週の写真》 夜空に水を吐く獅子

マーライオンパークにて。 マレーシアの友人につきあって足を運んだが、行って正解だった。 週末の夜ということもあり、あたりは観光客の熱気と喧騒に包まれていた。

私の駐在時代、マーライオンは川沿いの目立たない場所にひっそりと佇むいわゆる「がっかりマーライオン」。それよりもセントーサ島の巨大なタワーの方が立派だった。 セントーサ島のタワーは2019年に解体されたが、今ある像は2002年の移設を経て、マリーナベイの特等席で堂々と主役を張っている。漆黒の夜空と摩天楼の光。その中心で自信に満ちて水を吐く姿は、かつての「がっかり名所」といった評判など微塵も感じさせない。

一夜明けて、日曜日の朝。クラークキー沿いの遊歩道を歩くと、昨晩の喧騒が嘘のような静寂。すれ違うのは、イヤフォンをして颯爽と駆ける欧米人のジョガーばかりだ。引き締まったその身体つきに、この国のビジネスの厳しさと、ON/OFFの切り替えの鮮やかさを見る。

夜の熱狂と、朝の静寂。 どちらも、この国の紛れもない「今の姿」だ。進化し続ける街のエネルギーを吸い込んで、2026年の最初の海外での日曜日が始まった。

2026年1月11日

by 須毛原勲

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