■ マイアミの夢は消えた
東京で行われたWBCの1次ラウンドは、実に見応えのある試合ばかりだった。日本代表は4戦全勝という最高の形でマイアミへ旅立った。
そして今日、準々決勝のベネズエラ戦。日本は5対8で敗退した。
日本中の人が、決勝まで勝ち上がり、再びアメリカとの頂上決戦に相まみえることを夢見ていたことだろう。かくいう私もその一人だ。しかし、ベネズエラは強かった。スタメン全員がメジャーリーガーという圧倒的な凄まじさ。誰もがホームランバッターでありながら、すかさず次の塁を狙う獰猛なベースランニング。日本ハムファイターズが誇る好投手・昨年の沢村賞受賞投手の伊藤大海の渾身の速球が、無情にもスタンドへ運ばれ3ランを浴びた瞬間、世界の壁の高さを思い知らされた。
X(旧Twitter)では、早くも「ネトフリ解約」がトレンド入りしているようだ。YouTubeには続々と野球評論家たちの動画が上がってきているが、その出演者もスタッフもみなガックリと肩を落としている。
楽しみにしていたWBCが、突然終わってしまった。心にぽっかりと穴が開いている。
■ 猛スピードで進化するAIと、アリババの衝撃
現在、私はAI関連の事業に深く関わっており、毎日のように飛び込んでくる新しいテクノロジーの話題を追いかけている。今週のAI界隈で最もホットだったのは、中国アリババの「Qwen(通義千問)3.5」と、自律型AIエージェント「OpenClaw」の話題だろう。
企業がビジネスでAIを使おうとしたとき、究極の「2択」を迫られる。一つは、「ChatGPT」「Gemini」「Claude」といった外部の超高性能サービスを利用すること。しかしこれらは、自社の機密情報を「外部(クラウド)」に出さなければならないことや、使えば使うほど費用が莫大になるリスクがある。もう一つは、設計図が公開されている「オープンソース」のAIを自社内のサーバーで動かす方法だ。情報は外に出ないが、高価なGPUを積んだサーバーが必要となる。
そのオープンソース市場で頭一つ抜けているのが、MetaのLlamaとアリババのQwenによる米中2強だ。だからこそ、今回発表された「Qwen 3.5」が世界を震撼させているのである。
何が凄いのか。一言で言えば「普通のノートPCでサクサク動くほど手軽なのに、過去の巨大AIを凌駕するほど賢い」という点だ。高価なGPUサーバーを用意せずとも、手元のパソコンの中で無料で超高性能なAIが動かせる時代になってしまった。
さらに劇的なのは、この革新的なモデルを公開した直後に、Qwenの開発トップやコアメンバーたちが突如として一斉に辞任を発表したことだ。「これほど凄いAIを無料でばらまいて、アリババの内部で一体何が起きているんだ?」と、世界中のエンジニアたちがその動向に釘付けになっている。
日本企業は悩ましいジレンマに直面している。どれだけ性能が優れていても、「中国企業の開発したAI」という地政学的リスクを理由に採用を躊躇する企業は多いだろう。技術的な合理性と、カントリーリスクの狭間で揺れる。なんとも厄介な問題だ。
■ AIでは届かない「感情の記憶」の領域
もう一つのホットな話題が「OpenClaw」だ。これも一言で言えば「自分のパソコンの中で、AIが自律的に作業をしてくれるツール」である。
これまでのAIは、人間がチャットで指示を出し、返ってきた答えを人間がコピペして使う「対話型」だった。しかしOpenClawは、AIにパソコンの操作権限を直接与えてしまう。「予定を調整しておいて」とざっくり頼むだけで、AIが勝手にカレンダーを開き、スケジュールを登録し、完了報告までしてくれるのだ。開発者はこの実績を買われ、あっという間にOpenAIに引き抜かれたという。
優秀な部下(AI)にすべてを任せられる時代は近い。だが、その部下に「どこまでの権限を与えるか」、そして「その行動をどう管理し、責任を取るか」という新たなマネジメントのジレンマが、私たちには突きつけられている。
そして、ここで私はあることに気づく。AIが抱える最大の課題は、実は「記憶」ではないか。チャットルームを跨げば記憶はリセットされ、蓄積された文脈は消える。どれほど賢く進化しても、AIは「あの日、一緒に仕事をした」という感情の記憶を持てない。それは仕様の問題ではなく、もっと本質的な何かだと思う。
■ 30年の時を超える「記憶」
先週、30年前に一緒に仕事をしていた取引会社の方と、久しぶりに再会した。彼はその会社の社長として、もう15年も陣頭指揮を執っているという。
きっかけは3ヶ月前、彼の奥様が私の名前を検索し、当社のホームページに辿り着いてくれたことだった。「春になったら会いましょう」と約束を交わし、今回ついにそれが実現した。
お互いに相応の年を重ねてはいるが、ふとした瞬間の表情も、屈託のない笑顔も、懐かしい声も、驚くほどあの頃のままだった。当時からキムタクのように格好良く、とにかく仕事ができた彼。時間を忘れて共に仕事に没頭していた日々が、まるで昨日のことのように鮮やかに蘇ってきた。馬鹿みたいに、ただひたすらに働いていたあの昭和の時代。しかし、あの熱気の中で結んだ絆は、30年という歳月を超えて今も私たちをしっかりと繋いでくれていた。
あの頃、ただただ、楽しかった。その確かな「感情」を、心と身体が深く覚えている。「また、会いましょう」と笑い合って別れた帰り道、ふと考えた。
人間の「記憶」とは、一体何なのだろうか。
AIは情報を蓄積する。しかし、あの日の彼の笑顔、一緒に悩んだ深夜の熱量、仕事が形になった瞬間の高揚感——そういうものは、データとして保存できるものではない。人間の記憶とは、情報ではなく「感情」なのだ。だからこそ、30年を経ても色褪せず、再会の瞬間に一気に蘇る。
AIがどれほど賢く進化しようとも、この種の記憶だけは、決してデジタルには代替できない。そしてそれこそが、人間がAIと共存しながらも、人間であり続けることができる理由なのかもしれない。
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《今週の写真》春北風(はるならい)
先週の火曜日、東京には「なごり雪」が降った。
底冷えのする厳しい朝で、ウォーキングに出るのを少し躊躇ったほどで、意を決して歩き出した帰り道には頬に冷たい牡丹雪が容赦なく打ちつけてきた。
春先に吹く、こうした冷たく強い北風のことを「春北風(はるならい)」と呼ぶそうだ。
本格的な春の訪れを前に、季節が最後の足踏みをしているかのようだ。
しかしこの冷たさも、春への通り道なのだと思えば、不思議と悪くない。
2026年3月15日