株式会社SUGENA代表須毛原 勲が多彩なゲストと様々なテーマで語りあう、対談企画第2回のゲストには、弁護士法人黒田法律事務所 鈴木龍司弁護士をお招きしてお話をうかがいます。
【特別企画】社長対談 ゲスト 弁護士 鈴木龍司(すずき りゅうじ)
弁護士法人黒田法律事務所パートナー、上海代表処首席代表
高校時より中国に興味を持ち、大学、大学院で法律を学ぶ傍ら、中国に携わる仕事を志す。
これまでに、中国法務(日本企業の中国進出案件、日本企業と中国企業との間の各種契約案件、中国子会社の労働紛争案件、中国子会社の知的財産管理案件等)、国内訴訟案件(売買代金請求事件、不公正取引方法差止請求事件等)、及び個人顧客の紛争案件等において、アドバイザー・代理人として関与した。中国法務全般、特に中国における人事や労働管理の分野に深い関心を持つ。
2013年より2017年まで北京に駐在。2023年より上海に駐在。
ー 須毛原
『社長対談』今回のゲストは、弁護士法人黒田法人事務所の鈴木龍司弁護士をお迎えしました。私が東芝の中国総代表として北京に駐在していた際、黒田法律事務所さんの評判は耳にしておりました。その後当社を起業し、当初はスタートアップをサポートしている弁護士事務所に顧問をお願いしていたのですが、次第にビジネスが複雑になるにつれて「中国関係に強い弁護士事務所」を、ということで、黒田法律事務所さんに顧問をお願いすることにしました。正直言うと、当社のような出来立ての会社の身の丈に合っていないのではないかと思いましたが、法律・知財の問題はとても大事であり、当社は小さいが故に専門性の高い事務所のこれまでのご経験をお借りして事業をやっていくというのが企業としてある意味信頼を得る投資なのではないかと思い、顧問をお願いすることを決め現在までお世話になっています。
さて、去る7月1日に中国で反スパイ法の改正法が施行されたこともあり、日中関係でも法律・知財の問題が注目を浴びています。今回は、現在上海に駐在されていらっしゃる鈴木龍司弁護士に、中国の法律・知財関連のホットなお話を3回にわたってお聞きしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
ー 鈴木
よろしくお願いいたします。
中国に強い黒田法律事務所
ー 須毛原
まず鈴木先生の方から簡単に自己紹介、それから黒田法律事務所のご紹介をお願いできますでしょうか。
ー 鈴木
私と中国との出会いは、高校卒業時に訪れた北京旅行で、その際とても活気のある国だなという印象を持ったのが始まりです。その後、大学の夏休みを利用して北京と大連に短期留学をしました。大学院卒業後には、内閣府主催の日中青年親善交流事業に参加するなど、中国と関わり、興味をさらに深めていきました。その後、いざどの法律事務所を選ぶかとなったときに、やはり中国案件を手掛けている事務所が良いと思いまして、うちの事務所が中国にも強みを持っている事務所ということで入所したとの経緯になります。
入所後は一貫して中国法務に携わり、2013年から2017年まで北京に駐在、今年の4月から上海に駐在しています。実は前回ゲストの政策研究大学院大学篠田教授とは北京駐在時にご縁があり、北京で行った私どもの結婚式にもご夫婦でご臨席いただきました。
ー 須毛原
黒田法律事務所さんは、鈴木先生が入られる前から私も存じ上げていますが、代表弁護士の黒田先生のキャリアが非常にユニークですね。そもそもなぜ黒田法律事務所さんは中国志向だったのでしょうか。
ー 鈴木
黒田が1995年に黒田法律事務所を設立しましたが、その当時、これからどういう分野が伸びるかと考えたときに、中国、IT情報関係、知的財産、この辺りの新しい分野を自分は開拓していきたいと黒田が考えたようです。
ー 須毛原
1978年の鄧小平の改革開放から始まり、1995年には中国経済は急成長期に入っていました。しかし、世界の多くの国々は、当時の中国をまだ後進国として見ていたかと思います。その1995年に中国に注目したというのは先見の明があったということですね。
ー 鈴木
そうですね。黒田がよく話していますが、95年に事務所を設立する前に実は黒田は中国に留学していました。当時は弁護士になってアメリカに留学ということはありましたが、中国に留学する弁護士は全然いない時代です。食堂で食べるご飯に石が混じっているとかそういった経験もしながら、黒田はこれから伸びる国ということで考えれば中国だというところに目をつけて、以来中国法務を一貫してやってきています。その後、来年ちょうど20年になりますが、2004年に上海に代表所を設立し、北京にも関連拠点を設立しています。なお、2009年には台湾にも拠点を開設しています。
