去る9月16日、東京・大手町で開催された「フィジカルAIサミット」(主催:RX Japan)に出席してきました。朝9時、大広間はほぼ満席。1000人はいたでしょうか。
前号では、杭州の展示センターで見たものから、中国の強さは「技術を量産と実装に変える構造」にあると書きました。
今号は、その構造を6つに分解します。
その前に、このイベントで聞いたことをお伝えします。6つのうち、どこが日本の急所なのかが、はっきり見えたからです。
① フィジカルAIサミットで語られた、三つの現実
開会は、赤澤亮正 経済産業大臣のビデオメッセージ。2040年度までに1000万台規模のAIロボットを導入し、世界シェアの3割超、20兆円の市場を獲る。日本の勝ち筋は、介護・ヘルスケア、災害対応、世界有数の製造現場という「特徴あるビッグデータ」にある、と。
続いて、参議院議員でロボット議員連盟事務局長の山田太郎氏。2週間かけて欧米のキープレイヤーを回ってきたばかりだといいます。ボストン・ダイナミクス、Physical Intelligence、NVIDIA。その報告の結論が、意外でした。AIからだけのアプローチでは、かなり厳しい——。 物を掴んで運ぶだけなら8割から9割は成功する。だが連続した複雑な作業になると精度は2割を切る。そして必要なデータは300万時間を超えるのに、現場で集まるのは、せいぜい1万時間。この数字は、後ほどもう一度出てきます。
午後、Mujinの滝野一征氏。ロボットが「動く」ことと「働く」ことの間には、まだ大きな隔たりがあると。1時間に1000ケースを捌く現場で精度99.9%といえば、1時間に1回止まるということです。1台目は期待で入るが、2台目からはROIが問われる。
経済産業省の渡辺琢也 AI産業戦略課長は、2、3週間前に中国から戻ったばかり。AIロボットの完成品メーカーだけで140社。展示会では、途中で数えるのをやめたそうです。
そして懇親会。中国の話になると、誰もが同じことを言いました。脅威だ、と。ですが、その現場をこの目で見たという人は、一人もいませんでした。
②中国の強さの構造を、6つに分解する
皆が口を揃えて「脅威だ」とする中国。その強さは独立した要因から来るものではありません。6つの要因が互いに噛み合って回っています。要因1 VLAが「自律」を可能にした
最大の技術的転換は、VLAと呼ばれるモデルの実用化です。視覚・言語・行動を一つのモデルで一気通貫に処理する技術です。カメラで「見て」、言葉の指示を「理解し」、実際に体を「動かす」。従来のロボットは、動作を一つひとつプログラムで教え込む必要がありました。VLAでは「棚の箱を持ってきて」という言葉から、ロボット自身が手順を組み立てます。生成AIの賢さを、現実の動作に直接つないだもの、とお考えください。ロボットの「大脳」にあたります。
ロボットが「教えられた通りに動く機械」から「状況を見て判断する機械」へ変わった。用途ごとに専用機を作り込む必要が薄れ、同じ機体をソフトの入れ替えで別の仕事に回せるようになりました。ただし山田氏の指摘の通り、連続作業の精度はまだ出ていません。VLAは万能薬ではなく、「量産できる汎用機」を可能にした技術だと捉えるのが正確です。
要因2 EVの蓄積が、そのまま効く
なぜ、そこまで安くできるのか。答えの多くは、ロボット産業の外にあります。 モーター、電池、パワー半導体、精密加工、そして調達網。中国はEVの量産で、この一式を10年かけて積み上げました。ロボットに必要な部品はEVと重なる部分が大きく、ゼロからではなく既存の生産基盤へ相乗りしています。
規模の差は歴然です。中国のEV販売は年1,650万台、日本は12万台。世界の64%に対して0.5%。このパイプの太さが、そのまま調達単価と試作の速度になります。ロボットの価格は、ロボット産業だけで決まってはいません。
要因3 ハードだけでは、動かない
ロボットは買ってきただけでは仕事をしません。どの棚から何を取り、異常をどう判定し、既存の生産管理システムとどう繋ぐのか。この業務ロジックを実装して、はじめて現場で使えます。
中国では、ハードメーカー自身がソフト部隊を抱え、周辺に実装企業が厚く存在します。ネット産業で育ったエンジニアが、そのままロボットの応用開発へ流れ込んでいる。ハードとソフトが同じ都市、時には同じ会社の中にあるため、改良のサイクルが速く回ります。
要因4 検証の場——ここが日本の急所
6つのうち、私が最も重く見ているのがこれです。 冒頭の山田太郎氏が語った数字を思い出してください。必要なデータは300万時間超、現場で集まるのは1万時間。300倍の開きがあります。この差を埋められるかどうかが、勝負を決めます。
