【特別企画】社長対談

「アジア太平洋地域、アフリカまで視点を広げて」
政策研究大学院大学 篠田邦彦教授 Vol.3(全3回) 2023.08.15

  • facebook
  • twitter

政策研究大学院大学篠田邦彦教授にお話をうかがう第3回。 最終回の今回は、アジア太平洋地域、アフリカまで視点を広げ、結びに海外事業を手掛ける日本企業へのメッセージをうかがいます。

【特別企画】社長対談 ゲスト 政策研究大学院大学 篠田邦彦教授

役職:教授、参与(政策研究院)

学位:米国カーネギーメロン大学産業経営大学院(GSIA)で修士号を取得

専門分野:通商政策、国際経済政策

現在の研究対象:アジア経済、アジア地域経済統合、インド太平洋協力

1988年に通商産業省(現在の経済産業省)に入省後、APEC室長、資金協力課長、アジア大洋州課長、通商交渉官等を歴任し、主としてRCEP等の経済連携協定交渉やASEAN・中国・インド等との経済・産業協力の業務を担当。また、在フィリピン日本国大使館、海外貿易開発協会バンコク事務所、石油天然ガス・金属鉱物資源機構北京事務所、日中経済協会北京事務所などアジアでの勤務経験が長い。2019年より政策研究大学院大学に出向し、2022年に政策研究大学院大学教授に就任。アジア経済、インド太平洋協力等の研究・教育に従事。

篠田邦彦教授
  1. Vol.1「この3年間の政治経済環境の変化と日中協力」政策研究大学院大学 篠田邦彦教授 Vol.1(全3回)
  2. Vol.2「経済安全保障面から見た日本企業とアジアについて」政策研究大学院大学 篠田邦彦教授Vol.2(全3回)
  3. Vol.3「アジア太平洋地域、アフリカまで視点を広げて」政策研究大学院大学 篠田邦彦教授 Vol.3(全3回)

東南アジア・アジア太平洋地域のさまざまな枠組みについて

ー 須毛原
話を少し広げます。RCEPは既に発効して最近スリランカが加盟申請を行う予定と報じられました。CPTPPにはイギリスが加盟するという動きもあります。(イギリスはこの対談後7月16日正式加盟。)RCEPは肝心のインドが入らず、CPTPPはアメリカが離脱しました。一方でIPEFとかQUADはちょっと違う枠組みなのでしょうが、このような枠組みがたくさんあります。私から見ると例えばRCEPというのは日本企業にとって非常にいい枠組みだなと思います。中国と韓国が入ったFTAは初めてですよね。だから積極的に活用していった方がいいと思いますが、誤解かもしれませんがCPTPPと比べて何か広く認知されてないような気がしています。その辺については、実際締結に関わられたお立場としてどのような印象を持たれていらっしゃいますか。

ー 篠田
ちょっと多くの枠組みがあって非常にわかりにくいかと思いますがそれを整理するためにはいくつか分類の方法を考えていただくのがいいと思います。
一つは地域で考えるということで、RCEPというものは元々東アジア中心の枠組みで、ASEANを中心にASEANプラス1というASEAN対話国とのFTAがあってそれをネットワーク化するような形でASEANを中心とする東アジアでメガFTAができました。 他方CPTPPについては、キーワードはアジア太平洋ということですね。APECを中心とした太平洋を囲む国々の間でFTAを結ぶという取り組みが先行して進んだということで、それでCPTPPの方がより世の中で有名となっています。

CPTPPの関税撤廃率が95%から100%とかなり高く、なおかつハイスタンダードなルールを定めており、そういうことでは日本経済へのインパクトも大きく、その分交渉を始めるにあたっても国内で非常に難しい調整がありました。
他方RCEPはCPTPPに比べるとレベルがそれほど高くないのではないかと言われますが、ただその経済規模等で見た場合には、世界の人口の約3割、GDPの約3割、貿易額の約3割を占めています。CPTPPよりも規模感で言うと大きく、なおかつRCEPの参加国というのは日本にとって全貿易額の5割ぐらいを占めています。ただRCEPは先進国だけではなくて、ASEANなどの途上国も多くメンバーとして含まれていますので、どうしても自由化だとかルール整備のレベルは低くならざるを得ない。よってRCEPの協定に参加した国が、将来より高いレベルの自由化やルール整備を求めてCPTPPに入っていくのはあるかと思います。