変化する中国における法務・知財環境
ー 須毛原
2001年12月11日に中国はWTO(世界貿易機関: World Trade Organization)に加盟しました。それによって、中国の経済のグローバル化が一段と進むきっかけとなりました。その後、2008年に北京にて夏のオリンピックが開催され、2010年には上海万博が開催されました。その間、中国の経済は爆発的に成長し続けました。
日中関係では2004年の靖国参拝問題や、尖閣諸島問題などいろいろな時代を経ながら、今年日中平和条約締結45周年です。
鈴木先生がずっと関わっていらっしゃった中国における法務・知財の環境は、率直にどのように変わってきていると感じていらっしゃいますか。
ー 鈴木
私が入所する前からの話も含まれますが、事務所が2004年に上海拠点を作った頃は、日本から中国に進出し工場を作るといった案件が多かったようです。そういった自動車メーカーや部品メーカーにリーガルサービスを提供するために拠点を上海に作りました。その後、中国でストライキなど労働紛争問題が頻発し、その対応が非常に多かった時期もありましたし、2010年代の前半にはヘルスケアサービス、高齢者向けサービスの進出案件が多かった時期もありました。そして、2010年代の中頃からは撤退の案件が多くありました。最近は、特に個人情報、データセキュリティ、その辺りの相談が多くあります。
また、これらのトレンドとは別に弊所が一貫して行っているのが、中国×知的財産という分野になります。知的財産分野は、中国法務と並んで弊所の強みがある分野でして、中国とは関係なく、日本及び海外での多くの知財訴訟等の対応を行っております。この2つの強みを掛け合わせた中国×知的財産は特に弊所の強みが発揮される分野であると思います。中国×知的財産の分野についてもこれまで様々な変遷がありましたが、最近だと特に知的財産の紛争案件が多いですね。中国企業と日本企業が知的財産に関して争うという案件です。
ー 須毛原
知的財産については、中国に進出して何か開発をすると、その技術を盗まれてしまうというように考える日本人はすごく多いですが、その辺はどうですか?中国の知的財産に関する法整備というのは進んできているのでしょうか。
ー 鈴木
そうですね。まず中国では外資規制の観点等から、合弁の形態でないと進出が難しいということがありました。この場合、合弁企業において製品の開発、製造等をするために、外国企業からの技術導入が行われることになりますが、時代をさかのぼると、多分中国法務に関わっていらっしゃる方々はよく聞いていたと思いますが、「中外合弁企業法実施条例」とか、「技術輸出入管理条例」において、以前はやはり中国企業に非常に有利な内容が法律にも規定されていたと思います。例えば、「技術輸出入管理条例」では、改良技術の成果については改良側、つまりライセンシーに属することや、契約満了後も技術の使用継続について協議しなければならないことなどが規定されていました。また、外国の企業が中国の企業にライセンスをする場合、そのライセンスする契約を当局に登録しないといけないとされているのですが、契約の内容を登録するということは、そこには技術的な内容も書かれていたりするわけで、それを当局がチェックして、その内容をどんどん中国の方で蓄積するようなことをしていったというように思われるふしもあります。また、以前はあまりにも外国企業に有利すぎる契約になっていると、受け付けられず、このように修正しないと登録しないといったこともありました。ただ、「技術輸出入管理条例」も、外国企業にとって不利と言われた条項は最近の改正で削除されたりもしていますし、2019年に公布された「外商投資法」でも、国は外国投資者及び外商投資企業の知的財産権を保護すると明文で規定されていますので、その辺りは少しずつ外国企業にとって法制度上は改善の傾向にあると考えてよいかと思います。
三つの法的チャイナリスク
ー 須毛原
なるほど。一言で法的環境でのいろいろなリスクと言ってもすごく広いとは思いますが、政府に対してとか取引先協業相手の民間企業とか、もしくは先ほどの労務問題とか、この辺それぞれリスクの度合というものは違うものなのでしょうか?
