■ 桜、咲く
毎朝、神田川沿いの桜の木を食い入るように見上げていた。その答えが出たのは、18日水曜日のことだった。薄ピンクの花びらが、遠慮がちにひっそりと開いていた。
気象庁の開花宣言は翌19日。しかし私にとっての今年の桜の開花は、あの水曜日の朝だ。
「桜が咲きましたね」 「そうね、今年は早かったわね」
井の頭公園でラジオ体操の前に交わした、顔見知りのご婦人との短い会話。たったそれだけのことなのに、なぜかとても嬉しかった。桜の開花は、人の心もほころばせる。
■ ベネズエラの歓喜
マイアミで行われていたWBCは、日本を準々決勝で破ったベネズエラが、決勝でアメリカを3対2で下し、見事初優勝を果たした。やはり、侍ジャパンを沈めたあの強さは本物だった。
優勝の瞬間、首都カラカスの街は熱狂に包まれたという。 ベネズエラの監督はこう語ったそうだ。 「私は無償だ。報酬はもらっていない。でも、今の我が国はお祝いしている。本当に嬉しい。街中が盛り上がって、皆が飲み明かしている。それだけで、誰よりも幸せだ。20年後、自分が少なくとも1〜2日間は祖国を幸せにできたことを思い出す。それだけで十分だ」(Xの投稿より)
2026年1月3日未明、アメリカはベネズエラの首都カラカスで軍事行動を展開し、13年にわたり独裁政権を率いてきたニコラス・マドゥロを拘束、アメリカへ送致した。理由はどうあれ、自国のトップを大国に連れ去られたベネズエラ国民にとって、あの日の屈辱と混乱は決して癒えていないはずだ。その同じ国民が、WBCの決勝という大舞台で、そのアメリカを実力でねじ伏せる瞬間を目撃した。彼らがその勝利をどれほどの思いで受け止めたのか、想像に難くない。
人口約3000万人の中南米の国、ベネズエラ。野球が盛んで、ヤクルト・巨人・DeNAでプレーし、監督も務めたラミレス氏(ラミちゃん)の母国でもある。 あっぱれ、ベネズエラ。心からの拍手を送りたい。
■ 春は未だ遠い
一方、我が国に目を向けると、日本政府観光局(JNTO)から2026年2月の訪日外客数が発表された。全体では346万6,700人、前年同月比6.4%増となり、2月として過去最高を更新した。しかし、その内訳を見れば、手放しでは喜べない現実がある。
中国からの旅行客は39万6,400人と、前年同月比で実に45.2%減。中国政府の渡航注意喚起と航空便の減便が直撃した形だ。かつては月間100万人を超えた最大市場が、今や約4割の水準にまで落ち込んでいる。
その穴を懸命に埋めているのが、韓国と台湾だ。韓国は108万6,400人(28.2%増)、台湾は69万3,600人(36.7%増)と、ともに2月として過去最高を記録した。今年の春節が2月中旬にずれたことも追い風になったのだろう。米国も21万9,700人(14.7%増)と堅調だ。 ただ、冷静に数字を見れば、韓国と台湾の増加分を足しても、中国の莫大な減少分を完全には補いきれていない。
政府は「2030年に訪日外国人旅行者数6,000万人、消費額15兆円」という目標を掲げている。あと4年。政治的な壁に阻まれ、中国市場の本格回復がしばらく見込めないとするならば、この目標の達成に向けた道のりは、想像以上に険しいものになるかもしれない。
一衣帯水の両国——日本と中国は、細い帯のような海を隔てただけの隣人である。 1972年、田中角栄総理と周恩来首相が日中国交正常化の席でかわした約束。その時、周恩来が引いた故事成語がある。
「饮水不忘掘井人(水を飲む時、井戸を掘った人を忘れるな)」
あの偉大な先人たちが命懸けで築いた信頼の土台が、今、音を立てて揺らいでいる。その重さと歴史を知る者が、どうかこの難局の舵を握ってほしいと願うばかりだ。
■ サラーム、テヘランの遠い記憶
そして今、世界で最もきな臭いのが中東情勢だ。 2月28日、米軍とイスラエル軍がイランへの攻撃を開始した。この攻撃により、最高指導者ハメネイ師(86)が死亡し、ホルムズ海峡が事実上封鎖された。
背景には、昨年6月にイスラエルがイランの核施設を空爆した「12日間戦争」がある。あの時は両国の報復応酬が激化したものの、最終的に停戦合意が成立した。それからわずか8ヶ月あまり。核開発放棄と平和利用の枠組みをめぐり、カタールの仲介のもとで交渉が続いていた、まさにその最中の突然の攻撃だった。 イランは直ちに報復に転じ、イスラエルや中東の米関連施設を攻撃。殺害されたハメネイ師の後継には、次男モジタバ・ハメネイ師(56)が選出された。3月20日現在も戦闘は継続中で、報復の応酬は泥沼の様相を呈している。
