上海では、ほぼすべての街角やショッピングモール、地下鉄で高級ブランド品を目にすることができます。人々は、それらが存在することや消費することに、すでにすっかり慣れています。
上海人と高級ブランド品との出会いと熱狂
上海の人々が高級ブランド品に目覚めたのは、1990年代にまでさかのぼります。1992年にルイ・ヴィトン(路易威登 LV)の専門店が上海に初出店し、それに続いてシャネル(香奈儿Chanel) など数多くの高級ブランドショップが次々と進出しました。
当時は国内での高級ブランド品の価格が非常に高かったため、来店して気に入った商品やサイズを確認してもすぐには購入せず、価格を覚えたうえで海外へ行く友人や知人に代理購入を頼むのが一般的でした。
自分が海外に行く機会があれば、現地での価格や免税手続きがお得かどうかを綿密に調べ、高級ブランド品を買わずに帰国するのは「せっかくの海外旅行を無駄にした」と思われていました。当時、香港やマカオを訪れると、店員が電卓を叩きながら国内価格との大きな差を示し、そのお得さを強調してきたものです。

国内での高級ブランド品の価格が香港や日本との差を縮め、生活水準も向上するにつれて、ショッピングモールで直接購入する人が増えました。商品をその場で手にできる高揚感と新鮮味は、代行購入よりもずっと直接的で満足感があります。

2013年から2019年は、中国の高級ブランド品市場が最も繁栄した時期です。2013年には、世界の高級品市場の成長率の50%が中国の消費者によるものでした。2018年には国内での高級ブランド品消費額が1兆2千億元(約24兆円)に達し、世界全体の33%を占めました。
各ブランドが相次いで値上げをしたにもかかわらず、人々の購買意欲は衰えず、とくに値上げ幅の大きいモデルほど人気を集め、「早く買えば早く楽しめる」(※1 早买早享受)と言われました。ショッピングモールの店舗入り口には、上品でスマートな警備員がいて、「少々お待ちください」と丁寧に声を掛け、長い列ができていたものです。
徐々に変化してきたブランド品との関わり方
かつて人々にとって高級品を手に入れることは、少しの誇らしさと見せびらかしが混ざった行為でした。それは贈り物にも、自分へのご褒美にもなり、生活水準やステータスを象徴するものでもありました。メディアは連日、「初めての高級バッグはどう選ぶか」「どこで買えば最もお得か」「どのモデルが値落ちしにくいか」といった情報を大量に発信し(※2 铺天盖地)、まるで「誰でも少なくとも一つは高級品を持つべきだ」と暗に示しているようでした。