ー 鈴木
そうですね、いわゆるチャイナリスクという場合、これには政治的なリスクなども含まれるわけですが、法的リスクについていえば、私の中では法的リスクを大きく三つに分けて考えてみるといいのかなと思っています。一つが対政府リスク、二つ目が対民間リスク、もう一つが対紛争解決リスクです。主にその三つの法的リスクを日系企業としては注意する必要があるのではないかと考えています。
ー 須毛原
対政府リスクとは、具体的にどのようなことでしょうか。
ー 鈴木
対政府リスクとは、政府との関係で遵守しなければいけない法律に伴うリスクで、例えば今でいうと、まさに個人情報、データセキュリティ法とかですね、その辺りの法令が挙げられるかと思います。日本と比較した場合に、中国は走りながら考えるというようなところがあって、まだ具体的な細則等がない段階でも、まずは法律を出してみる、これに対して日系企業はどう対応したらいいのかわからない、といったことが起きているように感じます。そういったことが、日本とは違って特に中国では起きてしまうリスクなのかなと考えています。
ー 須毛原
実際新たな法律が出た場合、それを具体的なビジネスに落とし込んで何をどこまでしていいのかという判断が企業にとってはなかなか難しいと思います。それはやはり専門家に日々アドバイスをいただきながら進めるということでしょうか。
ー 鈴木
そうですね。我々の強みというのは、もちろん法律自体に関する理解というものはありますが、様々な企業から相談を受けますので、他の企業がどういった対応をしているかということを見ながらアドバイスができるというところもあるのではないかと思っています。特に中国では実務でどう動いているかということが非常に重要だと思いますので、その点はやはり専門家に聞くということがどうしても必要になってくるかと思います。
ー 須毛原
なるほど。最近の対政府リスクということで言うと、7月1日に反スパイ法改正案が施行されましたが、原文を見ても一番肝心なところが非常に抽象的な言い方なので結局何をもって反政府行為かというところがわからない、というような状況にあるような気がしています。
ー 鈴木
反スパイ法に関しては、中国国内では、対象範囲等について、以前よりも具体化された、明確化されたとの評価もあるようです。他方で、日本でのメディア等による評価を見ると、改正法が出された当時、いつどこで誰が拘束されるかわからない、非常に極端なものでは、飲み会を開催することもリスクの中に入ってきてしまうとか、中国の人と関わること自体がリスクだというような書き方をしているものもありました。それはさすがに極端なのかなとは思いますが、確かに今回の反スパイ法における規制対象行為の範囲は従前よりも拡大されていると思われるところはあり、日系企業の駐在員の方々はリスクを感じていることは事実かと思います。
ー 須毛原
私も、中国に行って公の場で話をする分には全く問題ないと思います。ただ個別で政府の方々とかと話をする場合の判断が難しいと思います。特に北京にいらっしゃる日本企業の関係者は、対政府のロビー活動というものもメインの仕事のひとつですから。
反スパイ法に関してのリスクとは何ですか、と言われると、私の中で思いつくのは二つあって、ひとつは写真をむやみに撮らないということ。特に政府機関の施設とかですね。もうひとつは政府機関の方とむやみに付き合わない。この二つをリスク回避として挙げざるを得ないのかなと思っています。特に二つ目に関しては、ロビー活動を業務にされている方にとっては、そうは言ってもそれでは仕事にならない、ということもあると思います。
私も実はそういうことを仕事の一部としてやっていた立場ですが、振り返って考えると、会食は潤滑油とも言えますが、少なくとも自分からは誘わない、誘われた場合も1人では行かないということが必要かなと思います。
ー 鈴木
そうですね。反腐敗問題の風が吹いたころから、政府機関、国有企業の方との会食がだいぶ減りましたが、今はどちらかと言えば反スパイ法の方で皆さんすごく気にされています。
