最近、ある言葉が特に流行しています——「沪币(フービー)」(※1 沪币)です。文字通りの意味は、上海(沪上)での日常消費における支出を指します。この言葉は、上海の驚くような物価を皮肉ったり、冗談交じり(※2调侃和吐槽)に語ったりする際に使われます。インターネット上では、「1沪币=6元人民元=25東北币(東北地方での通貨の価値を揶揄した表現)」という言い回しさえ見かけるほどです。
価格破壊を招いた日本発の高級食パン
まずは、上海の人々に愛されているパンの価格から見てみましょう。

一昨年、上海市中心部に、日本発の高級食パン専門店が登場しました。このお店の食パンは、丁寧な製法にこだわり、当日の気温や湿度に応じて水の硬度やpH値を調整することで、食感と品質を確保しているのが特徴です。看板商品の生食パンは、1本あたり98元(約2千円)という価格で販売されています。開店と同時に話題を呼びましたが、一方では「98元の食パンは一体どこがそんなに美味しいのか?」とネット上で議論が巻き起こり、他方では新しいもの好きの若者たちが店に殺到し、店頭には長蛇の列ができました。中には、いわゆる“黄牛”(転売業者)が並び、価格を上乗せして転売する姿も見られました。このパンは一時、「食パン界のエルメス」とまで称されたのです。
1本98元の食パンが登場したことで、人々の間に“高級食パン”という価格帯への心理的な基準ができてしまいました。その影響もあってか、ここ数年、10元以下のパンはすっかり姿を消し、1個30元のパンも当たり前のように見かけるようになりました。(※3 司空见惯) 評判の高い5軒のベーカリーを対象に行われたデータ調査によると、過去7年間でパンの価格は平均46%も上昇しており、最も安い商品の価格は8元から12元に、最も高い商品は30元から68元へと値上がりしています。(※データは「企鹅吃喝指南(ペンギン飲食ガイド)」より)
一方、他の中国の都市では、パンの価格はもっと親しみやすい水準にあります。1個10元以下、さらには5元以下で購入できるパンも多く、上海の物価の高さが際立っていることがわかります。
「刺客(しかく)」と呼ばれる驚くほど高い価格の商品
一見普通に見える商品なのに、驚くほど高い価格がついている——こうした商品は、近年「刺客(しかく)」(※4刺客)と呼ばれるようになっています。
その代表例の一つが、「アイスクリーム刺客」です。

最近では、何気なくコンビニに入って手に取った、見た目はごく普通のアイスクリームが、実は20元もするというケースがあります。さらに、都市の繁華街や高級ショッピングモールにある、珍しいフレーバーのジェラートになると、1個あたり30元から60元以上ということも珍しくありません。かつて、上海の街中に初めて登場したハーゲンダッツは、1スクープ45元という価格に「高い!」と感じたものでしたが、今となってはそれさえも「お手頃」と感じられるほどです。2018年には、瓦のような形をしたアイスが登場し、1つ66元という価格で販売されました。この商品は、SNSで爆発的な人気を集めたこともあり、大ヒットとなりました。
こうした商品の価格がますます高くなっている背景には、いくつかの理由があります。
一つは、人々が「健康的な食材」や「丁寧な製法」に価値を見出し、そこに惜しみなくお金を使う(※5一掷千金)ようになっていることです。 たとえば、小麦粉は日本から輸入し、わさびはフランス産、バターはニュージーランド産を使用するなど、原材料へのこだわりが価格の高騰に直結しています。もう一つの要因は、「ネットで話題になるグルメ」いわゆる“网红餐饮(ワンホン飲食)”の存在です。これらは巧妙なキャッチコピー(※6噱头)やマーケティング手法を駆使し、話題性や“映え”を武器に価格を吊り上げることに成功しています。加えて、多くの人々が「珍しいもの」「新しい体験」を求める傾向にあるため、こうしたブームは瞬く間に広がり、価格の高さも一つのステータスや話題の一部として受け入れられているのです。
上海の外食事情
次に、上海の外食事情を見てみましょう。