APECとIPEFの話もいただいたのですが、このAPECもIPEFも、どちらかというと東アジアというよりはアジア太平洋中心の枠組みです。ただCPTPPと違うのは、前者がどちらかというと貿易投資の自由化だとかルール整備の拘束的な協定などということに対して、後者はより対話と協力を中心にした枠組みということになり内容面で違うということです。
特にIPEFについては、2017年の初めにアメリカがCPTPP から離脱した後、アメリカがアジアの地域経済統合に積極的に関与していくために作られた枠組みでして、残念なことにいわゆる貿易の自由化、関税の自由化が含まれてはいないのですが、特に環境、労働、デジタルといった分野での新しいルール作りだとか、あるいはそのサプライチェーンの強靱化、脱炭素の協力の取り組みなど、様々な新しい課題に対応する枠組みだというように考えています。

ー 須毛原
APECとかCPTPPとかは、どちらかというと政府レベルの話で、企業にとっては東南アジアであればRCEPで、より広いエリアで言えばIPEFというようなことでしょうか。 さらに、中国と台湾がCPTPPに加盟を申請していますが、今後、中国と台湾のCPTPP加入を促していくべきなのでしょうか。

ー 篠田
中国と台湾、それからその後エクアドル、コスタリカ、ウルグアイの3カ国が加盟を申請しています。これら5カ国が既に加盟の申請を行っています。イギリスが2021年2月に加入申請をして約2年かかって加入が合意されたわけですが(イギリスはこの対談後7月16日正式加盟)、イギリスのたどった加入の手続きに従って、加入の審査を行っていくということになっています。現時点でまだその5カ国についてはCPTPP委員会での審査手続きには入っておらず、その前段階の各国との事前の非公式な協議をやっている状況です。 私は直接交渉の当事者ではないですが、いろいろと文献を読んだりすると、中国についてはいくつか課題があって、例えば95%から100%ぐらいの関税自由化をきちんと実現できるかとか、あるいはルール面でいうと、労働、国有企業、電子商取引などの高いレベルのルールに中国としてきちんとついていけるかどうか、そういったところが厳しく見られていると思います。台湾は中国との関係で非常に政治的立場は難しいと思いますが、同じような審査をしているというように思います。

ー 須毛原
加盟はそんなに簡単ではないということでしょうか。ただ、もし中国と台湾が同時加盟となると、中国の貿易に関するルールがより厳しいレベルで保障されるようなことになり、日本企業にとってはよいことかなと私は思います。

ASEAN諸国は日本企業にとって馴染みやすい

ー 須毛原
ASEANの方に話を移しますと、篠田先生はフィリピンとタイにも駐在されていらっしゃいましたが、私も実はシンガポールに6年駐在しており、その間いろいろな国でビジネスをして現地法人を作ったり、たくさんのスタッフを抱えておりましたので、実は大好きなんです。先ほどのサプライチェーンの強靭化ということにも関わりますし、リスク分散ということもありますし、日本企業とASEANとの関係というのはやはりすごく大事なのかなと思っています。先生のご経験も踏まえて、今後日本企業はASEAN諸国とどのように付き合っていけばいいのかということをお聞かせいただけますか。

