社長の日曜日 vol.157 老上海 2026.08.24 社長の日曜日 by 須毛原勲

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白いフリル

 今朝はラジオ体操のあと、久しぶりに神田川沿いを高井戸公園まで歩いた。

 道沿いに、白いサルスベリが満開だった。先々週に紹介した、ピンクのフリルのサルスベリの白バージョン。名前も、そのまま白サルスベリというらしい。

 幾重にも重なった白いフリル。結婚式の衣装のようだ。可愛いな。

 そんなことを考えて歩いていたら、Apple Watchが震えた。

「りくりゅう、婚約」リンクの上で、木原龍一さんが片膝をつき、三浦璃来さんに指輪を差し出している写真。

 日本時間の2月17日。ミラノ・コルティナ五輪、ペアのフリー。ショートプログラム5位からの大逆転だった。フリーで世界歴代最高得点を叩き出し、日本のペアとして史上初の金メダル。得点が出た瞬間、木原さんは氷の上に崩れ落ちて泣いていた。

 同じ氷の上で、今度は膝をついて指輪を差し出している。投稿の最後に、ハッシュタグが一つ。

「#shesaidyes」

なんとなく嬉しくなって、いつもより長く歩いてしまった。

上海を歩く

 先週は上海の南京西路を歩いていた。8日間。上海、杭州、上海。企画中のフィジカルAIツアーの現地確認である。

 最先端のフィジカルAI企業を視察すること。それがこのツアーの一番の目的だ。だが、それだけではない。4泊5日のあいだに、上海を、杭州を、体で感じて帰ってほしい。そのための仕掛けも、いろいろと考えている。だから、どこに泊まるか。どこで何を食べるか。そうしたことも大事になる。

雲が低い朝の陸家嘴。上海中心大厦の先端は、最後まで見えなかった。

 最初の数日は、浦東側のホテルを試した。黄浦江(長江(揚子江)の支流)沿いに建つ。上海の風景写真でよく見る陸家嘴のビル群は、すぐそこに見えたが、歩き出したら4キロあった。

 上海中心大厦、632メートル。上海環球金融中心、492メートル。金茂大厦、420メートル。そして、東方明珠塔、468メートル。その日は雲が低く垂れ込め、どのビルも上のほうが隠れていた。632メートルの先端は、ついに見えなかった。

蕭山区の朝

 杭州では、ホテルの周りを約5キロ歩いた。

 蕭山区(しょうざんく)。市の中心部から東南に位置する開発区のようなエリアだ。周辺はビルと地下鉄の工事中。この一帯にも、ロボット関連の企業が数多くあった。

 ホテルは5つ星。設備は文句なしだった。だが、中心地から離れすぎていて、街がない。蕭山区を諦めることにして、今は、世界遺産の西湖まで歩いて行けるホテルを探してもらっている。

 早朝の湖畔。広場舞を踊る人たち。剣を構える太極拳の一団。あの中国の朝の匂いを、吸い込んでほしい。

■ 40元の麻辣湯

好きな具材を好きなだけ乗せて、40元。

 昼に、初めて麻辣湯(マーラータン)を食べた。

 日本で数年前から流行っているのは知っていた。私の自宅近くにできた店は、いつ通りかかっても長蛇の列。結局、一度も入らずじまいだった。

 杭州で入ったのは、店先で呼び込みをしていた店。主人らしき男と立ち話をしていたら、「絶対にうまいから」と押し切られた。具材をあれこれ乗せて、40元。日本円で1000円弱。

 味は、まあまあ。だが、本場の味を、押し切られて、40元。悪くない。

老上海の素顔

 上海に戻り、後半は浦西(黄浦江の西側)の中心地、静安区のホテルに移った。上海静安昆侖大酒店。1988年、上海静安ヒルトンとして開業した、上海で最初の5つ星ホテルである。

 上海に駐在していた頃のオフィスから歩いて行ける場所だったが、泊まったのは今回が初めてだ。快適だった。上海らしい雰囲気があり、価格もリーズナブル。スタッフも皆、親切。

旧フランス租界の朝。プラタナスの葉が、道を覆い隠している。

 朝、ホテルを出て静安寺を抜け、南京西路沿いに歩く。昔住んでいたマンションの前を通り、呉江路まで往復5キロ。

 翌朝は、巨鹿路、長楽路、茂名南路。プラタナスの大きな葉が道を覆い隠している旧フランス租界。まさに、老上海だ。茂名北路から南京西路へ抜け、シャングリラの前の垢抜けた一角を通り、静安寺を回ってホテルに戻った。

 朝、歩くと、その街の素顔が見える気がする。

隣は、張園だった

 昔住んでいたマンション。その隣が、張園である。

 1882年、無錫の富商・張叔和が農地を買い、庭園を造った。1885年に一般公開。上海で最初の公共の電灯が灯り、最初の屋外写真館ができ、最初の映画が上映された場所だ。孫文も、ここで演説している。「海上第一名園」と呼ばれた。1918年に営業を終え、土地は28区画に分割して売られた。そこに石庫門の家々が建った。上海最大の石庫門建築群である。

 私が住んでいた頃、そこは、ただの古い家並みだった。竹竿に干された洗濯物。路地に出しっぱなしの椅子。夕方になると、どこからか油の匂いが流れてきた。人が、普通に暮らしていた。

張園の夜。石庫門の壁を、蝶が舞う。

 2018年、静安区が保護のための収用を始めた。方針は「征而不拆、人走房留」。収用するが、壊さない。人は去り、家は残す。2020年11月23日、最後の一世帯が契約を終えた。修繕を経て、2022年に西区が開いた。今は、石庫門の門をくぐると、国際的なブランドの旗艦店が並んでいる。その中に、日本のOnitsuka Tiger(アシックスの別ブランド)があった。100年前の煉瓦の門の下に、日本の靴。

 

石庫門の100年前の壁の前で、ヒューマノイドがコーヒーを淹れる。

 夜、100年前の煉瓦の壁の前に白いコーヒートラックが停まっていた。 車体に「智平方(AI² Robotics)」。深圳のヒューマノイド企業だ。設立は2023年。まだ3年しか経っていない。荷台の中で、ヒューマノイドが両腕を動かし、コーヒーを淹れている。隣に、エプロン姿の女性が一人。

 人は去り、家は残った。その家の前で、ロボットがコーヒーを淹れている。手前を、若者たちが次々に通り過ぎていく。

 誰も、立ち止まらない。

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《今週の写真》白サルスベリ

神田川沿い、高井戸公園までの道。

白いフリルが幾重にも重なって、枝の先で揺れていた。

見上げながら、りくりゅうのハッシュタグを思い出していた。

2026年8月23日

by 須毛原勲

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