リアル中国生活!ミキの上海通信

vol.6 「躺平」の向こう側にあるもの – 中国の若者たちの新たな選択  2024.12.20 リアル中国生活!ミキの上海通信 by Miki

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今の若者たちはどこで学ぶのが好き?

 「今の若者たちは幼い頃から衣食住に困ることなく、苦労を避け(不愿意吃苦※1)、自分から進んで学ぼうとせず、ただ無気力な状態でいたいだけで(只想躺平※2)、食べて飲んで遊ぶことしか知らない」と思わないでください。彼らは自分に合った学び方を見つけるのが非常に得意です。


定番の学びの場:大学の自習室や図書館

 大学の自習室や図書館は、静かで騒がしくなく、夜遅くまで明るい環境です。周囲の学生たちが一心不乱に勉強している姿を見ると、「自分も勉強しなければおいていかれる」という感覚に駆られます。社会人になった後でも、キャンパスに戻り、学生たちと一緒に集中して勉強に没頭することができます。


学習の雰囲気を強く感じられる場所:図書館や書店

 多くの公立図書館では、無料の広い読書エリアが設けられており、大きなテーブルや明るいスタンドライトが備わっています。好きな時に学習資料を広げたり、気に入った本を手に取ってリラックスしたりすることができます(放松一下※3)。本の香りに包まれた場所はいつも人気が高く、席を確保するには早めに行く必要があります。

 昨今、多くの書店は、オンラインショッピングの台頭により閉店の危機に瀕していました。現在では、国営の上海書城や民営書店を含め、多くの書店が「クロスオーバー経営」(“跨界”经营※4)を採用し、カフェスペースを設けたり、文房具やオリジナル商品を販売したりするなどの工夫を凝らしています。これにより、より多くの人を長く滞在させることができ、書店の経営を支える仕組みになっています。たとえば、コーヒー1杯分の料金を支払えば、書店で1日中勉強することも可能です。


共有自習スペース:流行中の新しい学びの場

 上海では、数年前に登場した共有オフィススペースから派生して、「共有自習スペース」(共享自习空间※5)が次第に人気を集めるようになりました。
 多くの自習スペースは繁華街の便利な場所にあり、内装はシンプルながら温かみのあるデザインです。座席の種類も豊富で、開放的な長机エリア、1人用のプライベートスペース、2人用の快適な席、明るい大小さまざまな会議室が用意されています。一部の施設は24時間営業で、学習に疲れたときのための休憩スペースがあり、コーヒーやお茶が提供され、清潔なトイレや喫煙室も備えられています。

 料金も非常に手頃です。例えば、上海の金融街である陸家嘴にある自習スペースでは、初回利用3時間でわずか19.9元(約350円)、朝8時から夜9時までの利用が39.9元(約700円)です。また、回数券、シーズンパス、年間パスなど、さまざまな利用プランも用意されています。


カフェ:リラックスした学びの場所

 上海の若者にとって、カフェは昔から人気の選択肢です。1人で勉強する必要がある人や、急遽仕事のタスクをこなさなければならない(打工游民※6)、さらにはフリーランサーにとっても、非常に寛容で使いやすい環境を提供しています。

 カフェの座席は適度な距離感が保たれており、快適な椅子と温かい照明が、オフィスや学習用の机とは異なる、よりリラックスした環境を作り出しています。上海のカフェでは、1人でパソコンに向かい、タグだらけの本やマーカーを広げ、傍らにコーヒーを置いて頭をリフレッシュさせている人の姿をよく目にします。

 スターバックスは、上海の中心地に学習・仕事向けの共有エリアを設置しています。スターバックスらしいアメリカンスタイルのデザインを採用し、無料で利用できる半個室型のスペースや、有料のガラス張りの小さな会議室を提供しています。すべての座席には充電ポートが備えられており、学習や仕事に必要な設備が整っています。スターバックスを好む常連客にとって、このような環境は料金を払ってでも利用する価値があると感じられています。


カフェよりもリラックスできる学びの場所は?

 その答えは少し意外かもしれません――現在最も人気の自習場所は上海ディズニーランドです。(上海迪士尼乐园※7)

 あるソーシャルメディアで「迪士尼学习(ディズニー学習)」(※8)を検索すると、7万件以上の投稿がヒットします。その中には、最適な場所や時間のアドバイスが数多く紹介されています。たとえば、9月から11月の閑散期を選び、学生の流れを避けること、人通りが少なく静かで、目を上げると美しい景色が見える場所、日陰になり涼しく過ごせるスポットや、高さがちょうど良いテーブルと椅子のある場所などが挙げられています。

