Ⅰ.はじめに
1990年代から2010年代にかけて、日本企業は中国に進出した外資企業の中で優等生であった。家電、自動車、日用品・インテリア、化粧品から、部品・素材製造に至るまで、日本企業は中国市場で大きな成果を収めてきた。だが今、情勢は静かに変わりつつある。かつて在中拡張がもたらした、いわゆる「スケールメリット」はすでに枯渇し、新たな競争の鍵は「俊敏さ」「ローカル化」「デジタル化」そして「文化的共鳴」である。
一方で、日本企業の「遅さ」と「安定志向」は、相対的にリードタイムが長く機会損失につながりやすい傾向の代名詞になりつつある。理由については、過去の成功体験への依存や、制度文化が迅速な転換を難しくしているといった指摘がある。いずれにせよ、結果は既に表れている。容易に観察できる事実の一つは、複数の分野で日系企業が主流から外れつつあるということだ。
Ⅱ.市場は変わった—日系はまだ舵を切れていない
消費者の側面からいえば、1990年代生まれ(いわゆる「ポスト90」)やZ世代が市場の主力となるにつれ、彼らは輸入品や“大手ブランド”そのものよりも、ブランドの背後にある価値観や文化表現への共鳴を重んじるようになった。中国の消費者による国産への支持は年々記録を塗り替え、若い層の多くは商品選択の際に中国ブランドを優先する、と率直に語る。
たとえば家電分野では、シャオミ(Xiaomi/小米)、ミデア(Midea/美的)、ハイアール(Haier/海尔)が、若い家庭でのソニーやパナソニックの地位を徐々に置き換えつつある。自動車では、シャオミとBYDがトヨタやホンダに取って代わりつつあり、化粧品ではフローラシス(花西子/Florasis)やプロヤ(珀莱雅/PROYA)が資生堂の存在感(シェア)を浸食している。食品・飲料では、日本の調味料や即食食品はもはや“高級”の象徴ではなく、低価格でようやく売上を保つ状況であり、日本の菓子は“新奇さ”という点でも、中国のローカル発・ネットで話題になる菓子に及ばない。
中国の消費者にとって、これらの国産ブランドは価格面の魅力にとどまらず、技術的完成度やデザイン性(いわゆる“映え”)、ブランド発信の巧みさにおいても、日本ブランドに肩を並べ、しばしば先んじている。
コストの側面から見ても、2025年現在、中国東部沿海部の製造業の1人当たり月給は1万元前後に近づいており(例:2024年の製造業ワーカー平均月額は約1,245米ドル≒約9千元)【注1】、ベトナムやインドネシア、フィリピンなどと比べ明確に高い。多くの日系企業が東南アジアへの生産移転を検討し始めたのはこのためである。同時に、中国市場では環境保護や労働者の権利に対する監督が一層厳格化している。日系に限らず、外資が過去に中国で享受してきた「安価な労働力による拡張」というボーナス期は、終焉を迎えたと言ってよい。
さらに、他国の外資と比べても、日系はとりわけ政治リスクの影響を受けやすい。近年、地政学的な不確実性が増すなかで日中間の信頼は揺らぎ、とりわけ半導体や先端装置、海洋問題といった敏感領域では、在中事業の不確定要素が増大している。消費者側の反応も見逃せない。2023年以降の福島における処理水放出をめぐる出来事では、中国で輸入規制や不買・棚下ろしが相次ぎ、複数の日本ブランドに影響が及んだ【注2】。
技術面に目を移すと、日本ブランドのデジタルトランスフォーメーションは総じて緩慢である。ショート動画、EC、ソーシャルマーケティング、AIカスタマーサポートといったデジタル手段が普及するなか、紙の契約やオフライン中心の稟議・意思決定に依存する企業も少なくなく、その非効率ゆえに中国の消費者との距離は広がる一方だ。日本の一部化粧品ブランドに至っては、中国でのECチームを立ち上げたのがようやくこの1、2年という例もあり、国産ブランドの歩調に大きく遅れ、いくつもの大型ECセール期を取り逃がした。対照的に、中国のローカルブランドはライブコマースやAIによるスマート品揃えといった新機軸をてこに、ファンを素早く獲得し、消費者の心をしっかりとつかんでいる。
なお、一部の日系では、現地裁量の拡大とEC内製化により、成長軌道への復帰を図る動きも見られる。
次回は、自動車・コスメ業界の動きをピックアップしてレポートします。
※出典は最終回に一括掲載。
