人物編について 人物編では「フィジカルAIを動かす人たち」を、中国と欧米から取り上げます。
前回は、上海大学の研究室で四足ロボットを作り、10年かけて自社で担う範囲を広げていったUnitreeの王興興を取り上げました。2016年の創業です。
今回は、大企業での開発経験を重ねてロボット産業へ進んだ人物です。AgiBot(智元機器人)共同創業者の彭志輝。中国の動画サイトBilibiliでは「稚暉君」の名で知られ、「野生の鋼鉄の男」と呼ばれてきた技術者です。
① 専攻は、生物医学工程だった
江西省吉安市の出身。進学したのは電子科技大学でした。なお生年は資料によって記載が分かれるため、本稿では年齢を記していません。意外なのは、学部の専攻です。ロボットでも機械でもなく、生命科学技術学院の生物医学工程でした。2015年に卒業し、同じ大学の情報通信工程学院の大学院へ進んで、2018年に修了しています。
本連載でこれから取り上げる人たちには、専攻の外から来た人が少なくありません。彭志輝もその一人です。学部で学んだ生物医学工程は、人体の信号を計測し、機械で扱う学問です。のちにロボットの知覚と制御へ向かったことを考えると、無関係とも言い切れません。
② OPPOから、華為「天才少年」へ
大学院修了後、OPPO研究院のAI実験室でアルゴリズムエンジニアとして働きます。そして2020年、華為(ファーウェイ)の「天才少年計画」に採用されました。
用語解説 | 華為「天才少年」計画
華為が2019年に始めた、卓越した若手技術者を破格の待遇で採用する制度。年収は中国の新卒水準を大きく超える水準が設定され、採用人数も限られています。単なる高給採用ではなく、国家的な技術競争のなかで若手人材を囲い込む仕組みとして機能してきました。大学の系譜とは別に、企業の育成制度という人材供給路があるわけです。同時に彼は、Bilibiliで技術系の動画を公開し続けていました。自作の自律走行する自転車など、個人の制作物を設計から実装まで詳細に解説する内容です。2021年度の「百大UP主」に選ばれるほどの発信者でもありました。
技術者が個人として作品を公開し、数十万人規模の視聴者を持つ。日本ではあまり見ない形ですが、中国のハードウェア業界では、これが採用にも資金調達にも効きます。彼が創業したとき、すでに名前と実力が知られていたということです。 大企業の中枢にいながら、個人として技術を公開し続ける。この二面性が、のちに効いてきます。
③ 創業から3年足らずの歩み
2022年12月、華為を退職。翌2023年2月に智元機器人を共同創業し、CTOに就任します。
同年8月には、最初の具身智能ロボット「遠征A1」を公開しています。創業から半年です。以後、「遠征」「霊犀」「精霊」といったシリーズを立て続けに発表してきました。
出荷台数については、調査機関によって定義も数値も異なるため断定は避けます。Omdiaの2026年レポートでは、2025年の対象市場においてAgiBotが5,168台、Unitreeが4,200台と推計されています。(なおこの調査の対象には車輪型も含まれており、二足歩行の人型だけの順位ではありません。)
また、これは2026年初に公表されたレポートによる2025年の出荷推計であり、企業が開示した実績とは別のものです。それでも、2023年2月の創業から3年足らずの会社がこの水準に挙げられていることは、注目に値します。
開発の進め方には特徴があります。同社は関節制御やAIを自社で開発しつつ、学習データセットを公開して外部の開発者も呼び込んでいます。自社開発に加えて、外の手を増やす形です。
④ 資本の動かし方は、会社としての選択だった
ここで一点、補っておきます。AgiBotは彭志輝ひとりの会社ではありません。
共同創業者で会長兼CEOを務めるのが、同じく華為出身の鄧泰華氏です。彭志輝の公式な肩書は共同創業者・President・CTOで、技術の側を担っています。以下に挙げる資本の動きは、個人の判断というより、経営陣としての選択と見るべきものです。
2025年、智元系の投資主体である上海智元恒岳科技合伙企業(有限合伙)が、上海証券取引所に上場する上緯新材料科技(688585.SH)の株式58.62%を取得し、支配株主となりました。彭志輝は同社の董事長に就任しています。
自前でIPOを目指したUnitreeとは、違う資本の経路です。ただし、取得したのは智元系の投資主体であり、AgiBot本体ではありません。この取得によってAgiBot本体が上場したわけではない、という点は押さえておく必要があります。
⑤ 二つの経路が、同じ場所で交わる
そして、今回でいちばん書きたいのはここです。
2025年末、工業情報化部に人型ロボット・具身智能の標準化技術委員会が設置されました。正式な設置公告は12月25日付、成立会議は12月26日です。関節インターフェースから安全・倫理まで、産業の土台を決める場です。