ー 篠田
日本企業にとってASEANは裏庭みたいなもので、元々1985年のプラザ合意以降急激な円高が進み、日本企業のアジア、特にASEANへの投資が増え、各国で工場を立地させ、国際的な製造ネットワークを形成しました。先ほどお話をしたようなASEANとのFTAやRCEPなどによって、政策面でも地域経済統合の支援をしてきました。
これまではどちらかというと、ASEAN各国で自動車だとか電気・電子だとか、そういった加工組み立て産業、それを支える部品産業などを中心に進出支援を行ってきたということですが、新しく生じてきている変化としては、経済のサービス化だとかデジタル化という流れがある中で、これまでの生産拠点だけではなくて、ASEANが統合された市場として注目されつつあるということ。ASEAN全体で見ても人口規模が約7億人近く、なおかつ中間層が台頭して各国の経済成長も今後順調に続いていくだろうということで、従来のような製造業を中心とした産業サプライチェーンの構築の伴うビジネスに加えて、先ほどお話したような、デジタルやエネルギーなどの技術を活用して、様々な都市で環境・エネルギーだとか医療・健康のような問題に対応していくような社会課題解決型のビジネスが出てくると思います。
それから従来からの製造業についても、インダストリー4.0だとか第4次産業革命と言っていますが、アップグレードするような取り組みが増えてくるかと思います。例えば、日本企業にとっては今後の課題ですが、電気自動車の導入とか、あるいは各国でスマート製造などを広げていくというようなこともあるのではないかと思います。

ー 須毛原
一口に 東南アジアと言っても国も多いですが、先生からご覧になって注目すべき国はございますか。

ー 篠田
今後日本企業にとってこの国は非常に成長が大きいのではないかなと思うのは、人口規模からいってインドネシアが約2.7億人ということで、なおかつ今、経済成長が順調ですし、それほど少子高齢化は進んでおらず人口も拡大しているので、今後有望な市場になるのではないかと思います。そういう意味では、カソリックの国ではフィリピンも人口の増加が見込まれますし、成長の伸びしろがあるかと思います。 タイやベトナムを中心としたメコン諸国については、特にタイとベトナムは日本企業にとって比較的古くから馴染みがありますし、今後も有望な市場として考えられると思います。

ー 須毛原
最近、人口が中国を抜いたと言われるインドについてはいかがですか。

ー 篠田
インドは去年、中国を人口で抜いたのではないかと言われていますが、1人当たりのGDPの規模で見るとまだ中国には及んでおらず、そういう意味では今後の成長の伸びしろは非常にあるのではないかと思います。

ー 須毛原
少子高齢化の進む日本で日本企業が成長していく上では、海外進出、アジア、中国、ASEANというのはやはり今後ますます重要になっていくということですね。

ー 篠田
そうですね。特にロシアのウクライナ侵略の後、西側先進国や中国・ロシア以外の新興国途上国をグローバルサウスと言いますけども、その成長を今後、日本経済の成長に取り込んでいくような、そういった取り組みが必要だと思います。

ー 須毛原
一方で私の実感として、中国とかアメリカとか東南アジアとかいう話の前に、まだ海外進出自体のハードルが高い企業が結構多いと感じています。私は周りが海外畑の環境でしたのでそのような感覚はありませんでしたが、実は海外進出のハードルを高く感じている企業や人が結構多いことにいまさらながらに驚いています。そのような中では、ある意味東南アジアは海外進出のエントリーとしては非常にいいのではないかと最近改めて感じています。市場規模からするとアメリカや中国だと思いますが、応用編すぎて海外進出初心者にはなかなか難しい。そこにいくと実はタイとか、マレーシア、シンガポールなどを進出先に想定するお客様も多くいらっしゃいます。
私は中国に長くいて、その市場規模の大きさを実感していたのでやはり市場は中国が大きいですよとお客様に話をさせていただくことも多かったのですが、ここに来て少し考えが変わってきました。最初はそんなに難しいところではなくて、まずは、例えば、クアラルンプールやバンコクでトライして、というような方法もあるのではないかという考えに私自身が変わってきています。

ー 篠田
中小企業ということでいうと、昔は大手の自動車企業だとかあるいは電気・エレクトロニクス企業の進出に伴って部品企業が一緒に付いていくというパターンが多かったと思いますが、最近はむしろスタンドアローンといいますか独自にビジネスモデルを持って、シンガポールだとかタイだとかインドネシアなどで現地のスタートアップ企業と一緒に組んでビジネスをするような若い人たちが増えてきています。それ以外に日本では少子高齢化が進み今後市場の拡大が望めないということで、海外に市場を求めるような製造業の中小企業などが出てくるのではないかと思います。
実際に日本商工会議所の国際ビジネス環境整備専門委員会というところで議論をしていますが、円安が進んでいる中、まずは国内市場だけではなくて海外市場に輸出を促進していこうというような流れがありますし、そこで海外とうまくビジネスの繋がりができれば、将来は投資をしてというような流れになればいいかなと思います。
私の昔の笑い話ですが、「ASEANはマッタリとしたアジアで中国は生き馬の目を抜くようなアジア」という言い方をしましたが、日本企業にとってみればこれまで既に多くの企業が進出していて比較的コミュニケーションが取りやすいASEANというのは最初の投資国・地域としてはおっしゃる通り向いているのではないかなと思います。

