社長の日曜日

社長の日曜日 vol.114 言葉を越えて   2025.10.20 社長の日曜日 by 須毛原勲

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そこここで候の会釈や金木犀

 東京の日の出は5時51分。5時半に走り出す頃は、まだ外が薄暗い。早朝の気温はぐっと下がり、走り始めは少し寒いほどだが、体が温まってくると頬を撫でる風が心地よい。

 ジョギングコースの至るところで金木犀の香りが漂ってくる。この時期以外はその木が金木犀だとすら気づかず通り過ぎているが、こんなにも金木犀の木が多いことを改めて知る。枝いっぱいについた小さな花が、香りで秋を実感させてくれる。あんなに暑かった時が無かったかのように、散歩やラジオ体操に三々五々集う人たちの挨拶もすっかり秋である。

意識して整える心のリズム

 新しいプロジェクトが複数動き出し、多忙な日々が続いている。先週はこのブログを書く時間さえ取れなかった。

 週末に1週間の出来事を振り返り、次の1週間に思いを馳せるのがいつの間にか習慣になっていた。それは、気持ちを整えるひとつのリズムでもあるのだ。こうして筆を取ることで、浮足立った気持ちを落ち着けて、自分を取り戻せるような気がしている。忙しさの中にあっても、季節の移ろいや小さな変化に気づく心の余白だけは失いたくないと思う。

大谷翔平という希望

 「Most Valuable Person on the planet(この地球上で最も価値のある人)」――MVP授賞式で司会の女性がそう紹介した。その通りだと思う。

 大谷翔平選手の異次元の活躍に日本中が沸いている。ナ・リーグ優勝決定戦では、先発登板で6回を無失点に抑え、10奪三振。そして驚くべきことに、打者として3本の本塁打を放った。そのうちの1本は、スタンド最上段まで届く、文字通りの“とんでもない一発”であった。

 同シリーズでは、山本由伸投手も完投勝利を挙げ、また、シーズン中にマイナー降格を経験した佐々木朗希投手も抑えとして大活躍している。ドジャースの快進撃、日本人選手たちの奮闘に、勇気づけられている日本人は少なくないだろう。

 私の行きつけの歯科医も、筋金入りの大谷翔平ファンだ。今年の夏には、ロサンゼルスとサンディエゴまで試合を観に行ったという。受付の棚には、大谷選手のバブルヘッド人形が誇らしげに飾られている。

 昨日、たまたま予約を入れていたため、ドジャースの試合後に治療を受けに行った。先生は大谷選手活躍のニュースをまだ知らなかったので私が伝えると、待合室は一気に盛り上がった。

 きっと、日本中のあちこちで同じような会話が交わされ、多くの日本人が誇りを感じたに違いない。さらに大谷選手は、言葉を越えて、日本人だけでなくアメリカをはじめ世界中のベースボールファン、そして野球だけに限らず幅広いスポーツファンやアスリートの心を震わせている。その圧倒的なプレイそのものが、国境を越えた共通の言語となっている。

 次はいよいよワールドシリーズ。ア・リーグを勝ち上がるマリナーズかブリュワーズの勝者と対戦する。もし勝てば2年連続のワールドチャンピオン。想像するだけで楽しみで仕方がない。

 私はと言えば、いろいろとやることが目白押しで気持ちが少し沈みそうになっていたが、大谷選手の、結果を出し続けるために努力を惜しまない姿勢、そしてどんなときも真摯であること、その姿に、自分もやるべきことにきちんと向き合わねばと背中を押された。

言葉を越えて

 大谷選手の言葉を越えた活躍を目にして、ふと最近会った中国人起業家との会話を思い出した。

 先日知り会った人物は、清華大学を卒業後、香港に拠点を移して事業を展開・拡大し、数年前には日本にも会社を設立、年の半分ほどを日本で過ごしているとのことだった。

 彼は美食家で、東京の食文化を存分に楽しんでいると言っていた。香港在住だが英語は話さず、日本に長く滞在しているにもかかわらず、日本語もほとんど話せない。「日本は安全で、人も親切だから、日本語が話せなくても生活に困ることはない」と笑っていた。最近では、自動翻訳機やスマートフォンの翻訳機能も進化し、ChatGPTのようなツールを使えば、会話を介さずに意思疎通することも容易になっている。日本語を話さなくても生活に不自由しないというのは、あながち嘘ではないのかもしれない。

 遥か昔、大学の卒業旅行でアメリカ大陸をグレイハウンドバスで一周したとき、自分の英語が驚くほど通じず衝撃を受け、「英語をきちんと学び直そう」と決意したことを覚えている。

 時が経ち、中国に赴任した際には、社内では英語を共通語としたものの、地方を訪れると英語が通じる場面はほとんど無く、必死で中国語を学んだものだ。必要に迫られないと言葉は身につかない。

 しかし今となっては、あらゆるツールが発達したため、会話を介さないコミュニケーションが容易になりつつある。中国ビジネスに携わっている私は、驚くほど多くの中国人が日本を生活拠点とし長期滞在していることを日々実感している。東京大学大学院では学生の3分の1が中国人、開成高校でも1割を占めるという。あらゆる層で中国人留学生・就業者が増えている。

 少子高齢化が進む日本にとって、中国人に限らず多くの外国人が日本に来てくれ、根付いてくれることは、経済的にも社会的にも歓迎すべきことかもしれない。

 これからの時代は、言葉の壁を越えることは以前より簡単になるかもしれないが、一方で、互いの文化や価値観を理解し合う力がますます重要になるだろう。流暢に話すことよりも、相手を理解しようとする姿勢こそが、本当の意味での「コミュニケーション」である。言葉を学ぶことの意味や意義が変わりつつある今、人と人とが心で通じ合う力が試されているのかもしれない。

シンデレラ・エクスプレスに揺られて

 新しいプロジェクトの関係で、東京と大阪を頻繁に往復している。

 大阪では、日本シリーズ進出を決めた阪神タイガースの活躍に街中が沸き、ジャイアンツファンの私にとっては少々つらい空気である。

 バタバタと大阪での仕事を片付けて、新幹線に飛び乗って帰京する。

 同じ日本語を話していても、本当にコミュニケーションが成立しているのは果たしてどれくらいなのか――そんなことを考えながら、車窓を流れる夜の灯を眺めていた。

10月19日

by 須毛原勲

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