社長エッセイ

社長の日曜日 vol.28 特別編 創薬というチャレンジ 2023.10.10 社長エッセイ by 須毛原勲

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 医療業界における創薬は、非常に時間がかかり、多大な投資とリスクを伴う。伝統的な大手製薬企業の内部研究だけでは新たな作用機序や治療法を迅速に見つけ出すことは難しいことから、スタートアップとの連携やオープンイノベーションのアプローチが重要性を増してきている。

 スタートアップは、従来のフレームワークから外れた独自のアイディアや技術を持ち、短期間でのプロトタイピングや実験に強みを持っている。これにより、First in Class (FIC) の新薬を生み出す可能性が高まる。一方、大手製薬企業は、開発リソースや臨床試験のネットワーク、市場導入の経験などの強みを持っているが、既存のフレームワークや制度の中での動きが主となるため、Best in Class (BIC) の追求が一般的となる。

 オープンイノベーションは、大手製薬企業とスタートアップの強みを組み合わせることで、効率的な創薬を実現するキーとなる。スタートアップの革新的なアイディアや技術と、大手製薬企業のリソースやノウハウを組み合わせることで、リスクを分散させながらも、市場導入までのスピードを上げることが可能となるのである。

 結論として、医療業界において創薬の迅速かつ効果的な進展のためには、スタートアップとの連携やオープンイノベーションのアプローチが不可欠である。これにより、より多くの患者に効果的な治療を迅速に提供することが期待される。世界的にも日本でも創薬企業と創薬系スタートアップの連携の例は多い。一説には、画期的な薬の70%から80%はスタートアップや大学など、企業の外で生まれていると言われる。

 大学の研究では、研究成果の商業化に向けた資源や能力に制約があることから、企業の資金や事業化に向けた専門知識が不可欠である。ベンチャー企業においては、良い技術を有していても、その事業化までの資金や人材の面で乗り越えなければならない壁が多く存在する。

 今年のノーベル生理学・医学賞受賞者カタリン・カリコさんのmRNA技術の研究は、2008年に設立されたドイツのベンチャー企業、ビオンテックに取り込まれ、事業としての成功を収めている。ビオンテックはベンチャー企業でありながら、資金調達やカタリン・カリコさんの採用も含めて人材の確保という点でも優れている希有な企業と言えると思う。

 私自身は、電機メーカー出身であり、医療については全くの素人だったが、縁があって2021年から、とある日本の製薬会社のコーポレート・ベンチャー・キャピタル(”CVC”)の投資先候補となる中国のスタートアップの探索のお手伝いをさせていただいている。これまでの約3年間でロングリストとしてピックアップした中国の創薬系スタートアップは約500社。うち、オンラインでインタビューを実施したのは約30社。創業者の殆どが米国やドイツへの留学経験があり、且つ、米国やドイツの創薬企業での勤務経験がある。皆、当たり前に英語を使いこなし、非常に優秀な方々ばかりである。

 現在、その内の1社、Ractigen Therapeuticsに顧問として参画させていただいている。私の仕事は、Ractigen社とのライセンス契約や共同研究を希望する日本企業へRactigen社の革新的な技術、パイプラインをご紹介させていただくことである。

 Ractigen社と日本企業の縁が繋がり、国境を越えて、人種を越えて、Ractigen社の革新的な技術が多くの患者さんに届くことを夢見ている。

 以下、Ractigen Therapeuticsについてご紹介させていただく。

 Ractigen Therapeutics (https://www.ractigen.com/) は中国、江蘇省・蘇州ハイテク産業開発区内の蘇州バイオ医療産業パークの”BioBay”に拠点を有する臨床段階のバイオ医薬品会社であり、内因性遺伝子発現のアップレギュレーションを通じた治療薬としての低分子活性化RNA(saRNA)の開発をリードしている。

 saRNAは短い二重鎖RNAの一種で、RNA活性化(RNAa)メカニズムにより、遺伝子のプロモーターを標的とし、配列特異的に遺伝子の発現を活性化するように設計されている。saRNAは、従来は治療不可能であった標的を調節する能力を提供し、遺伝的あるいはエピジェネティックな変化により発現が低下した治療用遺伝子の発現を刺激すること、あるいは正常な発現を持つ遺伝子の発現を刺激することにより、病気を治療するために臨床に応用できる数少ない利用可能な技術の一つである。

 Ractigen Therapeuticsは、この分野のパイオニアであり、UCSFに勤務していた2006年にRNAaを発見した李龍成教授と、彼の長年の同僚でありパートナーであるロバート・プレイス博士によって2017年に共同設立された。

 以下は、Ractigen Therapeuticsのパイプライン。

 もし、Ractigen Therapeuticsにご興味があれば当方(i.sugehara@sugena.co.jp)までご連絡いただければ幸いである。

中枢神経系/神経筋疾患

ALS用RAG-17(SOD1-siRNA):SOD1変異を有するALSに対するSCADTM によるsiRNA医薬。RAG-17は複数の研究において、動物モデルの寿命延長と運動機能の改善において、Tofersenよりも有意に優れた効果を示している。本プログラムは現在FDAのIND審査中であり、FDAは既にオーファンドラッグの指定を行っている。中国では医師主導治験(IIT)が進行中で、2人の患者に投与された。

眼球

増殖性硝子体網膜症に対するRAG-1C(p21-saRNA):saRNAがp21の発現をアップレギュレートすることにより、網膜色素上皮細胞の増殖を抑制し、PVRの発症や再発を予防する。

肝臓

血友病治療薬RAG-20(FVII-saRNA):FVIIの発現を誘導し、代謝バイパスを形成することで主要凝固因子の欠乏を補うようにデザインされたsaRNA薬剤候補。 

腫瘍

非筋肉浸潤性膀胱がんに対するRAG-01(p21-saRNA):p21をアップレギュレートすることで抗腫瘍効果を発揮するようデザインされたsaRNA薬剤候補。2023年第4四半期にオーストラリアで第I相臨床試験を開始予定。

10月8日記

by 須毛原勲

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