社長エッセイ

社長の日曜日 vol.46 翡翠 2024.03.04 社長エッセイ by 須毛原勲

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 朝、公園の池の周囲に人だかりができていた。何事かと思い近づいてみると、カワセミが小枝に留まっている。青色、あるいは緑色と言えるその翼が非常に美しい。しかし、近づいた瞬間、カワセミは身軽な体で飛び立ってしまった。カワセミは夏の季語だが、ランニングコースの途中で季節を問わずしばしば見かける。3月に入って寒さが逆戻りし、朝の空気はまだ冷たかった。

 先週、大谷翔平選手の結婚のニュースが世間を賑わせていた。彼が囲み取材に応じた際の態度は非常に大人びており、必要以上の詳細には言及せず、例えば「プロポーズの言葉は?」や「入籍日はいつ?」といった質問に対しても、具体的な返答を避けつつ上手に対応していた。記者の不躾な質問に苛立つこともなく、大人の対応だった。日本中、いや世界中の多くの女性がショックを受けたようだが、彼の選んだ奥様が彼の最強のサポーターとなり、彼の人生がより充実することを皆が願っているには違いない。心から祝福したい。

 一方で、清涼感を欠いた対応が目立ったのは政治家たちである。自民党派閥の裏金問題を受け、安倍派の幹部4人が衆議院政治倫理審査会に出席した。彼らは政治不信を招いたことについて謝罪しつつも、全員が自己の関与を否定している。裏金に関しては、事務所の秘書(会計管理者)が管理していたとし、自らは知らない立場だったと主張している。しかし、松野氏は裏金が「政治活動費として適切な使途に充てられた」とし、「政治資金として使えば所得税は非課税になる」と説明している。塩谷氏は「政治活動費に使用しているため、納税の必要はない」と明言しているが、裏金の存在を知らずにいたとしながら、どうして使途が政治活動であると断言できるだろうか。全くの自己矛盾である。

 さて、私はと言えば、2か月ぶりに中国へ出張、上海市、合肥市(安徽省)、杭州市(浙江省)を訪問した。

 上海はとても寒く、空港に到着した時みぞれが降っていた。ホテル近くの馴染みの焼き鳥店で店主と様々な話をしたが、彼女は中国の経済状況は相当悪いと言っていた。かつて3軒の店を経営していたが、新型コロナウイルスの影響で1軒を閉じた。さらに、家賃の値上げが予定されており、値上げされれば店を閉める可能性もあるという。私がいる間、絶えず客が訪れていたが、長居せずに立ち去ることが多く、中国人客の多くはお酒を飲まないという。特に若者でお酒を飲む人は3割程度。客単価は以前よりも悪いという。私が上海に駐在していた頃は、焼き鳥1本10元が130円とか150円の為替レートだったが、今は、1本10元は200円。手羽先は1本38元、760円であり、東京でも珍しい価格である。

 今回の移動は全て高速鉄道である高鉄を利用した。日本の空港に匹敵するくらい大規模な駅から出発するのだが、景気が悪いとはいえ、多くの人が移動している様子が見受けられた。ホームへと降りる際にゲートで並んでいると、昔さながらに割り込む人がいた。中国に駐在していた時に学んだ「请你排队一下」(並んでください)や、「不要插队」(割り込みしないでください)を使う場面があった。以前よりは改善したとは言え、このあたりはあまり昔とは変わらない。

 前回12月の出張時に中国のSIMカードを購入し、中国の銀行情報も更新したため、今回の出張中は中国のSNS最大手のWeChat(微信)を使用してあらゆる支払いが可能であった。タクシーはもちろん、レストランでもほとんどが店内のQRコードをスキャンしてメニューをダウンロードし、注文と支払いを携帯電話から行う方式が徹底されている。この方法は便利ではあるが、同時に過度に依存しているようにも感じられる。中国でも、携帯を使い慣れていない高齢者は、早すぎる社会の変化について行けていないようだ。

 今回の出張では、あるプロジェクトで中国の企業を訪問したのだが、中国人とのコミュニケーションについて感じた点を書いておきたい。

 日頃コミュニケーションはWeChatとメールを併用して行っているが、WeChatの使用は日常的である。夜間や週末でも、必要があればメッセージが送られてくる。WeChatでは既読の表示がないため、送信者は相手がメッセージを読んだかどうかはわからない。両者のコミュニケーションが成立していれば、通常、返信は速やかである。問い合わせに対する回答に時間が必要な場合には、受領の知らせと回答可能な時期に関する情報が迅速に提供される。返信がない場合は、コミュニケーションを避けたい意図があると考えられる。また、春節や元宵節※など季節の節目にはWeChatで挨拶を交わすのが一般的である。

 WeChatによるコミュニケーションは中国人とのやり取りそのものに等しいが、その迅速性や頻度が煩わしいと感じる日本人もいるかもしれない。一部には過剰にメッセージを送る人もいて、私の知り合いにもそうした人がいる。「中国人ではそれが当たり前で、日本人はそれに慣れなくてはダメですよ」とうそぶくが、そういった度を越えた中国人はごくごく少数であり、多数は礼儀を重んじている。

 セキュリティ上の懸念がある場合、重要な情報はメールで交換することが望ましい。オンライン会議にはVooV(Tencent Meetingの海外版)を使用すると便利である。特に国際的なビジネスコミュニケーションでは、Microsoft Teamsの使用が一般的である。(Zoomは中国では利用者が少なくなってきているようだ。)

 今回の出張では、昨年10月からコミュニケーションを開始した企業を再訪した。これまでのやり取りは日常的にはWeChatのみを通じて行われており、互いの迅速なレスポンスや情報の整理、言葉遣いなどを通じて関係を構築してきた。離れていても、気持ちや人間性は伝わるのである。

 今回の打ち合わせは非常に親密な雰囲気の中で進行することができた。以前から一緒に仕事をしてきた仲間のような関係だった。対面での打ち合わせ(Face to Face)の重要性は認めつつも、WeChatを介したコミュニケーションだけでも十分に信頼関係を築けることが自分の中で再確認できたように思う。当方からの厳しい要求に対する彼らの対応には大きな誠意が感じられた。これは、WeChatを通じて築かれた信頼関係が深まっているからこそのことである。

 たかがWeChat、されどWeChatなのである。

 プロジェクトが正式にスタートしていない状況を踏まえ、空港での出迎えや会食の提案は断ったのだが、会議が終盤に差し掛かった際、董事長(会長兼CEO)が特別に会議室まで挨拶に来てくれた。短時間だったが、中国語で歓談。どんなに発音が下手でも、ここは自分の言葉で話すのが礼儀。水戸訛りの中国語で頑張った。

 出張から戻ると、妻が私の好物の桜餅を用意しておいてくれた。春の香りである。

3月3日記

※元宵節は、旧暦の1月15日にあたる。春節(旧正月)の締めくくりとされ、ランタン(提灯)を飾ったり、灯籠を空に飛ばしたりする「灯篭祭り」としても知られている。

by 須毛原勲

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