 これらはすべて、ディズニーの年間パスを持つ若者たちがその付加価値を最大限に引き出した結果です。

 上海ディズニーランドの入場券は475元(約9,500円)と安くはありません。勉強のためだけにディズニーに行く人はまずいないでしょう。しかし、最も安いディズニー年間パスは1399元(約28,000円)です。『幸せな故郷』(快乐老家※9) を愛するあまり年間パスを購入した人々にとって、学習のために利用することは年間パスを持つ付加価値を活用しているに過ぎないと言います。

 あるネットユーザーはこう述べています。「ディズニーに来ると、楽しい音楽が聞こえてきて、気分が高まり、勉強も楽しくなります。まず2時間勉強してからショーを1つ観に行き、さらに2時間勉強した後はお気に入りのキャラクターグッズを選びます。このように仕事と休息をうまく組み合わせる(労逸結合※10)ことで、家に帰る頃には、勉強も遊びも楽しみ、さらに体を動かして、一石三鳥の満足感と充実感を味わうことができました。」

 ただし、このような学び方には軽めの学習タスクが適していると言えますし、他の学習場所と比較すると、コストが高い『幸せな故郷』(快乐老家※9)は、より多くの「感情的な価値」を提供する場と言えるでしょう。


学びの形の多様性が広がる

 常に人の流れがあることで、勉強に集中できず効率が下がってしまうと感じる人もいれば、周囲の人々の流れが、自分が勉強に励んでいるかどうかを監督している見えない力(无形力量※11)であるように感じられる人もいます。家以外の場所で勉強することは、お互いに邪魔をせずに同じような考えを持つ人々と共に過ごす状態を見つけ出すことのようで、勉強に対するモチベーションを少し高め、小さな喜びを見つけることでもあるのです。

 根を詰めて勉強することも仕事を頑張ることも楽なことではありません。昔の人々は、「天井に髪を吊るして眠らないようにし」(悬梁刺股※12)、「隣家の光を借りるために壁に穴を開けて」(凿壁借光※13)、苦労して学んでいましたが、今ではより便利で快適な選択肢があります。

 学習する場所の多様な変化は、ある意味、多くの若者が依然として意欲と情熱を持って勉強に取り組んでいるという事実を反映してもいます。彼らは、「寝そべっていたい。横になって楽したい。(“躺平”)」と言いますが、実際には、心理的な負担を軽くしたいというだけの人が多いのです。勉強と休息のバランスを取り、いかにエネルギーを温存して効率よく使って自分たちの目標実現を成し遂げるかを、若者たちは考えているのです。

 それは、本当の意味での“前向きなかしこさ”なのかもしれません。


中国語トレンド用語解説

※1不愿意吃苦(bú yuàn yì chī kǔ)
「不愿意吃苦」は、「苦労をしたがらない」「困難を避ける」という意味です。努力や忍耐を必要とする状況に直面した際に、それを避けようとする態度を指します。この表現は、特に若者が楽を求める姿勢に対して批判的な文脈で使われることが多くなっています。

 ※2 只想躺平(zhǐ xiǎng tǎng píng)
「只想躺平」は、「ただ寝そべっていたい」「ただ無気力な状態でいたい」という意味です。社会のプレッシャーや競争から降り、努力を放棄して楽を追求するライフスタイルを指します。特に、若者が過酷な労働環境や高い期待に反発する姿勢を表現する際に使われます。2021年以降、中国でトレンドとして広まりました。(詳細の説明は後述)

※3 放松一下(fàng sōng yī xià)
「放松一下」は「少しリラックスする」「気を緩める」という意味です。忙しい生活や仕事の合間に心身を休めることを指し、日常会話でよく使われます。リフレッシュやストレス解消を促すニュアンスがあります。

※4 “跨界”经营(kuà jiè jīng yíng)
「“跨界”经营」とは、「異業種連携経営」や「クロスオーバー経営」を意味します。本来の業種やサービスにとらわれず、異なる分野の商品やサービスを取り入れる経営スタイルを指します。顧客体験を多様化し、集客を増やす目的で近年注目されています。


※5 共享自习空间(gòng xiǎng zì xí kōng jiān)
「共享自习空间」は、「共有自習スペース」という意味で、学習や作業に集中するための環境を提供する施設を指します。一般的に都市部にあり、快適な座席や静かな空間、Wi-Fi、飲み物などのサービスが利用できます。低料金で利用可能で、上海などの大都市で人気の新しい学びのスタイルを象徴する言葉です。

※6 打工游民(dǎ gōng yóu mín)
「打工游民」は、「アルバイトをしながら移動する民」という直訳で、フリーランスや非正規労働者として一時的な仕事をしながら自由に生きる人々を指します。特に、現代の若者が職業や生き方の多様性を追求する姿勢を象徴する言葉として注目されています。

