
20年以上前の7月の酷暑を振り返ると、ちょうど今ごろは大学入試(高考)を終えたばかりの受験生たちが、解放感と焦りの入り混じった日々を過ごす時期でした。
気温の上昇に対応するため、2003年から高考の日程は6月7・8・9日の3日間に変更されました。毎年この3日間は、数え切れないほど多くの受験生とその親たちの心を揺さぶり、社会全体の注目を集めています。
中国には科挙という官吏登用試験が古くから存在し、これが選抜制度の原型だといえます。その精神を受け継ぎ、万人に門戸を開いて公平に人材を選抜する仕組みとして「普通高等学校招生全国統一試験(高考)」が1952年に導入されました。途中には中断や試行錯誤もありましたが、制度は幾度も改良されながら現在も進化を続けています。改革開放の先頭に立つ上海は、高考制度改革のたびに全国をリードしてきました。
1977年:高考再開と“知識が運命を変える”時代
停止されていた高考が1977年に再開されると、
理系:数学・国語・英語・物理・化学・政治・生物の7科目
文系:数学・国語・英語・歴史・地理・政治の6科目
で実施され、およそ 570万人 が受験しました。
子どもを連れて試験会場に来る受験生や、教師と教え子が同じ教室で競い合う光景も珍しくなく、10歳以上年齢が離れた受験生同士が机を並べることもありました。(※1 比比皆是) 当時の社会がいかに知識を切実に求め、「生まれではなく学びが運命を決める」という価値観へと転換しつつあったかがうかがえます。
1985年:上海に自主入試改革の試験権
1985年、上海は自主入試制度改革の試験権を獲得し、独自作成の試験問題を導入しました。各大学は専門分野の特性に応じて 3科目以上 を自由に設定できるようになり、学力(智)だけでなく徳行(徳)と体力(体)を総合評価したうえで優秀者を選抜する方式が採られました。
2000年:春考のパイロット都市へ
2000年からは、上海が全国初の「春考」試験都市の一つとなります。春考は毎年春に行われ、主に既卒の高校生が対象。第一志望校に届かなかった受験生に 再チャレンジの機会 を提供する制度として位置づけられています。このように上海は常に制度変革の最前線に立ち、高考をより公平で柔軟なものへと進化させてきました。
高考は人生の分かれ目
多くの学生にとって、長い学びの道を歩み、12年間懸命に勉強して良い大学に入ることは、卒業後に良い仕事を得られることを意味します。つまり、12年に及ぶ学業生活が報われるわけです。ゆえに高考は、学生にとって人生最初の重要な試験であり、一つの分水嶺とも言えます。良い結果を出せば以後の道が順調に開け、うまくいかなければこの先が暗いものに思えてしまいます。

20年前に私が大学受験をした頃の勉強ムードは、今とは比べものになりませんでした。多くの生徒は高1・高2のあいだはまだのらりくらりと過ごし(※2 晃晃悠悠)、その日暮らし(※3 得过且过)のような状態でした。それでも高3に進級した途端、空気は一変します。教室の壁には「高考まで残り○日」と書かれた標語が貼られ、時間割の美術や音楽の授業はほとんどが国語・数学・英語など試験科目に置き換えられました。1日は8コマで、主要科目が2コマ続けて入るのもしばしばです。各自の机の上には教科書が山のように積まれ、休み時間や昼休みに外で遊ぶ姿はほとんど見られず、多くは宿題に没頭するか机に突っ伏して仮眠をとっていました。夜は毎日深夜0時まで必死にペンを走らせ、朝7時半に登校しても時間が足りないと感じるほど。高3後期の半年間は毎日がその繰り返しで、誰もが良い大学に入りたい一心で最後の力を振り絞っていました。
高3の学習法として有名なのが「衡水モデル」(※4 衡水模式)です。これは河北省にある全寮制高校・衡水中学が、高考に対応するために築き上げた超ハードな受験指導スタイルで、厳格な管理、膨大な演習量(※5 题海战术)、そして軍隊式の生活リズムで知られています。時間割は秒単位で管理されるほど徹底しています。
毎朝5時40分に起床してランニングと体操を行い、その最中も頭では英単語を暗唱。
10分でベッドメイクなど身の回りを整え、
朝食前の30分は立ったまま音読、
夕食時間はわずか20分、
1日に解く問題数は平均300題──。
こうして1日のほとんどに自由時間がありませんが、決して期待を裏切らない(※6 不负众望)「受験マシーン」(※7 考试机器)を育成し、大学本科進学率は実に99%に達します。もっとも、個性や創造力を抑え込み、思春期を極端な緊張状態で過ごした1年が、大学進学後の成長にどう影響するかは別問題です。それでも、極端ではあるものの、この「衡水モデル」を参考にしようとする受験生が少なくないのも事実なのです。
「985工程大学」に入りたい!