ー 須毛原
では次に、対民間リスクについてお聞きしたいと思います。
ー 鈴木
対民間リスクというのは、民間との取引において生じる法的リスクということを想定しておりまして、典型的なのは、大体どこの日系企業でも直面するかと思いますが、債権回収リスクです。
中国では日本と商慣習が少し違うので、特に債権回収に関して言うと、コンプライアンス体制が整っていない企業においてはお金をなるべく払わない経理担当者が優秀だとされる向きもありますので、そういったリスクが生じてしまうところがあるかと思います。もちろん、取引を開始する前に相手方の調査をしっかり行って、信用問題がないかをチェックすることが大事です。それから契約。よく中国企業は契約を守らないと言われたりしますが、実際に紛争解決するとなったときには、契約に基づいて交渉もしますし、最終的に裁判所でも契約に基づいた判断が下ることになりますので、契約をしっかりと締結しておくことが重要だと思います。
ー 須毛原
おっしゃる通りですよね。海外と事業で関わる上で、契約がいかに大事かということは私も海外事業の経験で身にしみています。特に中国では本当に大事だなと思います。契約については専門家のアドバイスを受けて契約書を作らないといけないと思います。最近はネット上に契約書のテンプレートなどがありますが、そういったものをそのまま使うのはさすがにリスクが相当あるのではないでしょうか。私も実際争ったこともありますので、不備の無い契約書を作るということの大切さは身をもって知っています。
ー 須毛原
三つ目の対紛争解決リスク。これはどういうことでしょうか。
ー 鈴木
これは、中国において紛争解決をする、訴訟とか仲裁をする場合のリスクです。日本と中国の裁判所に関してどこが一番違うのか言うと、いわゆる地方保護主義と言われる、地元の企業に有利な判決が下されがちということが挙げられるかと思います。中国国内企業同士でもそういうことが起きます。なぜそういうことが起きるかというと、これもまた中国の裁判所と日本の裁判所の違いなのですが、中国の裁判所では裁判官はそこの地方の裁判所に雇われるという制度になっています。日本だと国家公務員なので裁判官も日本中転勤しますが、中国では基本的には一つの裁判所にずっといることになるわけです。ですので、地方政府と強くパイプを持っている地元企業などと裁判するとなったときに、そういった企業から地元での勝訴を勝ち取ることのハードルが高く、二審、再審などを経て、地方保護主義の影響を踏み越えて初めて納得のいく判断を受けられたということがあります。
ー 須毛原
そういった場合、例えば日系企業も工場を持って税金を納め、雇用の場を提供して税金を納めていると思いますが、その点については考慮されないのでしょうか。
ー 鈴木
まさにおっしゃるとおりで、我々のクライアントが地方の中国企業と争う場合に、我々もこれだけこの地方に貢献していますよということも主張します。
例えばその地元の納税ランキングで上位に入ってくるような日系企業等が、全然端にも棒にもかからない地方の企業と争う場合は、日系企業に有利な判断が下るということもあるかもしれません。逆もまたしかりです。そういう意味でも、どこで争うかということが非常に重要で、最近では大都市ではだいぶこの地方保護主義という考え方も薄れてきていると見受けられますので、地元企業に有利なローカルでやるよりは大都市で訴訟をした方がいいということも考えられるかと思います。
ー 須毛原
訴訟になったときに、日本企業だから必ず負けるということはないですか?
ー 鈴木
そうですね。そこまで極端なことはないですが、明らかに理不尽な判断が下るということも我々は経験していますので、そこはやはり気をつけないといけないと思います。どこで訴訟をやるかというのが非常に重要かと思います。
日本企業が注意すべきは、対政府、対民間、対紛争解決の三つの法的リスク。それらを回避するためにはいずれも細かな注意を怠らないということに尽きます。
次回は、中国における知的財産をめぐる環境の変化について、お話を進めます。