日本時間20日未明、高市首相はワシントンのホワイトハウスでトランプ大統領と会談した。トランプ大統領は事実上封鎖状態にあるホルムズ海峡の航行の自由を確保するため、日本に具体的な貢献を要請した。 これに対し高市首相は、会談の中でイランによる海峡の安全を脅かす行為を強く非難した。その上で、「日本の法律の範囲内で」我が国に何ができるかを詳細に説明し、事態の早期沈静化(中東地域の平和と安定の実現)に向けて日米で緊密に意思疎通を続けていくことを強調したという。
だが、現実問題として、日本にとって艦船護衛のために自衛隊を中東へ送ることは法的なハードルが極めて高い。「法律の範囲内で」と釘を刺しつつも、同盟国として日本がこの戦争にどこまで関与を求められるのか。どんな形で実質的な貢献を迫られるのか。今、我が国は極めて難しい局面に立たされている。
「サラーム!ホシュバフタム!」 「メルシー、フルーシュ、フォトコピア、TOSHIBA!」
ペルシャ語である。25年以上前のことだが、いまだに覚えている。 シンガポール駐在中、私はイランへ4度ほど足を運んだ。この言葉は、首都テヘランで開催された販売代理店会議での、私の冒頭挨拶だ。「こんにちは、お会いできて光栄です。東芝のコピー機を販売してくれてありがとうございます」という意味である。
会議の始まりは厳粛だった。イスラム教の導師が現れ、参加者全員がひざまずき、アラーの神へのお祈りを捧げてから、ようやく議事が始まる。イランは誇り高きペルシャの大国である。ペルセポリスの遺跡に象徴されるペルシャ文明は、2500年以上の悠久の歴史を誇る。当時の教育省の幹部とも何度もお会いし、全国の学校へ5000台のコピー機納入という大型受注もいただいた。
ある日、ホテルから空港へ向かうタクシーに乗ると、運転手が突然、流暢な日本語で話しかけてきた。聞けば偶然にも私の故郷、日本の水戸で5年間働いていたという。しかも奥さんは水戸の人だそうだ。 遠く離れたテヘランの車内で、イラン人から水戸のお国訛りを聞くことになるとは思わなかった。
イラン・イスラム革命(1979年)以前、テヘランは「中東のパリ」と謳われた美しい都市だった。人々は聡明で、誇り高く、約束を守る厳格さを持ち合わせていた。街の向こうにはアルボルズ山脈がそびえ、最高峰ダマヴァンド山(5,610m)の白い雪をいただいた峰々が、抜けるような青空に美しく映えていた。
ある晩、カスピ海産のキャビアをご馳走になった。世界最高峰と名高いあの濃厚な味は、今も忘れられない。イランが世界有数の産地であるピスタチオを口に運ぶたびにも、あの頃の記憶が鮮やかに蘇る。 イランは美しいブルーのトルコ石の名産地でもある。妻へのお土産に買って帰ったトルコ石は、今も大切にされている。そして私の執務机の下には、あの時いただいたペルシャ絨毯を今も敷いている。多少年季は入ったが、へたれない、職人が一針一針手で織り上げた世界に一枚だけの絨毯だ。
あのアラーへの祈りの声。雪山の風景。そして、あの街の人々の笑顔が、今も私の中に深く刻み込まれている。中東の国々にも、本当の意味での「春」の到来を願わずにはいられない。
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《今週の写真》胴吹き桜
私が見つけた一番桜は、幹のごつごつとした樹皮のくぼみから、吹き出すように一輪だけ開いていた。このように咲く桜は「胴吹き桜(どうぶきざくら)」や「胴咲き桜」と呼ばれ、主に老木やストレスで衰弱した木が命を繋ごうと、眠っていた芽(休眠芽)を幹から出して開花する現象らしい。枝先での光合成や栄養供給が難しくなった際に、木自身が緊急事態として幹からエネルギーを得るための生存戦略で、他の枝より早く咲き、長持ちする傾向があるそうだ。自然の営みは本当に奥が深い。
梅好きの私だが、桜も嫌いではない。 梅は孤高だ。厳寒の中、一輪一輪が少し間隔をあけて凛と咲く。しかし桜は違う。一斉に咲き誇り、そして一斉に散る。その華やかな時間があまりにも短いぶん、どこか切なさが漂う。
今年の開花は平年より早かった。ならば、散るのも早いのだろうか。 この一輪が咲いたその日から、すでに別れのカウントダウンが始まっているのか。
2026年3月22日