80年代生まれの多くは20歳前後で初めての高級品を手にしましたが、00年代生まれになるとその「初体験」が2〜3年早まりました。統計によれば、中国の高級品消費者の平均年齢は25歳で、ミレニアル世代が主要顧客となり、その比率は64%に達しています。難関試験の合格や大変なプロジェクトの完了を、高級品で自らを労う理由にする人も少なくありません。
家庭の経済状況が向上し、高級品の購入はもはや長い時間をかけて熟考すべき大ごとではなくなりました。スマートフォンで簡単に買い物ができる便利さから、オンラインで高額な商品を注文することにも慣れてきています。購入アイテムも、最も目立つバッグから、靴・衣類・アクセサリーへと広がり、大きなロゴが前面に出た商品への熱はやや冷めつつあります。
さらに高級ショッピングモールには、従来の服飾・バッグブランドだけでなく、スーツケース、スキンケア、眼鏡、アウトドア用品など、各分野の「高級ブランド品」が続々と出店し、高級品の消費はより日常的なものへと変わりつつあります。
「ブランド妄信」から「本当の価値」へ
近ごろ、ラグジュアリー消費の潮流は再び変化しています。
昨年、中国の高級品市場の売上高は17%減少しました。人々はもはや「ブランド」を盲信せず、「高ければ良い」という価値観だけに頼らなくなっています。ヨーロッパや中東などから登場したニッチブランド――熟練職人による完全手仕事の品、天然素材を用いたアイテム、独創的で遊び心あふれるデザイン――が次々と台頭し(※3 异军突起)、注目を集めています。このような静かで個性的な小規模ブランドを選ぶことで、より自分らしいセンスや個性を示せると感じる人が増えています。
ラグジュアリーのリセール市場も徐々に活況を呈しています。データによれば、現在の若年層消費者の76.3%が中古高級品の購入に前向きで、2020年の42%から大幅に上昇しました。限定品や生産終了品など希少でユニークなアイテムを選ぶことで個性を際立たせると同時に、コストパフォーマンス(※4 性价比)を重視し、サステナブルな消費を実践しているのです。
さらに「消費のダウングレード」が進むなか、ブランドのプレミアム価格への許容度が低下し、商品そのものの実用価値に目が向けられるようになっています。最近よく耳にする「ミドルクラス向けのお手頃な代替アイテム」(※5 中产平替)とは、中間層がデザインや機能の似た、より手頃で高いコストパフォーマンスを持つ商品を選び、高価なラグジュアリー品を置き換える動きを指します。数百~千数百元ほどで購入できる質の高い衣類や靴が、従来数千~数万元した同種の高級品に取って代わりつつあるのです。
「他人の目」ではなく「自分にとっての価値」を求めて
上海はいまもラグジュアリー市場の最前線にあり、国内で最も高級ブランド店が集中しています。月初に披露されたばかりのLV「ルイ号」巨大船型ビルは一躍話題となり、SNS映え(※6 网红打卡地)スポットとして人気を博しています。また、さまざまな高級ブランドが人々とのリアルな接点を増やすために、趣向を凝らした(※7 绞尽脑汁)アート展やポップアップストアを次々と開催し、話題性を高めています。

一方で、上海の若者たちは目を引くイベントに惹かれつつも、美しい新作カタログをめくり最新トレンドを把握しながら、次第に自分なりの審美眼と判断基準を育んでいます。消費の理由は「他人の目」ではなく、「自分が本当に必要で、好きかどうか」へと変化しています。数万元のバッグを持ち歩くこともあれば、数十元のキャンバストートをおしゃれに楽しむこともあります。ラグジュアリーだからといって必ずしもステータスを示すわけではなく、キャンバストートだからといって妥協でもありません。「洗練」と「肩の力の抜けた自由」の両立こそが、いまのライフスタイル哲学となっています。
たとえ一つも高級品を持っていなくても、何の問題もありません。むしろ、そうした自信と自由こそが、本当の意味での「ラグジュアリー」なのかもしれません。
<気になる中国語>
1.早买早享受 zǎo mǎi zǎo xiǎng shòu
意味:「早く買えば早く楽しめる」という購入を急かす決まり文句。
日本語訳:欲しい物は早く買え
2.铺天盖地 pū tiān gài dì
意味:勢いが非常に強く、数が多くて一面に広がるさまをたとえる語。
日本語訳: 空を覆い尽くすほど押し寄せる・圧倒的である。
3.异军突起 yì jūn tū qǐ
意味:思いがけない新勢力が頭角を現すこと。
日本語訳:新参ながら急速に台頭する。
4.性价比 xìng jià bǐ
意味:「性能対価格比」=コストパフォーマンスを示す略語。
日本語訳:コスパ、費用対効果。
5.中产平替 zhōng chǎn píng tì
意味:中間層が高級品の代わりに選ぶ、デザイン・機能が似ていて価格が手ごろな「代替品」。
日本語訳:ミドルクラス向けのお手頃な代替アイテム。
6.网红打卡地 wǎng hóng dǎ kǎ dì
意味:ネット上で話題となり、インフルエンサーが訪れて「行った証し」を投稿する人気スポット。
日本語訳:“映え”スポット/SNSで有名なチェックイン場所。
7.绞尽脑汁 jiǎo jìn nǎo zhī
意味:頭を絞って考え抜く、知恵を絞り尽くすさま。
日本語訳:知恵を絞りに絞る/必死に考え抜く。
これらの中国語を覚えることで、最新の話題や中国文化について理解が深まるでしょう。ぜひ日常会話の中で活用してみてください!
