
「酒を前にして歌えば、人生の儚さが思われる」(※1)
「明るい月はいつから空にあるのか、酒を手に天に問いかける」(※2)
「どうか、もう一杯の酒をお飲みください。西へ陽関を出れば、もう旧友には会えません。」(※3)
古くから中国人は、お酒を通して感情を表現し、過去を偲び、友を見送りました。嬉しいときにはお酒を楽しみ、悲しいときや悩みがあるときにも、お酒で心を癒そうとします。
高粱(モロコシ)酒から始まった酒文化
伝説のひとつによると、酒の起源は夏王朝にさかのぼります。杜康(とこう)という名の人物が毎日、食べきれなかった高粱(コウリャン/モロコシ)のご飯を、空洞になった古い桑の木の中に入れていたといいます。長い年月が経ち、高粱のご飯が溜まっていくうちに自然と発酵し、香り高く、風味豊かな汁が染み出してきました。
その香りと味に感動した杜康は、ひらめきを得て、同じ方法で仕込んでみたところ、酒ができあがったのです。こうして、杜康は中国酒造りの始祖とされるようになりました。
お酒は、人に興奮や喜びをもたらしてくれます。人々はお酒を通して距離を縮め、親しみを深め、祝福や喜び、敬意の気持ちを表してきました。そのため、祭祀や祝祭日などの社交の場では、常にお酒が用意されていたのです。このような習慣は現代にまで受け継がれ、やがて独自の酒文化が形成されていきました。
ビジネスの席でのお酒の役割
ビジネスの酒席では、一人で黙々と飲むことはほとんどなく、互いにお酒を注ぎ合い、乾杯を重ねます。

「敬酒(けいしゅ)」とは、まさに「敬う」気持ちを示す行為であり、順番やお酒の量、所作まで、すべてに敬意が表れます。通常、敬酒は自分より年上の方、地位の高い方、または主賓に対して先に行います。敬酒の際は、自分の杯を相手よりも低く差し出し、相手より多く飲むことで、礼儀や気遣い、節度を示すとされています。
アルコールには自然と人をほろ酔いにさせる効果があり、場の雰囲気が一気に和みます。そして、距離が一気に縮まることもあります。そのため、ビジネスの宴席には必ずといってよいほどお酒が用意され、酒席の中で商談がまとまることも少なくありません。
また、中国では酒席で「勧酒(劝酒)(けんしゅ)」― つまり相手に勧めて飲ませる文化も根強くあります。「感情が深ければ、一気飲み」といった言葉もあり、断ると誠意がないと思われることもあります。敬酒よりもやや強い圧力を感じることもあるでしょう。
地方によって異なる酒文化
中国北方では、酒文化がより豊かで多様です。選ばれるお酒も、度数の高い白酒が主流となっています。
たとえば、山東地方では礼儀を重んじる飲み方が特徴で、「3杯からスタート、6杯で準備完了」といった言い回しがあり、席に着く前にまず3杯を飲んで敬意を示します。宴の最後には、誰が酔わずに立って帰れるかが一種の“勝負”となり、「酔わずには帰らない」という雰囲気に包まれます。山西地方では、座っている全員に順番にお酒を注ぎ、全員に敬酒をするのが一般的です。安徽地方では、白酒とビール、赤ワインとビールを混ぜる「ミックス酒」が好まれ、その独特な飲み方から驚くほどの酒量を誇ります。内モンゴルの人々は歌と踊りを得意とし、歌や踊りを交えながらお酒を勧めてきます。大きな碗でお酒を注ぎ、にこやかな笑顔で相手が断れなくなるまで勧め続けるのが特徴です。
四川地方では「酒令」と呼ばれるユニークな飲み方があり、「既婚者は飲む」「笑った人は飲む」などのルールを設けたり、ジャンケンや指遊びをしながらお酒を楽しんだりします。
一方、南方では全体的に酒の席がそれほど激しくはなく、「ほどほど」を重んじる傾向にあります。小さな杯でゆっくりと味わうスタイルが主流で、豪快な一気飲みよりも上品な飲み方が好まれます。
中国各地のいろいろな酒
中国で最も有名なお酒といえば「白酒(バイジュー)」です。一般的にアルコール度数は45度以上と高く、口に含むと刺激的でありながら、まろやかで余韻のある味わいが特徴です。北方では白酒が好まれています。というのも、北方の冬は厳しい寒さのため、白酒で身体を温めるという実用的な側面があるからです。また、白酒の力強い風味は、北方の「大きな口で肉を食べ、大きな碗で酒を飲む」という豪快な食文化にもぴったりと合うのです。
中でも「酱香型(ジャンシャンシン)」と呼ばれるタイプの白酒の代表格が「茅台(マオタイ)」であり、「国酒(こくしゅ)」とも称されます。茅台酒(※4)は貴州省茅台鎮で生まれ、800年以上の歴史を誇ります。外交の場や国家の重要な行事で使用されることが多く、日常での飲用においても地位や品格を象徴する存在です。フランスのブランデー、イギリスのウイスキーと並んで「世界三大蒸留酒」と称され、国際的にも高く評価されています。
茅台酒は、手間のかかる伝統製法と高品質な原材料によって生産されるため、供給量が限られています。それゆえにブランドとしての価値と市場での評価が非常に高く、製造元である「貴州茅台」の株価は2001年の上場時、1株あたり31.39元だったものが、2024年末には1524元にまで上昇し、「液体の金」とも呼ばれています。小売価格も2001年の218元から、現在では1169元にまで上昇しています。
