社長エッセイ

社長の日曜日 vol.32 戦争と対話と 2023.11.13 社長エッセイ by 須毛原勲

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 日毎に寒さが増してきた。東京では紅葉はまだ本格的には始まっていないが、落ち葉がいつものジョギングコースを覆っており、そのサクサクとした感触が心地良い。

 阪神タイガースが38年ぶりの日本一に輝いた。38年前、それは1985年のことである。バース、掛布、岡田を有する吉田監督の阪神タイガースと、工藤公康や東尾修らの抜群の投手陣、広岡監督率いる西武ライオンズの対決だった。当時、社会人1年目だった私は、所属していた部署に猛烈な阪神ファンの先輩がおり、彼がとても喜んでいたのを思い出す。学生時代は西武線沿線に住んでいたこともあり、西武を応援していた私は、その時の寂しさを今も覚えている。阪神の1985年の優勝は、1947年以来38年振りのことであった。そして今また、38年ぶりの栄光が訪れた。

 実は現在の私は巨人ファンである。2019年に北京から帰国して以来、特にコロナ禍でテレビ観戦の機会が増え、より一層巨人のファンになった。そのため、今回の阪神の優勝に関するニュースはできるだけ避けてやり過ごしていた。

 毎朝、ジョギングをしながら、日経の英語ニュースアプリ『LissN』を聴いているのだが、11日の朝、「The long-awaited dream has been realized.」という言葉でナレーションが始まった瞬間イヤな予感がした。約2分間、阪神ファンがいかに優勝を喜んだかを英語で聞かされた。悔しいが、阪神ファンの皆さん、おめでとうございます。

 スポーツの熱戦に一喜一憂できる平和を享受している私たちではあるが、世界のあちこちでは紛争が起きていることに目を向けなくてはならない。

 10月7日の、パレスチナイスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃とそれに対するイスラエル軍の報復攻撃開始から1か月が経った。ガザ保健省によると11日時点でパレスチナ側の死傷者数は11,708人に上り、ロイター通信によればイスラエル側の死者数は1,200人に達している。イスラエル軍はパレスチナ自治区ガザへの地上侵攻を続けている。

 欧州の主要都市では11日に、パレスチナへの連帯とイスラエルへの即時停戦を求める大規模デモが行われた。特にロンドンでは約30万人が市内中心部を行進し、イスラエル軍のガザ地区への攻撃に抗議した。このデモはイギリス国内で行われている週末の反戦デモの中で最大規模のものとなった。

 米国では、1948年のイスラエル建国宣言以来、長年にわたりイスラエル寄りの外交政策が取られてきたが、近年はその風向きが変わりつつある。特に10月13日にイスラエルがガザ北部の住民に退避命令を出したことがきっかけで、パレスチナ支持の声が高まり、Z世代を中心とする若者がSNSを活用して一般市民への被害に対する同情論を拡散し、大規模な反戦デモを呼び起こしている。また、ハーバード大学やコロンビア大学などでは反イスラエルの運動が頻繁に行われている。

 そのような中、米国のブリンケン国務長官は中東を精力的に訪問している。3日にイスラエルを訪れネタニヤフ首相と会談し、4日にヨルダンを訪問し、カタール、ヨルダン、エジプト、サウジアラビア、UAEの外相と会談。5日にはイラクを訪れスダニ首相と、同日にパレスチナ自治政府のアッバス議長と会談した。さらに6日にはトルコを訪れフィダン外相と会談している。

 日本の上川陽子外相は2日から5日の日程でイスラエル、パレスチナ自治区、ヨルダンを訪問し、積極的な外交活動を展開した。日本は原油輸入の9割を中東に依存しており、中東と日本の関係は他のG7各国とは異なる。この立場を活用し、日本の中東へのバランス外交の効果を最大限に発揮することが期待されている。

 さらに、日米欧などG7各国の外相は8日、都内での2日間の討議を終え、パレスチナ自治区ガザの人道支援に向けて、戦闘の一時的な停止を支持する共同声明を発表した。

 イスラエルは11月9日、ガザ地区北部で毎日4時間の戦闘休止を実施することにした。民間人の避難のために2つの「人道回廊」を設けることになったが、イスラエルがハマスの壊滅を目指す方針に変わりはなく、ガザの民間人の犠牲が増え続ける中で人道危機に歯止めがかかるかが注目されている。

 日本国内でも、この件に関する報道が連日なされている。SNSを通じて拡散される戦場の悲惨な写真は、戦争の残酷さを生々しく伝えている。それらを目の当たりにすると、何もできない自分の無力さを痛感し、虚しさが心に広がる。

 世界の情勢は絶えず変動している。

 9日から2日間、アメリカのイエレン財務長官は、中国の何立峰副首相をサンフランシスコに招いて会談を行った。会談後の10日に開かれた記者会見で、イエレン長官は会談が建設的であったと述べ、「両国間の健全な経済関係構築に向けて協議した」と強調した。また、「定期的な対話の強化」について何副首相と合意し、来年中国を訪問する予定を明らかにした。一方、中国外務省によると、習近平国家主席は14日から17日にサンフランシスコを訪れ、APEC首脳会議に出席する。また、この訪問中にバイデン大統領との首脳会談が実現する見込みだ。習氏の訪米は2017年4月以来、約6年ぶりとなる。

 11月初めには、オーストラリアのアルバニージー首相が、7年ぶりに中国を訪問した。この訪問では、既に合意しているワインへの税率218%に加え中豪貿易の制限緩和について議論された。

 また、9日には秋葉剛男国家安全保障局長が中国を訪問し、王毅外相と面談を行った。さらに、15日から17日にサンフランシスコで開催されるAPEC会議において、日中首脳会談の開催が調整中と報じられている。現在、日本と中国の関係における主要な問題は、福島第一原発の処理水問題に起因する日本の水産物への全面的な輸入禁止である。この問題の解決策は不明だが、何らかの進展が望まれる。

 

 10月27日、中国の李克強前総理が上海で心臓発作のため死去した。享年68歳である。その早すぎる死に、多くの人々が悲しみに暮れている。

 時は遡って2018年9月、日中経済協会合同訪中団が北京を訪問した際、私もその一員として参加した。三団体のトップと李克強総理との会談は人民大会堂で開催され、私はその場に同席した。会談が終わり李克強総理が退席される時、通路側にいた私に向かって総理が手を差し出された。

 彼が私に言葉をかけ微笑む中、私はその手を握り返した。彼の右手は大きく力強かった。私は、その場において李克強総理と握手を交わした唯一の日本人となった。

 李克強総理のご冥福を心よりお祈りする。

11月12日記

by 須毛原勲

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