第7回  中国・米国・日本——フィジカルAIで、本当に差がついているのは何か 2026.10.15 フィジカルAIの今

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この連載について 「フィジカルAIの今」。中国だけを見ていては、この産業は読み違えます。基盤モデルで先行する米国、現場実装に独自の強みを持つ日本——この3つを並べて追いかけることで、世界のフィジカルAIがいまどこにいるのかを掴んでいただくことを目指します。


日本のフィジカルAI政策は、「2040年度までにAIロボットを1,000万台導入し、世界市場の3割超、20兆円を獲る。」という具体的な数字になっています。 投資規模についても、2040年度までに官民合わせて10兆5,000億円という数字が示されています。 ただしこれは確定した予算ではなく、想定される投資規模です。フィジカルAIは「AI・半導体」という重点分野のなかの主要技術として位置づけられており、単独で一分野を構成しているわけではありません。ここは報道で混同されがちなので、先に整理しておきます。

一方、9月に都内で開かれたフィジカルAIの大型カンファレンスでは、ある経営者からこういう言葉が出ました。周回遅れもいいところだ、と。インターネットの時代には世界に食らいついていたのに、生成AI以降の3年10ヶ月で決定的に離された、という趣旨でした。

国家目標と、現場の実感。この落差をどう読むか。三つの層に分けて、中国・米国・日本を比較していきます。

① 大脳(基盤モデル)

最も差がついているのが、この層です。
VLA基盤モデルを手がけるPhysical Intelligence、ヒューマノイドのFigure AI、開発基盤を押さえるNVIDIA。Figure AIは2025年9月に10億ドルを超えるシリーズCを発表しました。1社が単独で動かせる資金の桁が違います。

ただし「米国だけ」ではありません。中国からもDeepSeek、Moonshot AI、アリババのQwenなどの基盤モデルが登場しています。日本でも国産のマルチモーダル基盤モデルを開発する動きが始まりました。 差があるのは事実ですが、「米国だけが大脳を持っている」という整理は、正確ではありません。

② 量産

ここは中国が圧倒しています。2025年の世界の人型ロボット出荷台数は約1万7,000台、うち中国企業が約1万4,400台で84.7%を占めたと推計されています(北京賽迪出版伝媒などの市場調査)。人型ロボットが100万円を切り、Unitreeが上海に上場し、AgiBotが香港上場の手続きに入りました。

背景にあるのは、EVで積み上げた生産基盤です。モーター、電池、パワー半導体、精密加工、そして調達網。国際エネルギー機関(IEA)の集計では、2025年の電動乗用車の販売台数は中国が1,300万台超(日本は10万台強)でした。このパイプの太さが、そのまま部品の調達単価と試作の速度になります。

一方、精密減速機や直動案内では、日本メーカーが引き続き高いシェアを持つとされます。部品ごとに事実は違い、その見極めがそのまま調達戦略になります。

③ 実装

ここは、まだ決着がついていません。

9月のフィジカルAIカンファレンスで、ロボット議員連盟事務局長の山田太郎氏が、欧米のキープレイヤーを2週間かけて回った報告として述べていました。物を掴んで運ぶだけなら8割から9割は成功する。だが連続した複雑な作業になると精度は2割を切る。そして必要なデータは300万時間を超えるのに、現場で集まるのは、せいぜい1万時間。

同じ場でMujinの滝野一征氏も、ロボットが「動く」ことと「働く」ことの間にはまだ大きな隔たりがあると語りました。1時間に1,000ケースを捌く現場で精度99.9%といえば、平均して1時間に1件の処理失敗が生じる計算になります。

この層で問われるのは、モデルの性能だけではありません。既存の生産設備や基幹システムとどう接続するか、品質保証をどう作り込むか、止まったときに誰がどう復旧するか。いずれも、現場を長く回してきた企業に蓄積がある領域です。 三つの層のうち、日本企業が自社の蓄積を持ち込めるのは、ここではないでしょうか。

④ 差がついているのは、技術力だけではない

ここまでを踏まえて、冒頭の「周回遅れ」をどう読むか。

技術課題は、三国に共通して残っています。連続作業の成功率も、データ不足も、どの国も抱えている。差がついているのは技術力だけではなく、現場で試し、改善を重ねる速度にもある、と見るのが正確だと思います。

