上海人のコーヒーへの情熱
上海人がコーヒーを愛していることは、中国全土では広く知られています。
上海には9000軒以上のカフェがあり、1平方キロメートルあたり平均1.3軒、人口1万人あたりでは3.16軒のカフェがあります。この数値は、ニューヨーク、ロンドン、東京を上回り、中国の他の都市を大きく引き離して、世界で最もカフェが多い都市のひとつとなっています。(データ出典『グローバルコーヒー産業発展動向洞察報告書』(※1))
コーヒーは上海人にとって血液であり、興奮剤であり、精神的な支えでもあります。上海人にとって、コーヒーがない生活は考えられません。
かつて、働く人々がオフィスに持ち込む飲み物といえばお茶が主流でした。しかし今では、オフィスビルや街角、さらには飛行機の搭乗前でさえも、ほとんどの人がコーヒーを手にしています。大学を卒業し社会人になると、1杯30元(日本円で約650円)のスターバックスは一種のステータスシンボルであり、都会的なライフスタイルの象徴となりました。
上海とコーヒーの歴史
上海で最初にコーヒーが販売されたのは薬局でした。そのため、当時の上海人はコーヒーを「咳止めシロップ」“咳嗽药水(中国語)”と呼んでいました。20世紀初頭、寛容で開放的な性格を持つ上海人は、この独特な香りを持つ飲み物を次第に受け入れるようになり、多くの地元カフェが登場しました。21世紀に入ると、スターバックスのような成熟したコーヒーチェーンが上海に進出し、瞬く間に店舗数を増やし、上海はスターバックスの店舗数が1,000を超えた初の都市となりました。
その後、国内のコーヒーチェーンや個人経営のカフェが次々と登場し、街のあちこちに拠点を構え、スターバックスに匹敵する競争相手となっています。
独自性が際立つ上海のカフェ文化
上海は競争が激しい都市として知られ、多様なカフェが独自性を発揮しています。特に個性派のカフェは、上海人が好む独創性やクリエイティブな要素を取り入れることで、独自の市場を切り開いています。
コーヒーの淹れ方の進化
かつてはインスタントコーヒーが主流でしたが、現在ではハンドドリップが人気を集めています。独立系のカフェでは、ハンドドリップを取り入れ、「手作業」によるコーヒーの魅力を伝えています。これにより、一杯のコーヒーは、ただの飲み物ではなく、アート作品として提供されます。
また、豆の種類や焙煎方法にもこだわり、エチオピア産のフローラルな香りや、コロンビア産のフルーティーな酸味、ブラジル産の濃厚な味わい、最近注目される中国・雲南省のベリー風味の豆など、さまざまな選択肢が提供されています。これが、客単価100元(約2,000円)近くの価格で販売できる理由なのでしょう。客は、コーヒー豆の産地を表す際に「支」(※2)という漢字が使われることや、深煎り、中煎り、浅煎りといった焙煎度合いについても理解しています。これらの知識を活用して、今自分が最も飲みたい一杯のコーヒーを選び出します。
カフェ空間の多様性
スターバックスのようなチェーン系のカフェは環境や提供する商品において統一された基準を持っており、これが安心感をもたらします。スターバックスの象徴的な緑の人魚のロゴを見ると、おしゃれな空間、心地よい室温、快適な座席、そして安定した品質のコーヒーが思い浮かびます。一方、プラタナスの緑陰に隠れた多くの個性的な独立系カフェは、通常は10~20平方メートル程度の小さな空間です。これらの店の環境は様々で、ギリシャの海辺のように明るく、温かく快適で会話に適したものもあれば、暗く静かでシンプルかつ清潔で、静かに一人で過ごしたい「i人」(※3)に適したものもあります。
個性派カフェの創意工夫と顧客体験:SNSで広がる自然な宣伝効果
