世界最大級の自動車展示会である「上海国際自動車ショー」が18日、上海で開幕した。世界の自動車関連企業約1000社が参加して新製品や技術を展示している。
ということで、先週は日本のニュースでもEVに関する話題が取り上げられ、新聞各紙にも多くの記事が掲載された。
今回の上海モーターショーで注目されたのはBYD(比亚迪)の高級ブランド「仰望」の登場。EVのスポーツカー「仰望U9」を公開するとともに、初の市販モデルとなるオフロードSUV「仰望U8」の予約販売を開始した。斬新なデザインと共に注目されたのはその価格。SUVで109.8万元。現在の為替レート(19.46円/人民元)で2137万円。これによりBYDは高級ブランドへの脱皮を目指すという。
日本メーカーも、トヨタ自動車は「TOYOTA bZ」で新たに2車種を発表。ホンダは「e:N(イーエヌ)」シリーズのコンセプトカー3種類を発表。うち2種類は24年初頭、もう1種類は24年中に発売するとのこと。同時にこれまでの計画を5年前倒しし、2035年までに中国でのEVの販売比率を100%とする目標も明らかにした。
4月19日、日経新聞の一面に、「中国、3台に1台EV 販売競争激化で2割値下げも」という大きな見出しで記事が掲載された。同15面にも「中国向けEV多様化競う」という見出しで詳細を報じている。多角的な視点から多くの情報を元に記事は書かれており、限られた紙面の中どうやって納めるかを苦心した跡が伺える。一方、情報が多すぎて一般読者にはEV市場の本質が分かりづらいように思った。
トヨタ自動車は4月に新たに佐藤恒治社長が就任したということもあり、各紙に佐藤新社長のインタビュー記事が掲載された。この数日間で掲載された新聞記事を参考にしながら、EVとは何なのかについて考えてみたい。
記事を読んでみて感じることは、中国のEV市場は特殊であるような印象。では、そもそも世界の自動車市場はどういう規模感なのか、中国の市場は世界市場の片隅の特殊な市場にすぎないのか。
マークラインズの情報によれば、2022年の世界の新車販売台数は79,473,667台。内、中国での販売台数は、26,863,745台。世界市場の中で中国が占める割合は33.8%、世界最大。米国は14,403,402台。同じく、18.2%。日本は4,197,894台。世界市場の5.3%にすぎない。中国市場はその規模から言って、世界の中心市場そのものである。
では、EVの市場規模を見てみよう。
EVの世界の販売台数は7,769,042台。EV化率は9.8%。中国のEV販売台数は5,029,207台。EV化率は18.7%。米国のEVは814,655台。EV化率は5.6%。日本は、EV販売台数は54,144台。EV化率は1.3%。(※日本でのEVの販売台数にはテスラが情報非公開ということで含まれていない。)
中国のEV販売台数5,029,207台は、日本の全車種販売台数4,197,894台を既に越えてしまっている。中国自動車工業協会(SAAM)によれば2023年の市場規模は2760万台と予想。前年比2.7%増ながら、新エネルギー車全体は900万台に達する。2022年の新エネルギー車全体の数字とEVの比率72.8%を掛け合わせるとEVは648万台程度と予想される。(※新エネルギー車とは、純電動自動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)と水素燃料電池自動車(FCV)を指した、ガソリンエンジンをメイン動力としない自動車を指す。)
テスラの2022年の世界の販売台数は1,539,347台。2017年には81,161台だった販売台数が僅か5年で約19倍に成長。この間のCAGRは実に79.8%。驚異的と言わざるを得ない。トヨタの世界販売台数(含む、レクサス)は、2022年で8,968,635台。テスラの5.8倍。まだ差はある。しかし、2017年当時は、テスラ81,161台に対して、トヨタは8,892,594台。実に109倍もあったのだ。一方、2022年、テスラの中国での販売台数は710,865台。テスラの世界の販売台数の実に46%を占めており、522,444台の米国市場の1.36倍にも成長した。テスラの販売を飛躍的に伸張させたのは中国市場である。
2019年9月23日、上海にテスラの工場が完成。86.5万㎡。東京ドーム18.4個分。年間最大生産キャパが50万台というギガファクトリー。外資として中国にて初の独資が認められたのは衝撃的だった。
2020年10月、「新エネルギー自動車産業発展計画(2021年~2035年)」の基本方針を中国国務院が公布。2020年の新エネルギー車の販売台数は136.7万台だったにも関わらず、翌2021年には352万台に倍増。政府の施策が市場規模拡大に大きく貢献したことは否めない。
中国は、世界最大の自動車市場、且つ世界最大のEV市場である。中国専用車の投入などと悠長なことを言っている場合ではない。中国のEVで勝つことが世界で勝つこと。世界のEV化の趨勢の中で主役に躍り出る唯一無二の方法なのである。
報道に何となく漂う『中国は特殊』的なニュアンスは明らかに誤った見方ではなかろうか。
4月22日の日経新聞には、「トヨタ、全方位でCO2 半減」という見出しで、トヨタ自動車の佐藤恒治社長のインタビュー記事が掲載されている。21日までの報道各社の共同インタビューで言及したことに関して「CO2を減らすことが一番大事で、EVなどはその手段だ。実現の為の手段は状況に応じて変わる。」と説明した。
朝日新聞の報道は、ニュアンスが違う書き方になっている。以下、22日の朝日新聞より引用。
