前号では、第15次5カ年計画から、中国が具身智能(フィジカルAI)を国の未来産業として選び直したことを読みました。前号の最後で、次は都市ごとの集積を取り上げるとお伝えしましたが、その前に今号では、10月1日に閉幕したばかりのロボット工学の国際学会IROS 2026を取り上げます。中国の都市ごとの話は、改めてお届けします。
IEEE/RSJ International Conference on Intelligent Robots and Systems の略称です。ロボット工学の主要な国際学会の一つで、毎年開催地を変えて開かれます。米国電気電子学会(IEEE)と日本ロボット学会などが共催しています。
① 杭州から、ピッツバーグへ
9月27日から10月1日まで、米国ピッツバーグでIROS 2026が開かれました。研究発表と企業展示が同時に行われ、研究の「いま」が最も早く集まる場の一つです。昨年の開催地は中国・杭州でした。杭州大会には、62の国と地域から8,004人が登録しました。IROS史上最大の大会です。今年は、主催者の案内で論文発表1,900件超、出展者170超。開催地のカーネギーメロン大学は、会前に参加者4,000人超を見込んでいました。
この数字を並べて「参加者が半減した」と読むのは誤りです。昨年は登録の実績、今年は会前の見込みで、基準が違います。IROSの開催地は持ち回りで、2027年はイタリア・フィレンツェ。開催地や規模から、研究の主導権を語ることもできません。見るべきは、そこで何が議論され、誰が何を持ち込んだかです。
② 速さ、作業、そして「8時間働けるか」
今年の議題を見ると、ロボットの進歩を測る物差しが、速さだけでなくいくつも並んでいました。
一つ目は、人間の速さに追いつくことです。運動能力を扱うワークショップでは、ソニーAIの卓球ロボット「Ace」の研究が紹介され、中国のPhybot、Booster Robotics、ユニツリーによるバドミントンやサッカーのデモがプログラムに組まれました。見て、判断し、身体を動かす。その一連を短い時間で結べるかが問われています。Aceは2026年4月に科学誌Natureで発表され、エリート選手との試合で勝利を挙げた研究です。速く動けることと、状況に応じて動けることの両方が試されています。
二つ目は、AIを実際の作業に結びつけることです。米国Viamが出展を告知した研究用ロボットは、段ボール箱のテープを切る動きを画像に基づく制御で、ふたを開ける動きを人の実演から学ぶAIで行います。一つのAIに何でも任せるのではなく、作業に応じて使い分けています。
三つ目は、一度の成功から、長く働く仕組みへ進むことです。「勤務時間を通して働けるロボット」をテーマにしたワークショップがあり、参加したPimaxは会後の報告で「8時間働き続けられるか」という問いを紹介しています。データを集め、学習させ、現場に入れ、評価する。その全体を一つの課題として扱う企画も組まれました。
俊敏さや器用さに加えて、学習させる手間、失敗したときの戻り方、長時間の安定性。研究の場でも、現場で使う側の関心が物差しとして議論されています。
③ 日本が持ち込んだもの
日本の存在感は、具体的な研究と開発基盤に表れています。
ソニーは、研究開発向けのaiboの試作機と開発キットを展示すると告知しました。シミュレーションで学ばせて実機で試す、という研究の基盤としてaiboを開く動きです。富士通はフィジカルAIの研究チームによる出展を告知し、ロボットが周りの空間を理解し、行動の結果を予測する力をテーマにした国際共同ワークショップの企画にも加わりました。
注目したいのは、組立のような「接触と手順」の仕事に向き合う研究です。オムロン サイニックエックスは5件の論文が採択されたと発表しました。その中には、触覚を使って部品の挿入を学ぶ研究があります。産総研は、6件の発表と、ロボット学習の産業応用をテーマにしたワークショップの開催を告知しています。このワークショップは、日本のJSTやNEDOによる研究支援を背景の一つに挙げています。
