公園の木々はすっかり葉を落とし、寒々とした枝だけが空に伸びている。その梢に、見慣れぬ鳥が留まっていた。日本最小の猛禽類とされる「ツミ」だろうか。枝を蹴って飛び立ったその翼は、紛れもなく鷹のそれであった。
師走に入り、週に一、二度は会食という慌ただしい日々が続いていたが、昨晩の忘年会でそれもようやく一区切りとなった。今朝は昨夜の酒を抜こうと少し足を延ばし、13キロほどのウォーキングに出た。いつもより遅い出発だったこともあり、帰路につく頃には、汗ばむほどとなっていた。
インバウンドの光と影
12月17日、日本政府観光局(JNTO)から発表された11月の訪日外客数統計。その数字は、光と影が交錯する現在の日本を映し出す鏡のようであった。
まずは「光」の部分である。 全体の数字だけを見れば、日本の観光産業は極めて順調に見える。11月の訪日外客数は351万8,000人(前年同月比10.4%増)。1月から11月までの累計は3,906万5,600人に達し、過去最高だった2024年の年間記録を、1ヶ月を残して軽々と更新した。
特筆すべきは米国の躍進だ。累計で初めて300万人を突破(303万6,000人)し、中国、韓国、台湾に次ぐ第4の柱へと成長した。これは単なる円安効果だけではないだろう。MLBで世界を熱狂させた大谷翔平選手や山本由伸投手ら日本人選手の活躍が、米国の人々にとって日本という国への興味、親近感を醸成した結果かもしれない。文化と人が国境を越え、経済を動かした好例である。
「存立危機事態」という言葉の対価
しかし、解像度を上げて数字の内訳を見れば、そこには見過ごせない「影」が落ちている。これまで全体を牽引してきた中国市場の急変だ。 累計で見れば876万人に達し、前年同期比37.5%増、シェア率も22.4%と大きく貢献しているように見える。だが、月別の推移を見れば、その勢いが劇的に削がれているのは明白だ。
8月には単月で100万人を超えピークを迎えていた客足が、9月、10月と70万人台で推移し、11月には56万2,600人へと急落したのだ。前月比で見ればマイナス21.4%、8月のピーク対比では実に半減に近い水準である。原因は隠しようもない。11月7日、高市総理による「存立危機事態」に関する発言、それに呼応した中国政府の渡航注意勧告、そして相次ぐ航空便のキャンセル。地政学的なリスクがダイレクトに数字を直撃した形だ。11月はまだキャンセルが間に合わなかった層もいるはずで、12月以降の数字はさらに冷え込むことが予想される。1972年以来、歴代の首相が曖昧にしてきた領域にあえて踏み込み、「存立危機事態」と口にしたこと。その対価の一つが、この数字の急落である。
これはまだ始まりに過ぎないのかもしれない。
53年目の不在
時を同じくして、もう一つの「象徴」が姿を消そうとしている。 上野動物園のパンダ、シャオシャオとレイレイの中国返還が、当初の予定より1ヶ月早まり1月末になったと報じられた。 彼らが去れば、日本からパンダの姿が消えることになる。1972年の日中国交正常化の証としてカンカンとランランが上野動物園に送られてきてから53年。「日本にパンダがいる」という当たり前の光景が、半世紀を経て途絶えようとしている。
返還自体は以前から決まっていたことではある。しかし、今の冷え切った日中関係において、中国がすんなりと次のパンダを貸与してくれるとは考えにくい。今後しばらく、あるいは数年にわたり、日本でパンダを見られない日々が続くだろう。 これもまた、我々が直面しなければならない「対価」の一つなのである。
生成AIたちの「相互批評」
最後に、先週、先々週に続き、生成AIの話題。
12月11日、OpenAIが「ChatGPT 5.2」を公開した。私自身はこれまでは「メインはGemini、サブでChatGPT」という運用が定着していた。しかし、今回の5.2を使ってみて、その力関係に変化が生じた。Geminiに見劣りしていた部分が、大幅に改善された印象を受けたからだ。