今月就任したトヨタ自動車の佐藤恒治社長が報道各社のインタビューに応じ、電気自動車(EV)の販売状況について「市場の期待値に対して、ボリューム的に我々が届いていない」との認識を示した。一方、重要なのは二酸化炭素(CO2)の排出量削減量であって、EVはその手段のひとつにすぎないと強調。「EV偏重」の戦略からは距離を置く姿勢を改めて示した。そして、記事は続く。佐藤氏は「正直、我々の見通しよりも需要が上回っている状態だろう。そこに対する反省はある。」と話した。一方、「CO2を減らすことが一番大切なことで、EVがどうなるかは手段の話。(中略)地域の事情に応じた現実的な電動化シフトを促していくべきだ。」とし、ハイブリッド車(HV)や燃料電池車を含めて「全方位」の開発姿勢を強調した。
これは、豊田前社長が言っていたことを基本的に引き継ぐという意思に感じられる。確かに重要なのはCO2削減であって、EVはその手段にすぎないというのは正しいかもしれない。一方で、一般消費者がCO2削減を最優先に車を選択するとは思えないし、EV化はCO2削減のための手段の一つに過ぎないときれいごとを言っても、現実にはEVへの流れが既に抗えない趨勢になっているということを認めざるを得ないだろう。
EV市場への参入問題は単に自動車メーカーだけの問題にとどまらず、自動車部品メーカーにとっても喫緊の課題である。
昨年、ある自動車部品メーカー様から、中国のEV関係のサプライヤー調査を依頼された。調査を進めるにつれ、その事実に愕然としてしまった。中国のEVメーカーのサプライヤーに日系部品メーカーが殆ど参入できていない。モーターメーカーのニデック(旧日本電産)くらいであろうか。2022年度中国のEV販売台数のトップはBYD。2位テスラ。3位GM。かろうじて、15位に日系メーカーとしてはルノー日産が2%で食い込んでいるのみである。日系Tier 1 OEMメーカーの市場占拠率がない中で、系列系のベンダーがEVメーカーへ参入できていないのは自明の理とも言える。日本の自動車部品メーカーは、系列に頼っていては中国では生き残れないのだ。BYDであろうが、新興EVメーカーであろうが、トップシェアメーカーのEV関連部品供給網への参入を是が非でも実現しなければならない。中国のEVメーカーは既に世界進出に向かっている。既に進出を果たしている国も少なくない。日本の自動車部品メーカーは、日系自動車メーカーのEV化の遅れのせいで、世界的なEVサプライヤー網から排除されてしまうかもしれない。一度、確立してしまったサプライチェーンに後から入るのは至難の業である。
更に、EV化への潮流は多方面で大きな変化をもたらす可能性がある。テスラがWeb経由の直販を実施しているが、メーカーがテスラのように直販を始めたら販売代理店にとっては死活問題であり、許し難い行為であろう。
2023年3月9日、「全国トヨタ販売店代表者会議」が開催され、トヨタイムズにその内容が掲載されている。その中で直販の可能性について、「Web直販の可能性はあるのか?」という直球の質問に対して、佐藤次期社長(当時)は即答した。「断言します。少なくともトヨタ/レクサスでは絶対にない」とのこと。これまでのトヨタの売上を創ってきてくれた販売代理店との関係をこう表現する。
「メーカーとディーラーの契約には、それぞれの権利と義務がある。心と心の結びつき。販売店の皆様がいなければ、「もっといいクルマ」はつくれない。」
これまでのトヨタを築いてくれた販売代理店との絆や利害を守りながら、どう時代の流れに立ち向かっていくのか。あまりにも大きな課題である。
昨年、トヨタが発表したEV車。bZ4X。名前の由来はbZ = Beyond Zero。 Zeroを超えた価値の創出を目指す、という意味がこめられているという。 (※出典:トヨタ公式ホームページ)
bZ4Xの昨年の販売台数は全世界で12,740台。テスラのそれは539,347台であるから、その差は120分の1。120倍の規模の差には、リチウムイオン電池の調達能力とコスト削減効果、リチウムイオン電池の材料であるリチウム、コバルト、ニッケルの確保にも規模が圧倒的に物を言う。トヨタが「EV偏重」の戦略からは距離を置く姿勢を続けていれば、その差は益々開いていくだろう。いやもう既に取り返しがつかないところまで来ているのかも知れない。
トヨタが満を持して投入したbZ4X。中国での評判は芳しくないようだが、それでも中国での販売台数は7,289台。世界販売の約6割。今回の新車種投入で是非とも巻き返してほしいものである。
「全国トヨタ販売店代表者会議」にて、佐藤恒治社長は続けた。
「『お客様が笑顔になるもっといいクルマをつくりたい。』これが、豊田社長のもとでクルマづくりをしてきた私たちの想いです。私自身、エンジニアとして、そしてレクサスとGRのプレジデントとして『素性が良く、操って楽しいクルマをつくりたい。』その一心で取り組んでまいりました。私はクルマをつくることが大好きです。新しいものをつくる挑戦は、数多くの失敗を伴います。それでも意志と情熱で失敗を乗り越えた先に、いいものが生まれて、お客様に喜んでいただける。それが何よりも大きなやりがいです。新体制でもこのような想いをもって、もっといいクルマづくりに挑戦し続けてまいります。」(トヨタイムズから引用)
所詮、消費者にとってより魅力的なクルマを創ったメーカーが生き残るのだと思う。車種はそれほど要らない。中国のネットにあふれる批判的な顧客の声に素直に耳を傾け、競合他社の製品を徹底的に調べ上げ、技術の粋を集めてトヨタにしか作れないEVを創り上げることができたなら、それはまさに中国で勝てるEVとなり、それは世界市場での成功に繋がるだろう。
トヨタのEVへの取組みについては何かと否定的なスタンスでの報道が散見されるが、日本経済の屋台骨とも言える自動車産業をずっと牽引して来たのはトヨタなのである。
私はトヨタがEVでも成功することを信じている。
4月23日記
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