社長エッセイ

社長の日曜日 vol.31 Invictus (インビクタス/ 負けざる者たち) 2023.10.30 社長エッセイ by 須毛原勲

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 朝は少し寒く感じるほどになってきて、手袋をするランナーが増えてきた。体調が回復したのでジョギングを再開したがまだ万全とまでは行かず、スローペースでのジョギング。無理せず、少しずつペースを戻していこうと思う。

 日曜日の早朝4時前に起きて、ラグビーワールドカップの決勝戦を観戦した。決勝は2連覇を目指す南アフリカと、2大会ぶりの優勝を目指すニュージーランドの対戦。お互いに史上最多の4度目の頂点をかけた戦いだった。

 文字通り、最後までどちらが勝つか分からない手に汗握る接戦だった。前半にニュージーランドのフランカー、サム・ケーン主将がイエローカードからレッドカードに判定がアップグレードされ退場となり、結局最後までニュージーランドは14人で戦った。後半に入ってすぐ、今度は南アフリカのフランカー、シヤ・コリシ主将がイエローカードで10分間の退場となった。後半の最後には、得点が12対11という状況で、ペナルティ一つで逆転の可能性があった中、南アフリカの俊足ウィング、チェズリン・コルビ選手が相手のパスボールを故意にはたき、イエローカードを受けた。ベンチに下がってからずっと顔を上げられず、試合を見ることができなかったコルビ選手の落胆した姿が痛々しかった。

 どちらが勝っても不思議ではない展開だった。雨の影響でボールが滑りやすく、速いパス回しがプレースタイルのオールブラックスには不利だったとも言える。最終的にはペナルティーキックの精度が勝敗を分けた。

 リーグワンの横浜キャノンイーグルスで昨シーズンからプレーしている南アフリカ代表のスクラムハーフのファフ・デ・クラーク選手は、終始献身的なプレーを見せた。大男たちの中でひときわ小柄な身体で、長い金髪を振り乱してのプレーが印象的で、優勝が決まった際の彼の喜びの姿が印象的だった。南アフリカのラグビー代表チームは「スプリングボックス」として知られるが、これは、南アフリカの国の動物であるスプリングボック(Springbok)に由来している。この動物は、南アフリカの国民の誇りを象徴する存在である。デ・クラーク選手のプレーは、草原を軽やかに跳ねる小柄なスプリングボックを彷彿とさせる。

 南アフリカは、シンガポール駐在時代に何度も訪れた、私にとって思い入れのある国である。ヨハネスブルグ、プレトリア、ダーバン、ケープタウンといった都市を訪問した。ヨハネスブルグのエリスパークでは、友人のK氏と会社のスタッフと一緒にスプリングボックス対フランス戦を観戦したこともあり、その際に手に入れたスプリングボックスのジャージやウィンドブレーカーを今でも大切にしている。

 初めて南アフリカを訪問したのは1998年で、アパルトヘイトが撤廃されてからまだ4年しか経っていなかった。アパルトヘイト(アフリカーンス語: Apartheid)は、アフリカーンス語で「分離、隔離」を意味する言葉であり、南アフリカ共和国における白人と非白人の関係を規定する人種隔離政策を指すものである(ウィキペディアより)。1994年には全人種による初の総選挙が行われ、この制度は撤廃された。

 1998年にヨハネスブルグを訪問した際、至る所でアパルトヘイトの名残を目にし、その光景に衝撃を受けたことを深く記憶している。

 2009年、名匠クリント・イーストウッド監督の映画『Invictus』(邦題:インビクタス/負けざる者たち)が公開された。この作品は1995年ヨハネスブルグで開催された第3回ラグビーワールドカップにおける南アフリカチームの快進撃を描いている。アパルトヘイトが撤廃された後も人種間の対立が残る南アフリカにおいて、ラグビーは国民の間で不人気なスポーツだった。しかし、ネルソン・マンデラ大統領はラグビーチームを国の和解と団結の象徴として存続させることを決意し、そして自国での開催となった1995年のワールドカップで、南アフリカは初出場にして初優勝を果たした。

 「Invictus」とはラテン語で「無敵」を意味する言葉である。映画のタイトルは、ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩「Invictus」にちなんでおり、この詩は困難な状況でも屈せずに立ち向かう精神を称賛している。

 かつて「白人のスポーツ」と言われていた南アフリカのラグビー代表チームの現在の主将は、黒人のシヤ・コリシ選手である。彼の素晴らしい優勝インタビューには感銘を受けた。

 楽しみしていた51日間にわたるラグビーのワールドカップが終わった。私は、次回のオーストラリアでのラグビーワールドカップに観に行くことを決意した。

 試合が終わった直後、南アフリカの友人にWhatsAppでメッセージを送った。

   “Congratulations!”

   瞬く間に返信が来た。

   “We are celebrating, so proud of our team and country.”

   “See you in Australia four years later.”と返す。

   “Will do so.” とまた秒で返信が届いた。今、彼はケープタウンに住んでいる。

 南アフリカと言えば、何かと話題のイーロン・マスクも南アフリカ出身である。折しも彼に関する著作『イーロン・マスク』(ウォルター・アイザックソン著)という上下巻約900ページを一気に読了したところだった。その内容に圧倒された。

 「感情を逆なでしてしまった方々に、一言、申し上げたい。私は電気自動車の業界を一新した。宇宙船で火を火星に送ろうとしている。私がごく普通の人間であると、真剣に考えているのだろうか?」(上記本より引用)

 狂気のある人間が必ずしも成功するわけではないが、成功を収める人間にはある種の狂気や異常な情熱が必要であると感じる。

 そして、南アフリカ出身のイーロン・マスクにも、「Invictus」の精神が宿っているのではないかと思う。

10月29日記

私と南アフリカとの関わりについては、当社ホームページの”創業者が語るストーリー” https://sugena.co.jp/company/message/ に詳しく掲載していますので、興味のある方はぜひご一読ください。

by 須毛原勲

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