はじめに
グローバル化が一層進展する今日、文化交流は各国のソフトパワー競争において重要な領域となっています。従来、文化輸出と聞くとアメリカのハリウッド、日本のアニメ産業、韓国のK-POPなどに注目が集まりがちでした。しかし近年、悠久の歴史を有しながら驚異的なスピードで現代化を遂げる国 – 中国へと、世界の視線が急速に集まりつつあります。
中国で生まれ、中国と日本で学び、生活し、働く機会を得た私は、中国文化がさまざまな形で世界中の日常生活に静かに浸透していることを目の当たりにしてきました。その影響は、もはや伝統的な芸術展示や限られた研究者の関心にとどまりません。1本の映画、ドラマ、ショート動画、さらには SNS を通じて、瞬く間に世界の一般市民の視界へ入り込んでいます。
本稿では、映画・ドラマ・ショート動画・SNS の4つの切り口から、私自身の観察と考察を交えつつ、中国がどのように独自の手法で世界に影響を与え、国際文化地図の中で新たなポジションを築きつつあるのかを探ってまいります。
世界を動かす中国ストーリー
中国映画と言えば、かつてはまず成龍(ジャッキー・チェン)主演のカンフー映画や歴史大作、あるいは張芸謀(チャン・イーモウ)や李安(アン・リー)監督の代表作が思い浮かべられたでしょう。長い間、中国映画が世界に与える文化的印象は「伝統的な中国」または「アクションの中国」という非常に狭い範囲での印象にとどまっていました。しかし、ここ10年ほどで状況は静かに、それでいて確実に変化しています。
現在の中国映画は、より多彩な題材と繊細な語り口によって、よりリアルで多面的な中国像を世界に示しています。『流浪地球』や『長津湖』のような超大作から、『隠入塵煙』といった現実に寄り添う社会派作品まで、中国映画は単なる文化の“鏡”を超え、グローバルな文化のコミュニケーションの主たる参加者となりつつあります。
原題 | 邦題 | 日本での主な視聴手段 | 概略 |
《流浪地球》 | 『流転の地球』 | Netflix(日本語字幕付き/2019年4月30日配信) | 劉慈欣の同名短編を映画化 |
《长津湖》 | 『1950 鋼の第7中隊』 | 劇場公開(2022年9月30日〜 TOHOシネマズ 日比谷ほか) | 朝鮮戦争「長津湖の戦い」を描く大作 |
《隐入尘烟》 | 『小さき麦の花』 | 劇場公開(アート系館中心)/DVD発売・一部配信あり | ベルリン国際映画祭コンペ作品 |
例として「中国初のハードSF超大作」と評される『流浪地球』は、2019年2月5日に中国で封切られるやいなや大きな反響を呼びました。数日後には米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドでも上映され、同年2月21日にはNetflixで28言語字幕付き配信が開始されました。香港やマカオでも公開され、最終興行収入は46億8,800万元に達し、一時は中国映画史上第2位に躍り出ました。
同作は商業的成功だけでなく、「中国式SF」への関心を国際社会に呼び起こしました。米紙『ニューヨーク・タイムズ』は〈中国映画産業、ついに“宇宙開発競争”に参入〉と題して、映画プログラム・キュレーター沙丹氏の「中国が宇宙時代に入ったからこそ『流浪地球』のような作品を撮れる」という言葉を紹介しています。中国映画の語りの力と国家の発展段階が、密接に呼応している――そんな潮流が浮かび上がります。
BBC中文網もまた、同作を中国の台頭における「現実と想像」の交差点と位置づけました。公開の1か月前、中国の月探査機が世界で初めて月の裏側着陸に成功したばかりで、「虚構の想像が現実の国力を映す」と評され、観客からは「今度は中国人が地球を救った」という感慨も聞かれました。
『流浪地球』が世界に中国SFの存在感を示したとすれば、2023年の続編『流浪地球2』は、ロシア、韓国、日本、インドネシア、ケニア、タンザニアなど、さらに多くの国・地域に公開範囲を広げ、中国映画の国際化を加速させました。IMDb(※1)などでの海外評価はおおむね好意的で、「中国最高のSF作品」「中国SFを世界レベルへ押し上げた」といった声が目立ちます。もちろん「ポジティブな面ばかりを大げさにアピールしすぎている」などの批判もありますが、そうした議論自体が、中国映画が世界で論じられる存在となった証しとも言えるでしょう。
私自身、幼少期に『2012』や『トランスフォーマー』といったハリウッド大作を観て育ちましたが、そこでは白人男性が“救世主”を演じるのが常で、物語は自分の生活から遠いものでした。ところが『流浪地球』で東方明珠塔など上海のランドマークが映るのを見た瞬間、胸に強い親近感と一体感が芽生え、「地球の命運」が自分事になったのです。この感情のつながりこそ、文化輸出の力の示すところであり、外の世界に影響を与えるだけでなく、私たち自身の文化的アイデンティティをも再形成します。
今日、中国は世界第2位の映画市場にとどまらず、コンテンツ創作とストーリーテリングの重要な発信源となりつつあります。より多くの中国映画が海外で観られ、理解され、そして愛されている今、中国は自らのレンズを通して、自分たちのグローバル・ストーリーを語ろうとしています。
※1 IMDb(アイ・エム・ディー・ビー)
IMDは、 “Internet Movie Database” の略称で、映画やテレビ番組、出演者・スタッフの情報、興行成績、ユーザーレビューや10点満点のレーティングなどを網羅的に収録した世界最大級のオンライン・データベース。1990年にサービスを開始し、1998年からは Amazon 傘下で運営されている。現在では月間 2 億人以上が利用するとされ、国籍を問わず一般ユーザーが作品を評価・コメントできる場として国際的な影響力を持っている。
次回は、変化する中国ドラマと世界との関わりについてレポートします。