市内中心部のビジネス街では、シンプルなランチでさえ、通常40〜50元ほどかかります。少しちゃんとしたレストランで注文形式の食事を選ぶと、1人あたり150〜200元が一般的です。評判が良く、雰囲気も良い個性的なレストランでは、さらに高額になることも珍しくありません。上海には、常に新しいスタイルの高級レストランが次々と登場しており、1人あたり1,000元を超えるようなお店も少なくありません。例えば、かつて話題になった、懐石料理を模した四川料理のお店では、一人分ずつ順番に料理が提供されるスタイルで、2,000元のコースに普通の青菜2枚やピータンといった、驚くほどシンプルな料理が含まれていたこともあり、物価高に慣れている上海人ですら「これはさすがに理解できない」と驚きを隠せませんでした。

他の都市、特に中国東北地方と比べると、上海の外食コストの高さは際立っています。上海の1人分の支出で、東北地方なら3倍の量の料理を楽しめると言われています。たとえば、東北で50元の「鍋包肉(豚の甘酢あんかけ)」を注文すれば、大皿いっぱいで提供されますが、上海では同じ価格で5〜6切れしか出てこないという現実があります。
ただし、自炊を選べば状況は少し変わります。上海では食品の選択肢が非常に豊富で、個人の1か月あたりの食費は概ね1,000元から2,000元程度に収まります。上海人が好む旬の野菜や良質な肉類はやや高めですが、海産物は比較的手頃な価格で手に入ります。全体的に見れば、他の地域と比べても、自炊に関してはわずかに高い程度で済むと言えるでしょう。
交通費・駐車料金・宿泊費も高い上海
飲食以外にも、交通費の高さは、上海の物価を語るうえで避けて通れない要素です。実際、移動にかかる費用は中国国内でも最も高い部類に入ります。
例えば、タクシーの初乗り料金は14元(約280円)で、以降は1キロごとに2.5元(50円)、待機料金は1分あたり0.6元(12円)が加算されます。さらに、夜間には30%の割増料金が適用されるため、他の主要都市と比べても割高な設定となっています。
また、駐車料金も上海は全国的に見て高めです。市中心部の高級ショッピングモールやオフィスビル周辺では、1時間あたり15〜20元が一般的で、その後は30分ごとに10元前後の追加料金がかかるケースもあります。
宿泊費についても同様の傾向があります。中国文化和旅游部のデータによると、2023年から2024年にかけて、上海市内の星付きホテルの平均宿泊料金は1泊あたり668元(約13360円)で、全国平均の370元(7400円)と比べて約1.8倍にもなります。
このように、交通費・駐車料金・宿泊費といった基本的な出費だけを見ても、上海は“高コストな都市”であることがはっきりと分かります。観光や出張で訪れる人にとっては、こうした価格差が財布に与えるインパクトは決して小さくありません。
観光地としての上海と日常の上海にはギャップが
こうして見ると、やはり上海の物価は他の都市に比べて高いことがよく分かります。観光客の間で「上海を旅行すると、あっという間に財布が軽くなる」と言われるのも、納得できる話です。
もっとも、旅行者が訪れるのは、上海でも特に繁華でにぎやかなエリアです。有名な観光スポットを巡り、SNSで話題の“映え”ショップやカフェを訪れれば、自然と出費はかさみ、高めの価格設定に直面することになります。そうした体験が、「上海=物価が高い」という印象を強めているのかもしれません。とはいえ、そのような驚くような価格帯のものは、あくまで一部に過ぎず、上海市民のごく普通の日常生活とは必ずしも一致しません。多くの市民は、もっと手ごろで現実的な価格帯の選択肢の中で日々の暮らしを営んでおり、必要に応じて賢くやりくりしています。つまり、観光地としての「華やかな上海」と、生活の場としての「日常の上海」には、明確な価格のギャップが存在しており、それらを一緒くたに考えるのは少し早計かもしれません。
高価格の品やサービスと普段使いの商品を両刀使いする上海人
では、上海で暮らす人々は、「水深火熱(=苦しい状況)」(※7水生火热)のような生活を送っているのでしょうか?