そして中国は、その速度を上げる仕組みを制度として作りにいきました。
2025年12月、工業情報化部に人形ロボット・具身智能の標準化技術委員会が設置。2026年2月には、関節インターフェースから安全・倫理までを対象とする標準体系が公表されました。ただし体系の公表と、個々の規格の制定は別です。委員会の公表済み規格はまだ限られており、多くは策定の途上にあります。
むしろ即効性があるのは、2026年6月に工業情報化部と国務院国有資産監督管理委員会が連名で出した「実景実訓特別行動」でしょう。工業・サービス・特殊用途の現場で実地訓練を行い、2026年末までに100件以上の応用シーンを創出し、1万台規模の導入能力を形成する。対象は北京、天津、上海、江蘇、浙江など10省市と、主要な中央企業です。
現場を開く号令を、省と中央企業に向けて出した。これが「試す回数」の差になります。

⑤ では、日本はどう動けるか

2040年度までに1,000万台という目標は、数値目標である前に「場を作る宣言」として読むべきものです。戦略は対象を18分野に広げ、短期では多くの現場に共通するタスク——点検、搬送、清掃、入出荷・パレタイズ、ハンドリング、溶接・塗装——を先行対象に指定しました。どこから実装するかを、タスクのレベルまで絞り込んでいます。

もうひとつ、カンファレンスで繰り返し語られたのが「官需」という考え方でした。補助金ではなく、政府が買う。量産が回れば値が下がり、値が下がれば民間の現場が導入できる。同じ場で紹介された国産汎用ロボット開発コンペも、賞金を出すのではなく、開発された機体の調達につなげる設計だと説明されていました。

そして日本が強みを持つ現場があります。超高齢社会の介護・ヘルスケア、災害多発国としての災害対応、世界有数の製造現場。政府がこれを「特徴あるビッグデータ」と呼ぶのは、レトリックではありません。 ただし、現場があるだけではデータは増えません。誰がどう集め、誰が使う権利を持ち、品質をどう担保し、そこで得た改善をどう現場へ戻すのか。この設計がなければ、現場は宝の持ち腐れになります。中国が標準化と実景実訓でやろうとしているのは、まさにこの設計です。

日本企業にとっての意味

三つの層のうち、大脳は調達できます。身体も調達できます。しかし、長年かけて積み上げた製造現場の勘所や、介護の現場で何が起きるかという知識は、どこからも買えません。

だとすれば、問うべきは「どの国が勝つか」ではありません。
自社の現場は、誰にとっての「場」になりうるのか。
そこで取れるデータを、どういう条件で、誰に渡し、何を自社で握るのか。
これが、フィジカルAIの導入を検討するときの最初の問いになります。

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次号から、フィジカルAI人物編をお届けします。
第1回はUnitree創業者の王興興氏、第2回はAgiBot共同創業者の彭志輝氏、第3回はDeep Roboticsの創業者の朱秋國氏を予定。異なる時期に、異なる経路からロボット産業へ進んだ3人です。

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出典・注記(2026年10月12日時点)

  • 経済産業省ほか「AIロボティクス戦略」(2026年3月26日策定/同年5月27日一部変更)、AIロボティクス実装ロードマップ
  • 内閣府 経済財政諮問会議 資料(2026年6月24日)https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2026/0624_shiryo01.pdf
  • Figure AI「Series C」発表(2025年9月)https://www.figure.ai/news/series-c
  • フィジカルAIサミット(2026年9月16日・大手町/主催:RX Japan、共催:AIロボット協会・日本ディープラーニング協会)における山田太郎氏、滝野一征氏の講演。数値は当日の発言にもとづく。
  • 工業情報化部・国務院国有資産監督管理委員会「関于聯合開展2026年度人形機器人与具身智能実景実訓専項行動的通知」(2026年6月8日)https://www.ncsti.gov.cn/kjdt/tzgg/202606/t20260609_249248.html
  • 『人形機器人与具身智能標準体系(2026年版)』(2026年2月公表)。個別規格の制定状況は工業情報化部 人形機器人与具身智能標準化技術委員会サイト https://miittc8.cie.org.cn/ を参照。
  • 人型ロボット出荷シェア84.7%は北京賽迪出版伝媒などによる市場調査の推計値。

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