若者たちの新しい飲み方
かつての年配の世代は、夕食時に白酒や黄酒を一杯たしなみながら、ピーナッツや煮込み牛肉などのつまみを添えて、ゆったりとしたひとときを楽しんでいました。
現在の若者たちもお酒を好みますが、より低アルコールの果実酒やビールを好む傾向にあります。気軽な社交や、自宅で一人静かに飲むといったリラックス目的が中心であり、とくに女性消費者の割合は60%を超えています。果実酒とビールの売上は2023年にそれぞれ23%、8.7%の成長を記録しました。
一方で、伝統的な白酒の消費は減少傾向にあり、90年代生まれの若者による白酒の消費量は、父親世代のわずか3分の1にとどまっています。ビジネスの宴席においても、若い世代はもはや大量の高度数の酒で関係を築く必要性を感じていません。

宴席での強い酒による刺激よりも、軽く酔う程度のリラックス感を好み、「たくさん飲めば身体に悪いが、ほどよく飲めば心を和ませる」という「大酒傷身、小酌怡情(大酒は身体を傷め、小酌は情を和ませる)」という考え方が支持されています。彼らが求めているのは「酔いながらも意識ははっきりしている」——そんな“清醒地醉(気持ちはしっかり、でも酔う)”スタイルなのです。こうした流れを受けて、各ブランドも若者のニーズに応えるために、「白酒+果実フレーバー」や「クラフトビール+茶飲料」といったクロスオーバー商品を続々と開発しています。たとえば、茅台はブルーベリー風味のスパークリング酒を発売し、五粮液はアルコール度数29度の低度白酒を展開、泸州老窖はタピオカミルクティーブランドとコラボし、アルコール入りの茶飲料を発表するなど、伝統的な酒造ブランドが次々と“低アル+多彩な風味”で若年層の心をつかもうとしています。
お酒は、まるで時の流れを封じ込めた熟成の宝庫のような存在です。年月を経るごとにその魅力を深め、新たな味わいを生み出してくれます。度数の高低はあれど、その一杯一杯の底には、まさに人生そのものが詰まっています。小さな酒杯の中には、かつて豪快な情熱や大きな期待が満ちていました。そこには人と人とのつながりや、移りゆく季節の情景が映し出されていたのです。そして今、その杯には、心地よさや気軽さが加わり、より「自分を楽しむ」ための時間が注がれるようになりました。
伝統的な白酒であれ、トレンドの低アルコール酒であれ、どちらも人生を彩る美しい時間を醸し出してくれる存在であってほしい——そう願っています。
<気になる中国語>
1.对酒当歌,人生几何 duì jiǔ dāng gē, rén shēng jǐ hé
日本語訳:酒を飲みながら歌い、人生のはかなさに思いを馳せる
(※出典:漢代・曹操の『短歌行』。「人生苦短」の情感を込めた詩句)
2.明月几时有?把酒问青天 míng yuè jǐ shí yǒu? bǎ jiǔ wèn qīng tiān
日本語訳:明るい月はいつから空にあるのだろうか。酒を手にして天に問いかける
(※出典:宋代・蘇軾の『水调歌头』。中秋に書かれた詩で、月の満ち欠けを人の出会いや別れになぞらえている)
3.劝君更尽一杯酒,西出阳关无故人 quàn jūn gèng jìn yì bēi jiǔ, xī chū yáng guān wú gù rén
日本語訳:どうか、もう一杯飲んでください。西に陽関を越えれば、そこにはもはや旧友はいません
(※出典:唐代・王維の『渭城曲』。旅立つ友人との別れを惜しみ、旅路の無事を願う詩句)
4.茅台酒
茅台酒(マオタイしゅ)は、中国貴州省茅台鎮で800年以上の歴史をもつ伝統的な白酒で、「酱香型(ジャンシャンシン)」と呼ばれる独特の香りと深い味わいが特徴。アルコール度数は53度前後と高めで、長期間の発酵・熟成を経て造られる。
茅台酒が「国酒」「中国を代表する酒」と呼ばれる理由:
・中国政府の公式行事や外交の場で最も多く使用されてきた
・国家ブランドとしての象徴性が強く、希少性と高価格による特別感がある
・「酱香型白酒」の代表であり、中国独自の酒文化を体現している
周恩来首相と田中角栄首相の逸話
1972年の日中国交正常化の際、中国の周恩来首相と日本の田中角栄首相が国交回復を祝し、両国の友好の証として乾杯を交わしたという逸話が残されています。茅台酒での乾杯が有名ですが、田中首相が地元・新潟の銘酒「越の誉 純米大吟醸 秘蔵古酒」を持参し、両首脳が茅台酒と共に、この新潟県の名酒を酌み交わしたという記録もあります。このときの一杯は、両国の関係改善を象徴する特別な酒として、今なお語り継がれています。
このように、白酒や日本酒は、単なる嗜好品を超え、国と国、人と人をつなぐ「外交の潤滑油」として重要な役割を果たしてきました。日中友好の歴史においても、こうした酒が担ってきた役割は決して小さなものではありません。
これらの中国語を覚えることで、最新の話題や中国文化について理解が深まるでしょう。ぜひ日常会話の中で活用してみてください!