2024年時点で、中国の普通高等学校(大学・短大など)は全国に2,919校あります。このうち、国家が重点的に支援し「世界一流大学」として整備を進めている39校を、通称「985工程大学」(★)と呼びます。
2024年の全国の高考志願者は1,342万人に上りましたが、985工程大学の合格率はわずか 1.62%。平均すると受験生62人に1人しか合格できません。こうした状況から高考は「千軍万馬が一本橋を渡る(きわめて狭き門)」(※8 千军万马过独木桥)と形容されています。質の高い大学教育の枠が限られているため、膨大な数の受験生が並外れたプレッシャーを背負うことになったのです。
一度の「高考」で人生が決まる?
高考は今も大多数の学生にとって一般的な進学ルートです。しかし社会や保護者の間では、名門大学に入れなかったからといって人生にチャンスや希望がなくなるわけではなく、自分に合った良い仕事が見つからないわけでもない、という議論が続いています。「一度の試験で一生が決まる」(※9 一考定终身)という考え方は、目まぐるしく変化し急速に発展する現代社会ではすでに時代遅れとなっているとも言えます。
高考制度は絶えず変化し、改良が進められています。
まず柔軟性が増しました。上海では2017年から英語科目が年2回受験できるようになり、高い方の得点が最終成績に採用されます。つまり受験のチャンスが2度与えられるわけです。また、必須の国語・数学・外国語のほかは、歴史・物理・地理などから自分の興味や得意分野に合わせて選択できます。
さらに上海の一部難関大学では、最終的な高考成績に加えて、高校の学業テストや大学独自の筆記試験、面接などの結果も合算した総合評価で合否を決定しています。
2020年には「中本貫通」(※10 中本贯通)政策が打ち出され、一定の学生が比較的低い得点で中等職業学校に入り、その後に本科大学へ進学できるルートが開かれました。これにより受験負担が軽減されると同時に、社会には高度な技術人材が供給されています。
このほか上海には、上海ニューヨーク大学や上海大学シドニー工商学院など中外合弁の大学が増加しており、将来の進学ルートがさらに多様化しています。
高考は学びの終着点ではなく、人生の新たなスタートラインです。
制度そのものに依然として課題があるとはいえ、大多数の人にとって未来により良い暮らしを切り開くためのコストパフォーマンスに優れた選択肢であり、また、多くの受験生が初めて全力を尽くす貴重な経験でもあります。
すべての学生が青春を無駄にせず(※11 不负韶华)、勇敢に前へ進んでいけますように!
<気になる中国語>
1.比比皆是 (bǐ bǐ jiē shì)
意味: ありとあらゆる所で見られる、多数存在する
日本語訳: どこにでもいる/たくさんいる
2.晃晃悠悠(huàng-huàng-yōu-yōu)
意味: のらりくらりと過ごすさま
日本語訳: ぶらぶら/ダラダラ
3.得过且过 (dé-guò-qiě-guò)
意味: 成り行き任せにその日をしのぐ
日本語訳: その日暮らし
4.衡水模式(héng-shuǐ mó-shì)
意味: 河北・衡水中学式の超管理型詰め込み受験モデル
日本語訳: 衡水モデル
5.题海战术 (tí-hǎi zhàn-shù)
意味: 「問題の海」戦法=大量演習で得点を稼ぐ方法
日本語訳: 大量演習戦術
6.不负众望 (bú-fù zhòng-wàng)
意味: 期待に応える、期待を裏切らない
日本語訳: 期待を裏切らない
7.考试机器 (kǎo-shì jī-qì)
意味:受験専用マシンのような生徒
日本語訳: 受験マシーン
8.千军万马过独木桥 (qiān-jūn-wàn-mǎ guò dú-mù-qiáo)
意味: 大軍が一本橋を渡るほどの激戦・狭き門
日本語訳: 狭き門への大競争
9.一考定终身 (yì-kǎo dìng zhōng-shēn)
意味: 一度の試験が一生を決める
日本語訳: 一発勝負で一生決定
10.中本贯通 (zhōng-běn guàn-tōng)
意味: 中等職業学校→本科大学への一貫編入制度
日本語訳: 職業学校から大学への編入制度
11.不负韶华 (bú-fù sháo-huá)
意味: 若い時期(青春)を無駄にしない
日本語訳: 青春を無駄にしない
★985工程大学とは
1998年5月(98年5月)に江沢民国家主席が北京大学百周年式典で「世界一流大学の建設」を宣言したことにちなみ、“985工程”と呼ばれる。
985工程は、短期間で国際競争力を持つ大学群を育成するための国家プロジェクトであり、39校は今なお「中国トップ大学」の代名詞。現在は2017年に導入された「双一流計画」(Double First-Class Initiative)に再編統合されたものの、研究資金・人材集積・社会的評価の面で突出した地位を保ち続けている。
これらの中国語を覚えることで、最新の話題や中国文化について理解が深まるでしょう。ぜひ日常会話の中で活用してみてください!
