買収から創造へ、試される真の実力
これまで、中国企業の海外進出といえば「M&A(買収・合併)」が主流でした。しかし、その構図も変わりつつあります。2024年、中国企業の海外M&A総額は307億ドルと、前年から31%減少しました。そのなかで、日本と韓国が主要な投資先となり、全体の51%を占め、しかも取引額は167%の増加を記録しました。
特に注目すべきは、日本が取引額ベースで10年ぶりに中国企業海外M&Aの最大の目的地となったことです。2024年には、高瓴(ハイリャン)キャピタルが日本の不動産開発会社Sammy Holdingsの株式を買収し、取引総額は11.3億ドルに上りました。また、方源キャピタルは日本のファンドと共同でジュエリーブランドTASAKIを買収、その額はおよそ1,000億円と推定されています。
EY(アーンスト・アンド・ヤング)が発表した『2024年中国海外投資概覧』によると、取引金額で見た海外M&Aの人気分野トップ3は、先進製造・輸送業、TMT(テクノロジー・メディア・通信)、鉱業・金属業で、全体の56%を占めました。次いで、不動産・ホテル・建設、電力・公共事業、医療・ライフサイエンス、金融サービス、消費財などが続きます。さらに業種ごとに地域的な偏りも見られ、いくつかの分野では投資先のシフトが起こっています。たとえば、先進製造・輸送業は欧州が中心で全体の53%を占め、TMTはアジアに集中して60%、電力・公共事業は欧州が76%と圧倒的。消費財では72%がアジアで、日本が最も人気の投資先となっています。
全体としてM&A件数は3割ほど減少しましたが、一方で非金融分野への対外直接投資は堅調な伸びを示しました。つまり、中国企業の“出海”は「既存企業を買う」段階から、「自ら工場を建てる」方向へとシフトしているのです。
中国企業は海外でゼロから工場や研究開発センター、現地法人を立ち上げています。M&Aに比べれば時間もコストもかかりますが、そこには二つの大きな利点があります。第一に、政治的な抵抗を避けやすい点です。既存の資産を買い取るのではなく「新しい産能を創出する」という形で進出するため、受け入れ側の警戒感を和らげることができます。第二に、運営の自由度が高いことです。既存の管理体制に縛られず、自社のニーズに合わせて人材や仕組みを整えることができるのです。
機会だけではなく、挑戦もある
もちろん、中国企業の「出海」の道のりは決して平坦ではありません。機会とリスクは常に表裏一体であり、直面する課題は大きく三つに分けられます。
第一の挑戦は地政学的リスクです。米中関係の緊張やサプライチェーン安全保障への懸念が高まる中、多くの国が中国企業に対してより高い参入ハードルを設けています。たとえば、華為(ファーウェイ)が海外で5G事業を展開する際には、複数の国から制限を受けました。寧徳時代(CATL)といった新エネルギー大手が欧州で工場を建設する際にも、政策審査や補助金をめぐる複雑な駆け引きが不可避です。半導体分野ではその影響はさらに深刻であり、アメリカによるハイエンド半導体の輸出規制は、多くの中国ハイテク企業の研究開発や国際展開を直撃しました。つまり、どれほど優れた製品を持っていても、まずは政治・政策の壁を越えなければならないのです。
第二の挑戦は市場と文化の違いです。国内で成功したビジネスモデルが、そのまま海外で通用するとは限りません。中国では微信支付や支付宝が決済の主流ですが、欧米では依然としてクレジットカードやPayPalが中心です。抖音(ドウイン)は中国国内で爆発的な人気を誇りますが、TikTokが欧米市場で浸透するためには、現地ユーザーの嗜好に合わせた調整が不可欠であり、規制の嵐に巻き込まれることもあります。文化コンテンツに至っては難易度がさらに高く、中国ドラマが高水準の映像クオリティを誇っても、ただ英語字幕を付けただけでは海外の視聴者に響かない場合が多く、再編集や再パッケージ、さらには物語構造の調整が必要になります。成功する企業は例外なく「現地の物語を語る」術を身につけているのです。
第三の挑戦はブランド認知と信頼の確立です。すでに製品の品質や価格で世界水準に達している企業は少なくありません。しかし「世界的ブランド」として消費者から広く認められるには、時間と蓄積が欠かせません。家電業界を例にとると、美的や海爾(ハイアール)の冷蔵庫やエアコンは欧米市場に長年展開してきましたが、サムスンやソニーといったブランドに比べると、まだ「アイデンティティ」としての認知度が不足しています。自動車産業でも同様で、中国製EVは欧州で急速に販売を伸ばしているものの、安全性や耐久性への不安を抱く消費者は依然として多いのが現状です。企業が「安くて便利」から「信頼に足るブランド」へと進化するためには、広告投資だけでは不十分であり、サービスや口コミを通じた信頼の積み重ねが不可欠です。
総じて、中国企業が「出海」する過程では、国際政治の荒波に耐え、文化と市場のギャップを乗り越え、消費者の心をつかむための地道な努力を続けなければなりません。こうした挑戦こそが、中国企業を単なる製造者から、グローバル競争における長期的プレーヤーへと成長させる原動力となっているのです。
結びにかえて
中国企業の「出海」を一枚の鏡にたとえるなら、それは中国経済が新たな段階へと進みつつある姿を映し出しています。かつて中国の成長は、国内の巨大な投資と消費に支えられてきました。しかし今、企業は外の世界に活路を求め、新しい成長の余地を探し始めています。その背後には、「中国製造」という確かな実力がある一方で、国内市場からの強いプレッシャーも存在しています。
同時に、この潮流は中国社会の心の変化も示しています。短期的な利益に満足していた段階から、長期的な投資を受け入れる姿勢へと移り変わりつつあるのです。ブランドを磨き、現地チームを築き上げるために、時間と資源を惜しまない企業が増えてきました。単発の取引にとどまらず、持続的な事業を志向するようになった――この意識の転換こそ、輸出統計の増加以上に意味のある出来事かもしれません。
では、中国企業は完全に海外へ舵を切り、国内から国際へと重点を移すのでしょうか。答えは単純ではありません。「出海」は国内市場を手放すことではなく、視野を「単一市場」から「グローバル市場」へと広げることにほかなりません。彼らは依然として中国の強大な製造力とサプライチェーンの優位性を頼りにしながらも、海外で安定した拠点を築く必要に迫られているのです。
こうした動きは、中国と世界との結びつきを一層強めています。ヨーロッパの消費者が中国製EVに乗り、ラテンアメリカの若者が中国の短動画アプリを使い、アフリカの商人が中国のECプラットフォームで仕入れを行う――そうした風景が当たり前のように広がりつつあるのです。この「出海」の波が、世界経済そのものを変えつつあります。
今日の中国企業は、もはや「ものを売る」だけでは満足していません。むしろ「物語を語る」ことに挑もうとしています。中国製造の実力を証明しつつ、中国ブランドの価値を伝えるために、自らの舞台を世界のどこに求めるのか。その模索が続いています。
もちろん、この道は決して平坦ではありません。政治の不確実性、文化の差異、市場の複雑さ――それらは大きな障害となり得ます。ですが、いずれにせよ「出海」の潮流はすでに不可逆です。それは企業の運命にとどまらず、中国経済の調整と転換を象徴する重要な一章でもあるのです。
中国を理解したい人にとって、この潮流を理解することは、今日の中国経済を理解するための重要な窓口となります。なぜなら、この企業たちの歩みのなかには、単なるビジネス競争を超えて、新しい世界秩序のなかで自らの位置を探し求める国家の姿が映し出されているからです。