中国には、埋めるための「場」が桁違いにあります。国家電網の変電所・送電線の点検。国家級の防災演習。春節特番。さらに政府主導のデータ収集拠点まで整備されています。日本企業が実証実験を1件立ち上げる調整の時間で、中国では数十件が同時に走っている。技術者の能力差ではなく、機会の量の差です。
そしてデータが次の改良に戻るため、時間が経つほど差が開きます。
ただし、ここには反転の芽もあります。赤澤大臣が挙げた「特徴あるビッグデータ」——介護・ヘルスケア、災害対応、世界有数の製造現場。日本にしかない「場」は、確かに存在します。問題は、そこを開けるかどうかです。
要因5 国家の名指し
2026年3月に確定した第15次5カ年計画(十五五、2026〜2030年)で、具身智能=フィジカルAIが「未来産業」として新たに指定されました。前回の第14次計画には、影も形もなかった分野です。 国家計画に載るとは、予算、地方政府、国有企業、銀行、政府系ファンドが一斉に動くことを意味します。逆に、これまで指定されていたEVは、今回リストから外れました。 なぜ外れたのか。他に何が入り、何が消えたのか。次号で、計画の中身そのものを読み解きます。
要因6 勝者が一気に伸びる―資金力
2025年8月からの1年間で、中国のAI投資イベントの43%がロボット分野に向かいました。自然言語処理は、わずか3%。お金は「画面の中」ではなく「現実世界で動くもの」へ集中しています。 2026年1〜6月の投融資件数でも、人工知能が1,181件で首位。前年同期比66%増と、製造設備(8%増)や医薬医療(6%増)を引き離しました。設立2年で評価額百億元という調達が成立し、有望と見なされた企業は一気に量産へ踏み込めます。
6つは、連動している
重要なのは、これらが独立していないことです。 国家が名指しする(⑤)から資金が集まり(⑥)、資金があるから量産に踏み込め(②)、量産で安くなるから多くの現場に置ける(④)、現場が増えるからデータが貯まってVLAが賢くなり(①)、賢くなるから応用範囲が広がる(③)。一周して、また国家の後押しが強まります。
だからこそ、単一の技術で追いつこうとしても届きません。日本が問うべきは「どの輪に、どう入るか」です。
脅威だと語る前にーどこに日本企業が入り込むかを見極めるために
6つのうち、要因1のVLAと要因3のアプリケーション開発力には、まだ空きがあります。そして要因4の「場」は、赤澤大臣が言う通り、日本にも固有のものがある。
ただし——懇親会で交わした言葉を、もう一度思い出します。
誰もが脅威だと語るが、誰も中国の現場を見ていなかった。
6つの要因は、資料を読めばわかります。しかし、どの輪に自社が入れるのかは、現場を見なければ判断できません。
次号は、今回5つ目の要因として挙げた——国家の意志そのものを読み解く予定です。
【今週の数字】Unitree株、上場1か月で下げ止まる
前号でお伝えしたUnitree(宇樹科技)の株価は、その後9月14日に470元まで売られ、上場初日の高値1,100元から57.27%安をつけました。しかし9月17日に5.61%高で時価総額2,000億元台を回復。上場からちょうど1か月の9月18日終値は514.98元、時価総額2,082.89億元(約5.0兆円)で、ひとまず下げ止まっています。 下落の理由は、公開価格の設定そのものにあります。発行時の株価収益率(PER)は219.23倍。同社が属する汎用設備製造業の静態PERは38.56倍、香港上場の同業UBTECHでも19.37倍程度。期待が実力を大きく先行していた、と見るのが自然です。【無料オンラインセミナーのご案内】
「フィジカルAI解体新書」
今回、解体するのは部品ではありません。中国フィジカルAIの「強さの構造」そのものです。なぜ中国は、これほど速く、これほど安くヒューマノイドを進化させられるのか。基幹部品から産業構造まで、その強さの成り立ちを解体します。
「この中国製ロボットは、自社で使えるか」「この部品だけを買えるか」。経済安全保障に適合した導入の設計を、貴社の状況に合わせてご一緒に考えます。中国製の『身体』に日本の『脳』を載せるという考え方を、具体的な検討に落とし込むための無料相談です。
出典・注記
- 各社公表資料・IR、宇樹科技 招股説明書(2026年8月14日)
- 投融資データ:企名片Pro のデータをもとにSUGENAが集計
- 中華人民共和国 国民経済・社会発展 第15次5カ年規画(2026年3月)
- 「AIロボティクス戦略」(2026年3月26日策定/同年5月27日一部変更)
- 価格・シェア等は2026年9月時点。為替・株価により変動します。