※7 上海迪士尼园(Shànghǎi Dísīní Lèyuán
「上海迪士尼乐园」は、2016年6月16日に開園した中国初のディズニーリゾートです。敷地面積は約390ヘクタールで、東京ディズニーランドの約7.6倍の広さを誇ります。世界的なディズニーブランドと中国文化を融合させた特色あるパークで、多くのアトラクションやショーが楽しめます。アクセスも良好で、上海市内中心部から約30〜40分で行ける人気の観光地です。

因みに、東京ディズニーランランドの年間パスは現在発売が中止されていますが、中止前は約90,000円で、上海ディズニーランドの年間パス料金が魅力的であることがわかります。

※8 迪士尼学Dísīní Xuéxí
「迪士尼学习」は、「ディズニーで学ぶ」という意味で、中国の若者の間で人気のライフスタイルです。上楽しい雰囲気の中で勉強することで、モチベーションを高め、効率よく学ぶことを目的としています。SNSで広まり、ユニークなトレンドとして注目されています。

※9老家(Kuàilè Lǎojiā

若者たちの間で、ディズニーランドは「快乐老家」と呼ばれており、特にリラックスと幸福感を得られる空間として、忙しい生活から解放される場を象徴する言葉として使われています。

「快乐老家」は、もともと1990年代の人気歌手・陈明(チェン・ミン)のヒット曲のタイトルで、懐かしさや幸福感を呼び起こすイメージがあります。この言葉をディズニーランドに結んだのは、ディズニーがたくさん人々にとって童心に戻れる夢の国であり、「心の故郷」のような場所であると感じられているからです。

※10 劳逸结合(láo yì jié hé)
「劳逸结合」は「労働(努力)と休息をバランスよく組み合わせる」という意味の成語です。働きすぎや学びすぎを防ぎ、適度に休息を取ることで効率や成果を向上させることを強調します。中国で非常に一般的な考え方です。

※11 无形力量(wúxíng lìliàng
「无形力量」(無形力量)とは、一言で言うと「形のない力」を意味します。以前から使われている表現ですが、最近、ネット上で、中国の若者たちの間で、図書館やカフェで「周囲の人々の真剣な様子」が自分に無意識のプレッシャーやモチベーションを与えているような状況を表現するのに使われています。

※12 悬梁刺股(xuán liáng cì gǔ)
「悬梁刺股」は、「梁(天井)に髪を吊るし、腿に針を刺す」という故事から生まれた成語です。眠気を防ぎ、必死に学問に励む姿を象徴します。古代中国での勉強の苦労と努力を表現する言葉として、忍耐力や学問への献身を称える際によく使われます。

※13 壁借光(Záo bì jiè guāng)
「凿壁借光」は、「壁に穴を開けて隣家の光を借りる」という故事に由来する成語です。貧しい環境の中でも工夫して学問に励む姿を表し、困難に負けず努力する精神を象徴します。中国の古代文学や教育において勤勉さの象徴としてよく引用されます。

「躺平」についての詳細解説


「躺平(タンピン)」は、直訳すると「横になる」「平らに寝そべる」という意味ですが、近年の中国若者文化の中で「何もしない」「努力を放棄する」という消極的なライフスタイルを指し、社会のプレッシャーや高い期待に対して自分を守るための消極的な反応として用いられています。

時代背景と起源

「躺平」という言葉は、2021年頃から中国のインターネットを中心に急速に広まりました。その背景には、以下の社会状況があります:

  1. 経済的・社会的プレッシャーの増加

 高い住宅価格、競争の激しい教育環境、職場での長時間労働などが若者にとって過酷な現実となっています。

  1. 「内卷(ネイジュエン/インボリューション)」の流行

 「内巻」とは、社会競争が激化する一方で実質的な進歩がない状況を指します。「内巻」が広まる中で、「競争から降りる」選択肢として「躺平」が登場しました。

  1. パンデミックの影響

 COVID-19による世界的な経済停滞も、若者の将来に対する不安を高め、消極的なライフスタイルを受け入れる傾向を後押ししました。

「躺平」の使われ方

  1. インターネットスラングとして

  主にSNSで、労働や結婚、子育てといった社会的な義務から離れる姿勢を表現するために使用されます。

  例:「我不想结婚、不想买房,我只想躺平。」(私は結婚したくないし、家も買いたくない。ただ横になっていたい。)

 2.文学・メディアに登場

  若者の生活態度や価値観を象徴する言葉として、新聞記事やドラマなどでも取り上げられるようになりました。

  1. 批判・肯定の二面性
    • 否定的に:「社会の発展を妨げる態度」と批判されることも多い。
    • 肯定的に:「過度な競争を拒否し、自己を大切にする生き方」として評価される場合もある。

by Miki

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