NTTと新潟大学は、遠隔医療で皮膚の柔らかさを測る研究を発表しました。現地の看護師や家族が触診し、爪に付けた力センサーとカメラの情報を遠く離れた医師と共有する仕組みです。人型ロボットに限らず、人の身体と現場の情報を測る技術も、日本の持ち味です。
日本ロボット学会はIROSの共催者の一つでもあります。研究の場には、しっかり席があります。
④ 中国が見せたもの
中国勢は、米国開催の年でも存在感を示しました。
分かりやすい例が、清華大学、北京大学、Galbotなどの研究チームによる「LATENT」です。断片的な人の動作データからテニスの技能を学ばせ、ユニツリーの人型ロボットで人とのラリーを実現しました。共著者は、この研究がIROS 2026の部門賞を受けたと公表しています。中国のロボット本体と、大学・企業の学習研究が結びついた成果です。
もう一つは、深圳のPaXiniです。触覚センサー、データ収集用のグローブ、足裏のセンサー、そして触覚を使う動作生成モデルを持ち込んだと、会期中に自ら発信しています。触れた情報を集め、学習し、動作に使うところまで、製品をそろえようとしています。
ただし、出展や受賞をそのまま「現場での導入が進んでいる」と読み替えることはできません。今回見えた強みは、機体、学習研究、触覚、データ収集を組み合わせ、世界の研究者に届ける力です。工場で使い続けられているかは、別の事実で確かめる必要があります。
日本企業にとっての意味
昨年の杭州では、中国のロボット企業がスポンサーに並び、ユニツリーなどへの見学も組まれました。今年のピッツバーグでは、大学の研究拠点や製造拠点への見学が案内されました。開催地が変わると、研究を産業へ移す仕組みの違いも見えてきます。
ただ、課題は共通です。今年は中国勢と日本勢に加え、米国のViam、スペインのPAL Robotics、人の動きのデータをロボットの学習につなぐオランダのXsensなども出展を告知していました。米国、中国、日本、欧州の企業と大学が、同じ問いに向き合っていました。ロボットを、現場で長く働かせるにはどうすればよいか。
どの機体が勝つかを予想するだけでは足りません。データを集め、学習させ、現場に入れ、改善を続ける。その流れのどこに自社の力を生かせるのか。触覚、精密な部品、組立の現場の知見。日本が持つ強みは、この「長く働かせる」段階でこそ効いてくるはずです。
研究の場でも、「8時間働けるか」が議論されていました。では、中国の現場では、ロボットはどこまで働き続けているのか。この問いは、引き続きこの連載で追いかけます。
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出典・注記(2026年10月3日時点)
- 日本ロボット学会:IROS 2025・2026の開催情報
- IEEE Robotics & Automation Magazine:IROS 2025大会報告(登録実績・国と地域)
- IROS 2025:公式プログラム、スポンサー・出展者、技術見学プログラム
- IROS主催者:2026プログラム公開案内/IROS 2027公式サイト
- カーネギーメロン大学:IROS 2026開催に向けた案内(2026年9月21日)
- Athletic Humanoid ワークショップ:講演概要・企業デモ
- Sony AI:卓球ロボットAceの研究発表(2026年4月、Nature)
- Viam:IROS 2026出展告知
- ロボット学習基盤のワークショップ(ScaleInfra)/Pimax:Full-Shift Robot Co-Workers参加報告(2026年9月30日)
- ソニー:研究開発向けaiboの出展告知/富士通研究所:出展告知/WORLDS ワークショップ
- オムロン サイニックエックス:IROS 2026採択論文/産総研:発表と産業応用ワークショップ(IARL2026)
- NTT:新潟大学との遠隔触診研究
- LATENT:研究チームによる概要/共著者による部門賞受賞の公表
- PaXini:会期中の展示報告
- PAL Robotics、Xsens:IROS 2026出展告知