私が幼少期を過ごした1970〜80年代頃は、全国的に給料はほぼ一律で、たとえば月給は36元程度。物価も各地で大きな差はなく、上海っ子の大好物である油条(揚げパン)は1本4分(0.04元)、陽春麺は8分、赤豆バーアイスは4分、クリームアイスでも8分、無軌電車の運賃は一律4分でした。
それがこの50年間で、特に食品価格は目を見張るほどの高騰を見せました。
しかし一方で、人々の所得や生活レベルも大きく向上しています。上海市の統計公報によると、2019年から2024年にかけて、上海市民の1人あたり可処分所得は約90,000元(約180万円)に達し、1人あたり年間消費支出も50,000元(約100万円)を超えています。
上海という都市のハイレベルなポジショニングと、高所得層の集積は、旺盛な購買力と高い消費ニーズを生み出しています。そのため、住民たちは「サービス」「環境」「デザイン」といった無形の価値にも積極的にお金を払う傾向が強く、これが「沪币」を押し上げているとも言えます。
さらに、上海の不動産価格は全国でも群を抜いて高く(※8一骑绝尘)、人件費も高水準であることから、各種料金が自然と引き上げられているのです。
とはいえ、一部の極端な価格設定を除けば、上海では商品やサービスの選択肢が非常に多様であり、価格に見合った価値やサービスが提供されていることも確かです。人々は、高品質で個性ある商品を楽しみつつも、普段使いの手ごろな価格の商品も日常的に取り入れています。そのため、華やかな南京西路・静安寺エリアでも、庶民的な住宅街でも、それぞれに合った「暮らしのルール」が存在し、上海という都市の多層的で柔軟な消費構造を支えているのです。
<気になる中国語>
1.沪币 拼音:hù bì
意味:「沪」は上海を指す略称、「币」は通貨の意味。つまり「沪币」とは、“上海での支出を表す仮想通貨”のようなネットスラング。
主に上海の物価の高さを皮肉った言い回しで、「同じ金額でも上海ではこれしか買えない」といった感覚を象徴している。
日本語訳:「上海価格」
2.调侃和吐槽 拼音:tiáo kǎn, tǔ cáo
意味:人や物事をからかったり、冗談めかして批判すること。調侃はユーモアを交えた軽い会話、吐槽は不満や皮肉、ぼやきの意味合いが強い。
日本語訳:冗談めかしてからかう・ツッコミを入れる/愚痴をこぼす・皮肉る。
3.司空见惯 拼音:sī kōng jiàn guàn
意味:ごく当たり前で、珍しくもないこと。
日本語訳:日常茶飯事/見慣れた光景
4.刺客 拼音:cì kè
意味:元は暗殺者の意味。転じて、見た目は普通でも会計時に高額で驚かせる商品を指す。
日本語訳:隠れ高額商品/“価格の刺客”
5.一掷千金 拼音:yī zhì qiān jīn
意味:惜しげもなく大金を使うこと。
日本語訳:湯水のようにお金を使う/大盤振る舞い
6.噱头 拼音:xuè tóu
意味:注目を集めるための見せ方やトリック。
日本語訳:キャッチコピー/売り文句
7.水生火热 拼音:shuǐ shēn huǒ rè
意味:水の底に沈み、火に焼かれるような苦しい状況を比喩的に表す。
日本語訳:地獄のような暮らし/非常に苦しい生活
8.一骑绝尘 拼音:yī qí jué chén
意味:一頭の馬がほこりを巻き上げて他を引き離すさま。比喩的に、他を圧倒して大きくリードすること。
日本語訳:他を大きく引き離す/ぶっちぎりで先を行く
これらの中国語を覚えることで、最新の話題や中国文化について理解が深まるでしょう。ぜひ日常会話の中で活用してみてください!