提供される商品に関しては、時折期待外れもありますが、個性的なカフェの新鮮な素材、新商品の開発速度、そしてその創造性には驚かされます。コーヒーが桂花(キンモクセイ)やフルーツ、ココナッツの風味を持ち、中国茶や酒の香りを漂わせることができるとは思いませんでした。さらには、柔らかい団子や甘い酒粕をトッピングすることもできます。一杯をゆっくりと楽しむことも、フィナンシェと一緒に味わうこともできます。精選された器具や手作りの小さなカードには、コーヒー豆の産地の紹介やちょっとしたメッセージが添えられており、これらが心を和ませてくれます。その結果、店主の誠意と細やかな心遣いにより、顧客は喜んでスマートフォンを取り出し写真を撮り、SNSに投稿して「打卡」(※4)します。これにより、店側も自然な形で宣伝を行うことができています。
上海カフェ文化の多様化:世代を超えた憩いの場
かつて、カフェで過ごすことは若者の小資生活(※5)の象徴でした。しかし、上海のカフェでは、白髪の高齢者も見かけるようになりました。サスペンダーを着け、ベレー帽をかぶったおしゃれなおじいさんや、隣の市場から買い物帰りの大きな袋を持ったおばあさんなどがいます。彼らは一杯のコーヒーで午前中をゆっくり過ごし、時には揚げたての大餅や油条(揚げパン)を添えることもあります。
週末のカフェは、あらゆる年齢層で賑わいます。母親たちはコーヒー片手に本を読みながら、習い事中の子供を待っています。若い人たちは片手にコーヒー、もう一方の手で自撮りをし、最新のコミュニティ情報を共有しています。また、小さな子供たちはコーヒーを手にし、小さな一口を味わい、これが彼らのコーヒー入門となっているようです。
上海のコーヒー文化を堪能しよう
常に新しい事物に対して好奇心と寛容さを持ち、自分の判断と好みを大切にする上海の人々は、コーヒーに対しても自由です。ある人は、馴染みの街角のカフェを訪れ、親しみやすい雰囲気や味わい、そして気軽に会話できるバリスタや店主との交流を楽しみます。また、珍しい味を求める人もいれば、いつもアイスアメリカーノを選ぶ人もいます。温かい湯気の立つマグカップを好む人もいれば、冷たく結露したガラスのグラスを好む人もいます。コーヒーはまるでお酒のように、時には濃厚で、時には柔らかです。
金木犀の香る秋のこの時期、プラタナスの並木道にあるお気に入りのカフェを選び、上海のコーヒーを楽しんでみてはいかがでしょうか。地区のカフェで、上海ならではのコーヒー文化を楽しんでみませんか?
※1『グローバルコーヒー産業発展動向洞察報告書』(中国語原題:「全球咖啡产业发展趋势洞察报告」/英題:The Global Coffee Industry Development Trends Insight Report)2024年10月23日発行。
※2「支」
ここでの「支」は、コーヒー豆の産地を示す際に用いられる漢字です。例えば、エチオピア産のコーヒー豆を「エチオピア支」と表現します。
※3 「i人」(発音はアイレン)
ここでの「i人」は、MBTI(Myers-Briggs Type Indicator)性格診断における「I型(内向型)」を指す中国のネットスラングです。「I型」は内向的な性格を持つ人を意味し、静かな環境で一人の時間を大切にする傾向があります。
※4 「打卡」
「打卡(ダーカ)」は、もともとは「タイムカードを打つ」という意味でした。しかし、近年ではその意味が拡大し、特にSNS上で以下のように使われています。
1.チェックインする:特定の場所に訪れたことをSNSで共有する際に「打卡」を用います。例えば、人気のカフェや観光地に行った際に、その場所で写真を撮り、SNSに投稿して「打卡」と表現します。
2.日々の活動の記録:日常的な活動や習慣を継続的に記録・共有する際にも「打卡」が使われます。例えば、毎日のランニングや勉強の進捗をSNSで報告する際に「打卡」を用います。
※5 若者の小資生活(年轻人小资生活)は、中国で流行している表現で、特に若者が追求する洗練されたライフスタイルを指します。「小资」は「小资产阶级」(プチブルジョア)の略で、もともとは小資本階級を意味していましたが、現在では物質的・精神的な豊かさを求める人々を指す言葉として使われています。