「Gemini一択」という前のめりな姿勢から、今は両者をバランス良く併用するスタイルへと回帰している。Geminiに問い、ChatGPTで検証し、時にAnthropicのClaudeに第三者的な意見を求める。さながら、特性の異なる複数の参謀を使い分ける感覚だ。
最近、新たな活用法も試している。周知の手法かもしれないが、同一のプロンプトに対する両者の回答を互いに提示し、批評させてみるのだ。すると意外なほど客観的な評価が返ってくる。ChatGPT 5.2曰く、「今のGeminiの回答は、イケイケすぎます」。対するGemini曰く、「ChatGPTの回答は100点満点です。但し、優等生過ぎます」。
生成AIでさえ、異なる視点を尊重し、他者の意見に耳を傾ける謙虚さを持ち合わせているようだ。我々人間こそ、そうありたいものである。
一陽来復を願って
今日の日の出は6時47分。 明日は冬至を迎える。1年で最も夜が長く、昼が短い日である。
しかし、冬至は単なる「暗い日」ではない。「一陽来復」の言葉通り、陰が極まり陽へと転じる折り返し地点だ。もともと「一陽来復」は、古代中国の書『易経』に由来する言葉であり、現代の中国でもそのまま「一阳来复」という成語として使われている。その意味は日本語と同じく「冬至」を指し、転じて「陰が極まって陽にかえる」、すなわち悪いことが続いたあとに幸運が向かってくることを表している。
明日を境に、太陽の時間は徐々に延び、世界は再び光を取り戻していく。凍えるような時間も必ず底を打ち、春に向かう。この冬至を節目に、あらゆる物事が良い方向へ向かうことを願ってやまない。
《今週の写真》恵比寿ガーデンプレイスのクリスマスツリー
北京駐在時代に苦楽を共にした旧友との久しぶりの会食。場所は恵比寿。待ち合わせ時間より少し早めに現地入りし、煌びやかなイルミネーションを写真に収めようと企んだ。
やる気は十分だった。相棒であるフルサイズミラーレス「ソニー α7 IV」。三脚は使えないため、手持ちで挑む。絞りはF4.0に固定し、イルミネーションの光が白飛びしないよう露出補正をマイナス0.7に設定。ISO感度もノイズが乗らないギリギリを見極め、寒空の下、嬉々としてシャッターを切り続けた。去り際、「念のための保険」として、iPhone 17で何も考えずに数枚パシャパシャと撮っておいた。
帰宅後、モニターで両者を見比べて言葉を失った。あれほど設定にこだわり、物理的なレンズの力で光を集めたα7 IVの写真よりも、適当に撮ったiPhoneの写真の方が、パッと見の「写り」が良かったのだ。
納得がいかず、私は両方の写真を生成AI「Gemini」にアップロードし、「どちらが良い写真か」と選ばせてみた。数秒の沈黙の後、Geminiが「こちらが優れています」と提示したのは、やはりiPhoneの写真だった。
AIが処理して生み出した画像を、AIが「良し」と判定する。そこには、人間が長年培ってきた「露出」や「構図」の苦労をあざ笑うかのような、完璧な循環があった。
諦めきれず妻に意見を求めると、妻が選んだのは私がα7 IVで捉えた1枚だった。少し救われた気がした。 AIはノイズのない「整った正解」を選び、人間はノイズの向こうにある「奥行き」を感じ取る。私の相棒(α7 IV)が捉えたのは「物理的な現実」であり、iPhoneが捉えたのは「人間が見たいと願う幻想」だったのかもしれない。 技術の進化への畏怖を感じつつも、私は妻の感性を信じ、今週のサムネイルにはα7 IVで撮った1枚を据えることにした。
ふと思う。 だとするならば、今朝、公園の梢に見かけたあの「ツミ」。 AIもレンズも介さず、私の肉眼だけが捉えたあの鳥は、やはり幻などではなかったのだ。 どれだけ世界が「補正」されようとも、私の目と心が感じたものこそが紛れもない真実なのだから。
2025年12月21日