その副主任委員に、彭志輝、そして前回取り上げた王興興も就任しています。
片や2016年に杭州で創業し、大学の研究室での試作を起点に自社開発の範囲を広げた人物。片や2023年に上海で創業し、大企業での開発経験を経て、自社開発とデータ公開を組み合わせた人物。創業時期は7年違い、重ねてきた経験も異なります。その二人が、いま同じ標準化の場に座っている。
これは偶然ではないと思います。中国のフィジカルAI産業には、少なくとも二つの人材供給路があります。大学の研究システムと、大企業の人材育成制度。そして国は、その両方から出てきた当事者を、最後は同じ制度の場に集めている。
Vol.7で「中国は場を制度として作りにいった」と書きました。ここで言う「場」は、誰がルールを書くかという場でもあります。
⑥ 師と、制度
前回取り上げたUnitreeの王興興には賈文川という指導教員がいました。彭志輝にも、修士課程の指導教員である陳偉建氏がいます。
時代週報の取材に対し、陳氏は、彭志輝はハードウェアの制作に優れていた一方、当初はソフトウェア・アルゴリズムと口頭での説明に弱さがあったと振り返っています。その両方を鍛えるよう指導したといいます。のちにBilibiliで技術を解説する姿を考えると、この指導は興味深い背景です。
そのうえで、OPPO研究院と華為「天才少年」という企業側の経験が重なります。大学での指導か、企業の制度か——という二者択一ではありません。彭志輝の場合は、その両方が積み重なっています。
日本企業への示唆
事業で組む相手を選ぶとき、技術と財務だけを見ていては足りません。
その企業がどんな経験を積み重ねてきたか——大学の研究なのか、大企業での開発なのか——は、技術の重心がどこにあり、どこに人を厚く置いているかを読む手がかりになります。
ただし、意思決定の速さや組める条件が、それだけで決まるわけではありません。資金、供給網、既存の顧客との関係も重要です。そのうえで、標準を決める側に関与しているといった立ち位置を知ることも、交渉の前提になります。
経済安全保障についても、一点整理しておきます。経営陣に大手通信機器メーカーの出身者がいるという事実だけで、取引の可否が決まるわけではありません。確認すべきなのは、実際の製品と契約の条件です。
稼働データや映像はどこへ送信されるのか。遠隔からのアクセスは誰に許されているのか。ソフトウェアの更新権限は誰が持つのか。契約上、こちらがどこまで管理権限を確保できるのか。この四つを具体的に詰められるかどうかが、実務上の分かれ目になります。相手の出自がわかれば、確認すべき項目も具体的になる——そういう順序です。
AgiBotはすでに日本法人を設立しています。向き合う機会は、確実に増えていくでしょう。
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次号は、大学で研究と教育を続けながら起業し、四足ロボットを産業の現場へ入れていった人物、Deep Robotics創業者 朱秋國を取り上げます。
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出典・注記(2026年10月29日時点)
- 智元創新(上海)科技股份有限公司 公式プロフィール https://www.agibot.com.cn/article/188/detail/112.html (共同創業者・President・CTO)
- 学歴(電子科技大学 生命科学与技術学院 2015年卒/情報与通信工程学院 2018年修了)、OPPO研究院を経て2020年に華為「天才少年」計画、2022年12月退職、2023年2月 智元機器人 共同創業は、AgiBot公式人物紹介による。出身地・Bilibili活動に関する記述は各種報道による。
- 「上緯新材料科技(688585.SH)開示資料 ── 株式58.62%の取得主体は上海智元恒岳科技合伙企業(有限合伙)。
- 工業情報化部 人形機器人与具身智能標準化技術委員会 ── 委員名簿(彭志輝氏・王興興氏はいずれも副主任委員)、設置公告(2025年12月25日付)、成立会議(同年12月26日)。https://miittc8.cie.org.cn/
- Omdia『Market Radar – General-purpose Embodied Intelligent Robot – 2026』── 2026年初に公表されたレポートによる2025年の出荷推計(AgiBot 5,168台、Unitree 4,200台)。対象には車輪型を含む。企業開示の実績値ではない。調査機関により対象範囲・定義は異なる。
- 修士課程の指導教員は陳偉建氏。指導内容に関する証言は、時代週報(2021年10月13日)による陳偉建氏への直接取材記事。
- 電子科技大学 彭志輝氏への公式インタビュー(2026年9月13日)。大学側の記事であり、上記の指導教員の証言とは別の出典。