前回までのあらすじ
第1部では、AIは中国で生活のインフラとして定着し、豆包などのAIアシスタントが日常の様々なタスクを担うようになった実情をお伝えしました。人々はAIを単なる検索ツールではなく、暮らしの入り口として活用し始めています。
第2部 「答える」から「仕上げる」へ ― 仕事と学習の現場で
仕事のパートナーとしてのAI
生活の場面に加えて、AIによるオフィスワークも中国で急速に広がっています。QuestMobileのデータによれば、2026年の中国のAIアプリは、単なるチャットから、さらに「エージェント化」へと向かいつつあります。簡単に言えば、かつてのAIは主に質問に答える役割でしたが、いまのAIはユーザーの要望の全体を理解し、複数の手順を連続してこなそうと試み始めている、ということです。

たとえば、かつてユーザーはAIにこう尋ねていたかもしれません。「メールを1通書いて」。いまなら、こう言うでしょう。「今回の会議の要点を整理して、それから顧客に送るフォローのメールを書いて、さらに要点をパワーポイントにまとめて」。
AIが担う役割は、「質問に答える」ことから「仕事を仕上げる」ことへと変わりつつあります。
同時に、豆包、DeepSeek、KimiはいずれもAI製品でありながら、ユーザーのあいだで次第に異なる印象を形づくってきました。
豆包は、より「日常のアシスタント」に近い存在です。使える範囲が非常に広く、休暇申請のメールを書かせる、旅行の計画を立てさせる、文章を直させる、問題を解説させる、さらには語学学習を手伝わせることもできます。その強みは、手軽さ、速さ、そして使える場面の広さにあります。
DeepSeekは、複雑な問題に使われやすい存在です。とりわけ2025年に爆発的に広まって以降、DeepSeekは中国で「推論型AI」という非常にはっきりした認識を確立しました。2026年には、アプリの月間アクティブユーザーは約1億3,000万人に達しています。QuestMobileのデータによれば、DeepSeekのユーザーのうち、利用時間が10分を超える深いユーザーの比率は30%で、豆包の27.5%を上回ります。これは、DeepSeekが継続的な分析と思考を要する仕事、たとえば複雑な問題の研究、資料分析、コードの記述、ビジネス上の判断といった用途に使われやすいことを示しています。
Kimiは、また別の特色を築いています。早い時期から長文処理の能力で注目を集めており、そのため長い報告書、論文、契約書、その他の大量の資料を読むのにとくに向いています。学生、研究者、企業の社員にとっては、大量の情報を素早く読み、整理するのを助けてくれる資料分析アシスタントに近い存在です。
したがって、普通の中国のユーザーにとって、AIはもはや抽象的な「人工知能モデル」ではなく、次第に「道具箱」のような概念になってきました。豆包は日常の用事に、DeepSeekは複雑な思考に、Kimiは長い文書や知識労働、プログラミングといった仕事に向いている、というわけです。
この変化は、実はきわめて重要です。かつて人々は「どの検索エンジンが1番いいか」を問うことに慣れていました。いま中国のユーザーが身につけつつあるのは、新しい使い方の習慣です。万能のAIをひとつ探すのではなく、仕事の性質に応じて異なるAIを選ぶ、という習慣です。
そして、この「AIの道具化」の流れは、若者の学習の場面でとりわけはっきりと表れています。
AIが若者の学習に入り込む
AIを使う人々のなかでも、若者、とりわけ学生は非常に活発な層です。
AIは、「問題にぶつかる ― 答えを検索する ― 自分で理解する」という従来の学習のかたちを変えつつあります。
以前なら、解けない数学の問題にぶつかった学生は、検索エンジンで似た問題を探したり、動画サイトで解説動画を探したりしたでしょう。いまは、問題を写真に撮ってAIに送りさえすれば、そのまま解き方を説明させることができます。最初の説明が理解できなければ、さらに問い返すこともできます。「別のやり方で説明できますか」「なぜこの手順はこうするのですか」。似た問題をいくつか出してもらって、練習することさえできます。
検索エンジンと比べたとき、AIの最大の違いは、それが繰り返し問い返せる相手だという点にあります。
中国青少年研究センターが7つの省・市の小中高生8,563人を対象におこなった調査によれば、60%を超える生徒が生成AIを使った経験があり、その内訳は小学生60.0%、中学生56.1%、高校生69.5%でした。生成AIを使う生徒のうち、71.0%が宿題の補助にAIを用いています。
生徒の側から見れば、これはもちろん、たいへん便利なことです。かつては1時間かけてようやく答えにたどり着いた問題が、いまは数分で片づきます。かつては翌日まで待って先生に聞くしかなかった問題を、いまは夜、家に帰ってからそのままAIに尋ねることができます。授業中に手を挙げて質問したがらない生徒にとって、AIは心理的な負担がほとんどない学習の手段でもあります。
しかし、問題もまた、まさにここに現れます。
調査によれば、20.5%の子どもが、自分は思考をAIに頼るほうを選びたいと答えています。ここに新しい問題が現れていることが分かります。AIが人に代わって考えることをますます得意にしていくとき、人は自ら考える習慣を、少しずつ失っていくのではないか、という問題です。
この懸念は、すでに少なからぬ中国の保護者や教育関係者の関心を集めています。
かつて人々は、検索エンジンが若者を「覚えたがらない」ようにするのではないかと心配しました。その後は、ショート動画が人から集中力を奪うのではないかと心配しました。AIがもたらす問題は、おそらくもっと深いところにあります。検索エンジンは人が情報を探すのを助けるだけでしたが、AIはすでに、思考の過程そのものに直接参加し始めているからです。

たとえば、難しい問題に向き合った学生は、かつてなら30分かけて自分で試し、失敗し、考え直し、ようやく答えにたどり着いたかもしれません。いまは、問題をAIに渡せば、数秒後には完全な解答が返ってきます。
効率はたしかに上がりました。しかし、あの30分の「苦しい思考」そのものも、学習の一部だったのではないでしょうか。
この矛盾は、実は大人にも存在します。ある調査では、回答者の半数以上が、自分の独立した思考力に、程度の差はあれ低下が生じたと感じていました。30.52%の人が、自分の考えをAIの出力と比べたあとに「自分の能力が足りない」という不安を抱いたことがあると答え、22.08%の人が、AIを長く使ううちに自ら考えようとする意欲が弱まったと答えています。
こうして見ると、AIが本当にもたらす課題は、「使えるかどうか」だけではなく、「使いすぎないでいられるかどうか」なのかもしれません。
もし、どんな問題にぶつかっても、最初の反応がつねに「まずAIに聞く」であるなら、長い時間が経ったあとに変わっているのは、仕事の効率だけではなく、人の思考のかたちそのものかもしれません。
そして、AIが学習の領域に入って変えるのが人の「考え方」だとすれば、感情の領域に入ったあとに変えるのは、おそらく人と人との関係です。
【次回予告】
考える過程を手放したとき、人は何を失うのか。この問いは学習の場にとどまりません。
最終回では、AIが感情の領域に入り込み、一部の中国人にとって「友だち」になっていく過程と、2026年7月にそれが受けた現実の試練、そして人と道具の関係そのものの変化を見ていきます。