ー 須毛原
進出する日本企業にとっては、やはり生活インフラがある程度揃っていて、日本食のレストランがあったり、そういうことが結構大切になったりしますよね。

ー 篠田
それから、やはり気候が温暖で寒いことがないっていうのがいいと思います。(笑)

海外事業を手掛ける日本企業へのメッセージ

ー 須毛原
最後に、海外事業を手掛ける日本企業の方々へのメッセージはございますでしょうか。

ー 篠田
今日の話の総括みたいなことになりますが、三つほどあります。
ひとつ目は、今後、戦略環境がどう変わっていくのか。戦略環境というのは、まさしく米中対立だとか、ロシアのウクライナ侵略などの地政学的な変動を意味します。
二つ目は経済環境がどう変わっていくのか。パンデミックの後、落ち込んだ経済が回復しつつあります。ただ途上国などでは経済格差や様々な社会課題が残っています。
三つ目は地域環境。要するにインド太平洋の中で、その成長の重心がこれまでは北東アジアとか東南アジアだったものが、より長い目で見た場合には例えば人口ボーナスがあるインドだとか、場合によっては2050年60年まで人口が増えるアフリカの方に移るかもしれないといったこと。

そういう三つの環境を考えた場合に、最初の戦略環境の変化の中で何が大事かというと、やはりルールによる橋渡し、今日お話をしたCPTTPやRCEP、あるいはIPEF、そういったハイスタンダードなルールを、企業としても活用したり、あるいは企業からもいろいろと要望を出していいものに作り変えていくということ。更に経済安全保障は結構扱いが難しいですが、先ほど申し上げた通りハイフェンス・スモールヤードということで、できるだけレッドラインを明確にして、企業が活動しやすいようにするということです。更に、経済安全保障の問題がある中で、企業としては、サプライチェーンの強靱化などに取り組んでいくということも必要です。
2番目の経済環境の変化ということでいうと、途上国で経済格差や様々な社会課題の解決などが重要になってくる中で、デジタル、グリーン、サステナビリティなどをキーワードとした様々な社会課題解決のためのビジネスに企業はよりいっそう取り組んでいくべきかと思います。 3番目の地域環境でいうと、今、中国市場やASEANの市場は、日本企業にとって非常に収益率の高いやりやすい市場だと思いますが、20年30年先を考えた場合には、まずはインドだとかバングラデシュのような南アジア、それからより将来的にアフリカの中で発展していくような国があれば、そうした市場などにももう少し目を向けることも必要かと思います。アニマルスピリッツをもって新興国の市場を開拓することによって、日本とグローバルサウスとの絆も繋がっていくのではないか思います。

対談を終えて

今回、政策研究大学院大学の篠田邦彦教授にお話を伺い、3回にわたり皆様へお届けしました。
篠田先生はこれまで中国や東南アジア諸国に駐在され、それぞれの国の特性を深く理解され、ご意見が非常に客観的でフェアだとお話をさせていただくたびに感じています。今回の対談でも、ご見識を平易な言葉で解説してくださり、時間を忘れてお話をうかがいました。

篠田先生が最後に述べられた三つの重要な視点、戦略環境、経済環境、地域環境の三つの視点を常に意識をするというご指摘には本当にそうだなと頷きます。
環境は日々変わります。一つの見方、考え方にとらわれずにビジネスを行っていくこと、そういったものの見方、考え方そのものが「グローバル」ということなのかなと思いました。


対談:2023年6月15日

社長対談一覧に戻る

PAGETOP