エグゼクティブサマリー
2026年の中国で、AIは「新しい技術」ではなく「日常のインフラ」に変わりつつある。QuestMobileによれば、2026年5月時点でAIネイティブアプリの月間アクティブユーザーは4億9,900万人、前年同期比85.4%増。1人あたり月92.7回、183分。豆包3億8,200万人、通義千問1億6,700万人、DeepSeek1億3,000万人が第1グループを形成する。
本稿が問うのは「中国のモデルは米国に追いついたか」ではなく「中国人はAIをどう使っているか」である。結論は4段階で示される。第1に、AIは生活アシスタント化し、千問はタオバオ・アリペイ・飛猪と接続して出前や予約まで担い始めた。第2に、職場ではAIの役割が「質問に答える」から「仕事を仕上げる」へ移り、豆包=日常、DeepSeek=複雑な思考、Kimi=長文処理という道具箱型の使い分けが定着しつつある。
第3に、学習領域では小中高生の6割超が生成AIを使用し、その71.0%が宿題に用いる。一方で20.5%が「思考をAIに頼りたい」と答え、成人でも半数以上が思考力の低下を自覚する。第四に、感情領域では大学生の7割超がAIに悩みを打ち明けた経験を持ち、その理由の上位は「24時間いつでも」「友人には言えない」「評価されない」だった。
そして2026年7月15日、『人工知能擬人化インタラクションサービス管理暫定弁法』が施行され、同日、豆包と通義千問はユーザー自作エージェントを一斉に停止した。AIへの感情的依存が、産業の問題から社会の問題へと移った瞬間である。本稿の最終的な問いは、モデルの優劣ではなく「人はますます賢くなるAIとどう付き合うか」に置かれている。
第1部 AIが「日常」になった日
これまでは、中国人に「あなたは人工知能を使っていますか」と尋ねれば、多くの人はChatGPTやDeepSeek、あるいは会社のAIオフィスツールを思い浮かべたことでしょう。しかし2026年になって、この問いそのものが、ますます意味を失いつつあります。ますます多くの中国人にとって、AIはもはや、わざわざパソコンを開かなければ使えない新しい技術ではなく、検索エンジンやWeChat、モバイル決済と同じような日常の道具へと、少しずつ変わりつつあるからです。
朝起きたあと、その日の天気と予定に合わせて着るものを提案させる人がいます。試験勉強中の大学生は、解けない問題を写真に撮り、AIに一歩ずつ解説させます。就職活動中の若者は、AIに履歴書を直させ、模擬面接に付き合わせます。恋人と喧嘩したあと、チャット履歴をそのままAIに渡して「相手は結局どういうつもりなのか」を分析させる人さえいます。会社員なら、数十ページの報告書をAIに渡し、数分で要点をまとめさせ、パワーポイントを作らせ、さらにメールの下書きまで書かせるかもしれません。一部の若者にとって、AIはすでに効率を上げる「道具」であるだけでなく、雑談し、悩みを打ち明け、そばにいてくれる友人のような存在になり始めています。
QuestMobileが発表した2026年上半期のAIアプリ市場レポートによれば、2026年5月時点で、中国のAIネイティブアプリの月間アクティブユーザー数は4億9,900万人に達し、前年同期比85.4%増となりました。うち豆包(ドウバオ)、通義千問、DeepSeekが第一グループを形成し、月間アクティブユーザーはそれぞれ3億8,200万人、1億6,700万人、1億3,000万人です。同時に、AIネイティブアプリの一人あたり月間利用回数は92.7回、1人あたり月間利用時間は183分に達しました。相当数の中国人にとって、AIはすでに安定した日常の習慣になっているのです。
したがって、今日の中国社会を本当に理解しようとするなら、中国のAIモデルが技術的な数値でアメリカに追いついたかどうかだけを見ていては、まったく足りません。より注目すべき問いは、こうです。中国の普通の人々は、いったいどのようにAIを使っているのか。AIはどんな暮らし方を変えつつあるのか。なぜ一部の人は、AIをますます手放せなくなっているのか。そして、AIが何でも知っていて、いつでもそこにいる「友人」のような存在になり始めたとき、中国社会はどのような新しい問題に直面するのか。
生活アシスタントとしてのAI
中国のAI市場で最も注目に値する変化は、あるモデルが性能テストで別のモデルを上回った、ということだけではありません。AIが普通の人の暮らしのなかに、急速に入り込んでいるということです。
その最も典型的な製品のひとつが、バイトダンスが送り出した豆包です。
2026年5月時点で、豆包の月間アクティブユーザーはすでに3億8,200万人に達し、中国のAIネイティブアプリのなかで明らかに先頭を走っています。海外のユーザーがChatGPTに抱く印象とは違い、豆包の中国での位置づけは、「国民的AIアシスタント」に近いものです。ユーザーは質問し、文章を書かせ、画像を生成させ、ファイルを要約させ、知識を学ぶことができますし、旅行の計画づくり、献立づくり、履歴書の修正、語学学習の手伝いをさせることもできます。
豆包の特徴は、必ずしも長時間の深い対話を一度おこなうことではなく、一日のうちに何度も呼び出されるところにあります。QuestMobileのデータによれば、豆包の利用には断片化・高頻度という明らかな特徴があり、3分以内の短い対話の比率が高くなっています。つまり多くの中国のユーザーは、毎日1時間かけてAIと一度深く語り合うのではなく、生活のさまざまな時点で、小さな問いを次々とAIに投げかけているということです。
こうした使い方は、実のところ、中国の消費者がすでに身につけているモバイルインターネットの習慣と、非常によく合っています。中国の消費者は、「ひとつのアプリで多くのことを済ませる」ことにとうに慣れています。WeChatならチャット、決済、買い物、配車ができます。アリペイなら支払い、公共料金、資産運用ができます。美団なら出前、配車、ホテル予約ができます。AIがこうしたデジタルの生態系に入ってきた以上、いつまでも「チャットボット」のままでいるはずはなく、次第にさまざまなサービスをつなぐ入口になっていきます。
アリババ傘下の千問は、その典型的な例です。大規模モデルQwenを基盤とする千問は、すでにタオバオ、アリペイ、タオバオ閃購(クイックコマース)、飛猪(旅行予約)、高徳(地図)といったアリババ経済圏の事業との接続を始め、出前の注文、買い物、航空券やホテルの予約といった機能の実現を試みています。
筆者も実際に、千問の出前機能を試してみました。タオバオ傘下のデリバリープラットフォーム「タオバオ閃購」のアカウントを連携させたあと、ユーザーは対話画面で直接、たとえば「タピオカミルクティーを一杯頼んで」と要望を出すことができます。AIは要望に応じて、いくつかの選択肢を出してきます。さらに「カロリーが低めのものがいい」と伝えれば、AIは条件に合う商品を絞り込んでくれます。商品を選んだあとは、そのまま決済に進むことができ、この一連の流れのなかで、ユーザーがいくつものアプリを行き来する必要はありません。

AIは少しずつ、「情報の道具」から「生活のアシスタント」へと変わりつつあります。
そして、この能力がさらに仕事の場面に入ってきたとき、AIが担う役割はもっとはっきりしたものになります。
【次回予告】
AIが暮らしの入口になったとき、次に変わるのは仕事の現場です。
次回は、AIの役割が「質問に答える」ことから「仕事を仕上げる」ことへ移り、中国のユーザーが万能の一台を探すのをやめて用途ごとにAIを使い分け始めた経緯を追います。そしてその「道具箱」の発想が、若者の学習をも静かに作り替えていきます。
