2026年8月中旬、上海と杭州のフィジカルAI企業を回りました。
杭州には「杭州具身智能展示中心」という政府系の施設があります。具身智能、つまりフィジカルAIの展示センターです。入口を入ると、この技術の歴史をたどる展示が始まります。
最初の1枚は、早稲田大学の「WABOT-1」の写真でした。次が、ホンダの「ASIMO」。その先に並ぶのは、中国製と米国製のロボットばかりです。
今回は、この「並び順」を出発点に、中国フィジカルAIの現在地を読み解きます。
① 1972年に、日本は仕様書を書き終えていた
WABOT-1は、1973年に早稲田大学が世に出した、世界初の本格的な人間型ロボットです。開発を率いたのは、日本のヒューマノイドの祖と呼ばれる加藤一郎先生でした。
先日、加藤研究室の系譜を受け継ぐ早稲田大学・菅野重樹教授にお話を伺う機会がありました。そこで見せていただいたのが、1972年にプロジェクトを始めるにあたって定めた「ロボットの条件」です。
人間型の二足歩行で移動する。両腕で作業する。手足の各関節に角度センサーを付ける。平衡機能を持つ。手に接触感覚を持つ。人工の目を持つ。計算機を頭脳として使う。そして、人間との対話を音声で行う——8項目です。
② 中国の本当の強さは、技術を量産と実装に変える「構造」にある
先に結論を。中国の強さは、個別の技術や発明だけではありません。技術を短期間で製品化し、量産し、現場へ投入し、そこで得たデータを次の改善へ戻す——その構造にあります。
第一に、基幹部品とサプライチェーン。EVで培った量産・調達力を転用できます。第二に、検証の場。電力設備の点検、国家級の防災演習、春節の特番——桁違いの現場でデータが積み上がります。第三に、国家の名指しと資金。2026年3月に確定した第15次5カ年計画で具身智能が未来産業に指定され、予算・地方政府・国有企業・銀行が一斉に動きます。
結果として、人型ロボットが100万円を切る水準まで降りてきました。北京賽迪出版伝媒などの市場調査によれば、2025年の世界の人型ロボット出荷台数約1万7,000台のうち、中国企業が約1万4,400台、84.7%を占めたと推計されています。
2026年8月に北京で開かれた「第2回世界人型ロボット運動会」では、100メートル大型組の決勝で8秒64という記録も生まれました。ただし、目立つ競技記録だけで中国の実力を判断するのは早計です。次の数字をご覧ください。
③【数字で見る】Unitree株、上場来高値から56%安(2026年9月11日終値時点)
中国フィジカルAIの象徴であるUnitree(宇樹科技)は、8月19日に上海証券取引所の科創板へ上場しました。公開価格は1株150.80元。初値は1,100元、公開価格の約7.3倍で、上昇率は約629%。時価総額は瞬間的に4,449億元(約10.7兆円)に達しました。当選率は0.0181%と、2026年の新規公開株でも最低水準となりました。
それから3週間。2026年9月11日の終値は477.12元。時価総額は1,929.8億元(約4.6兆円)となり、上場初日の高値1,100元から56.63%下落しました。以下、株価に関する数値はすべてこの日の終値時点のものです。
これを「失望売り」と読むのは早計です。初値形成時には、将来期待と希少性による過熱感があったと見る余地があります。その反動として調整が進んでいる可能性はありますが、現在の株価が同社の妥当な企業価値を示しているかどうかは、今後の成長率と収益性を見なければ判断できません。
実力そのものは改善しています。2026年上半期の売上高は11.52億元で前年同期比+48.54%。帰属純利益は2.74億元となり、前年同期の3,202万元の赤字から黒字へ転換しました。 ただし、非経常項目を除いた実質純利益は2.44億元で、前年同期比19.34%減。研究開発と販売促進への先行投資が利益を圧迫しています。成長と高収益を同時に続けられるかは、これから検証される段階です。
つまりこの産業は、「話を語って資金を集める」段階から「利益で証明する」段階へ移りつつある。Unitreeの上場とその後の株価は、そのことを示しています。数字は、必ず時点を添えて見る必要があります。
④ 米国と日本でも、2026年に動きが加速した
米国では、NVIDIAが2026年6月に公開した学術研究向け人型ロボットの参照設計に、Unitreeの機体H2 Plusが採用されました。Sharpaの五指ハンド、ロボット向けコンピューター「Jetson Thor」、開発基盤「Isaac GR00T」を統合した構成です。米国の基盤技術に中国の機体が組み込まれている。分業はすでに始まっています。
日本でも具体化しています。2026年3月、山善・ツムラ・レオン自動機・INSOL-HIGHの4社がヒューマノイド社会実装コンソーシアム「J-HRTI」を設立。さらに京セラ、神戸製鋼所、ニデックマシンツールなど約20社が参加する国産フィジカルAI搭載切削加工機の共同開発が、2026年10月に始まります。
基盤モデルでは米国に水をあけられています。しかし現場実装と製造分野では、日本にも具体的な座組みが動き始めている。「日本は出遅れている」と一括りにするのは正確ではありません。
⑤ 日本企業にとっての意味
杭州展示センターの展示の並び順は、日本が負けた記録ではありません。「最初の1枚が日本だった」という事実のほうが重要です。
中国が押さえているのは、量産、価格、現場データの厚みです。逆に、業務アプリケーション、現場ごとの実装と保守、データの管理設計は、日本企業の強みが活きます。1972年に仕様書を書けた国が、身体をゼロから作り直す必要はありません。
中国製を含む海外の「身体」に、日本側が業務知識、業務アプリケーション、データガバナンス、現場統合力を載せる。この分離アーキテクチャは、政府のAIロボティクス戦略が示すSDR(Software Defined Robot)化、機能モジュール化、インターフェースやデータ形式の標準化という方向性と親和性があります。
ただし、安全機能、リアルタイムの運動制御、ファームウェア、遠隔更新、保守経路まで外部任せにしてよいという意味ではありません。どこを分離し、どこを機体と一体で管理するかを設計することが前提です。
次号では、この「構造」を6つの要因に分解します。
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今回、解体するのは部品ではありません。中国フィジカルAIの「強さの構造」そのものです。なぜ中国は、これほど速く、これほど安くヒューマノイドを進化させられるのか。基幹部品から産業構造まで、その強さの成り立ちを解体します。
「この中国製ロボットは、自社で使えるか」「この部品だけを買えるか」。経済安全保障に適合した導入の設計を、貴社の状況に合わせてご一緒に考えます。中国製の『身体』に日本の『脳』を載せるという考え方を、具体的な検討に落とし込むための無料相談です。
出典・注記
- 菅野重樹『人が見た夢 ロボットの来た道』(1972年「ロボットの条件」8項目)
- 宇樹科技 招股説明書(2026年8月14日)/上市公告書(2026年8月18日、2026年1〜6月業績を含む) 株価・時価総額は2026年9月11日終値時点。株価・為替により変動します(円換算は1元=24円)。
- 第2回 世界人型ロボット運動会(2026年8月・北京)関連報道(新華網ほか)
- 人型ロボット出荷シェアは北京賽迪出版伝媒などによる市場調査の推計値。
- NVIDIA 学術研究向け人型ロボット参照設計(2026年6月公開)、J-HRTI(2026年3月26日設立)各発表
- 「AIロボティクス戦略」(2026年3月26日策定/同年5月27日一部変更)