5月5日、立夏。暦の上では夏の始まり。真っ青な空、気温も上がり、絶好のジョギング日和だった。夜、お風呂は菖蒲湯。湯船に浮かぶ青々とした菖蒲の葉を見て、端午の節句だったということを思い出した。(好物の柏餅は数日前に食べてしまっていた。)妻に感謝しながら、普段よりも長く湯船に浸かった。
連休中はメールも少なく、ゆっくりした時間を過ごすことができた。朝寝坊のせいか、ジョギングコースですれ違う人もいつもとは少し異なる。普段は早朝に会う親子(父と息子)も連休のせいか少し遅めに仲良くウォーキングをしていた。その息子さんがまだ父親の肩くらいの背丈だった時から見かけているのだが、いつの間にか息子さんの背丈は父親を越していた。
ジョギングコースの途中に大きな桐があり、その花がまさに満開。紫色のその花は、以前、南アフリカで見たジャカランダに似ている。googleで調べたところ、ジャカランダはキリモドキとも呼ばれているらしい。なるほど。
少し先で神田川の中を覗き込んでいる親子がいたので何かいるのかと思い、立ち止まって見てみると、石の上で大きな亀が甲羅を干していた。花を眺めたり川に目を向けたり、時間を気にせずに走れる休日のジョギングはまさしく心身共のリフレッシュになる。
6日には、井上尚弥選手が東京ドームで世界スーパーバンタム級4団体タイトルマッチにおいて挑戦者のルイス・ネリ(メキシコ)を6回1分22秒でTKOに下し、4団体の王座防衛に成功した。凄い試合だった。プロになって初めてのダウンを喫した後、冷静さを取り戻し、ネリを追い詰めた井上選手の圧倒的な強さに感動した。ドジャーズの大谷翔平選手の活躍も止まらない。昼休憩に「また打った!」というニュースを見て力をもらう毎日である。
さて、このゴールデンウィークには当初の予定通り、観たかった配信動画と映画を何本か観ることが出来た。
1.三体
劉慈欣のベストセラー「三体」のNETFLIX版についてはいろいろと議論があり、NETFLIX版は原作とは構成や登場人物も異なってはいるものの、それはそれで面白かった。以前、中国ではテンセントが映像化しているが、そのテンセント版は観ていないので将来的に視聴する機会があればと考えている。
2.獅子少年
獅子舞に挑む少年達の物語。中国CGアニメ映画。この作品については、多くの人々が褒め称えていたため、以前から観たいと思っていた。主人公の成長物語や、仲間との友情、師匠が彼らの成長を通じて自己を取り戻す様子が描かれている。また、師匠の妻が夫の変貌に再び心を寄せる様子や、彼女が次第に美しく見えてくる描写がある。主人公が家族に抱く思いも描かれており、映像の美しさが際立つ。中国の農村から都会まで、等身大の風景がリアルに描かれている。「獅子舞」という中国(中華圏)独特の文化を中心に据えているが、その背後にあるのは、中国にかかわらず、どの国でも通用する普遍的な価値が描かれている。
ラストシーンも印象的。主人公の暮らす部屋のベッドの横には獅子舞の大会の様子の写真を壁に張っている。古びた写真が獅子舞の大会からそれなりの日が過ぎたことを物語っている。その場所を後にして、どこかに行こうとする(多分、故郷に帰るのだろう)少年のその顔はもう少年の顔ではなかった。
3.詩季織々
2018年に公開された、日本のコミックス・ウェーブ・フィルムおよび絵梦による日中合同のアニメーション映画。コミックス・ウェーブ・フィルムは新海誠氏のマネジメントも手掛けるアニメーション映画の制作・配給会社。本作『陽だまりの朝食』、『小さなファッションショー』、『上海恋』は、中国の3つの都市を舞台にした3つの短編から成るアンソロジー作品であり、総監督は李豪凌氏である。全体のトーンは新海誠氏の作品に似た雰囲気を持つ。上述の「獅子少年」とは全く異なるアニメーション作品。
『陽だまりの朝食』は北京を、『小さなファッションショー』は広州を、『上海恋』は上海をそれぞれ舞台にしている。各短編はそれぞれが魅力的であり、『上海恋』は特に印象的であった。この作品の舞台となる中洋折衷建築の石庫門様式の建物が立ち並ぶ住宅地は、まさにその隣のマンションに7年間も住んでいた私にとって非常に懐かしい風景であった。また、そこで描かれる人々の生活も懐かしく感じられた。
物語は最終的に3つの物語が交錯するシーンで幕を閉じる。それぞれの物語が新たなステージに向かうシーンが上海の空港で繰り広げられ、視聴後には何とも言えない温かい気持ちにさせられる。
他にもさまざまなエンタテインメント系の映画や配信動画を観た。最近では無数の配信サービスが存在し、一度観始めると時間が無限に溶ける。何を観るかは慎重に選びたいものである。
4.悪は存在しない
濱口竜介監督の「悪は存在しない」を下北沢の映画館で観た。この映画は4月28日の朝日新聞で蓮實重彦氏が紹介していた。私は若い頃に蓮實氏の映画評論に触れ、大いに刺激を受けて以来蓮實氏に尊敬の念を抱いているのだが、その蓮實氏が寄稿文の最後で、「名高いスターが一人も出ていないにもかかわらず絶対見る価値のある稀有な作品であり、劇場で各自その目で確かめることを強く要請したい」と記していた。師のご教示とあらば、さっそく映画館に向かった。
映画が終わった時、しばらく席を立てなかった。満席の観客の誰もがエンドロールが終わるまで席を立とうとしなかった。
私が初めて観た濱口監督の作品は、2021年公開の「ドライブ・マイ・カー」で、その作品では最後に全てが明かされ、主人公のその後のストーリーにも触れられていた。
しかし、今回の「悪は存在しない」は、何も明かされず、突き放されたような感覚になる。置き去りにされたような、どう対処してよいかわからない感覚に襲われた。
蓮實氏が若い頃に言っていた。「映画は観たいと思ったその時から始まる。」
「悪は存在しない」を観るという時間が過ぎた後も、その映画は続いている。
5月7日