前号では、中国フィジカルAIの強さを6つの構造要因に分解しました。文面だけでなく、名指しされた後に実際に何が動いたかまで追います。
2026年3月、全国人民代表大会で第15次5カ年計画(十五五、2026〜2030年)が正式に決定しました。この計画の中で、フィジカルAI——中国語で「具身智能」が、国家が伸ばすべき未来産業として、はじめて名指しされました。
中国が5年ごとに、次の5年で何に力を入れるかを定める最上位の国家計画。1953年から続き、今回で15回目。「十五五」は第15次の中国語略称。予算、地方政府、国有企業、銀行、政府系ファンドが、計画に書かれた分野へ一斉に動く。日本の「成長戦略+骨太の方針+科学技術基本計画」を束ね、はるかに強い実行力を持つ、と考えるとイメージが近い。次の改定は2031年までありません。
①未来産業のリストが、丸ごと入れ替わった
まず、前回と今回を並べます。第14次計画(2021〜2025年)の未来産業は、脳型AI、量子情報、遺伝子技術、次世代通信網、深海・宇宙開発、水素・エネルギー貯蔵の6分野でした。
第15次計画(2026〜2030年)では、量子科学技術、バイオものづくり、水素・核融合、ブレイン・マシンインターフェース(BMI)、第6世代移動通信(6G)、そして具身智能(フィジカルAI)が並びます。
外れたもの——遺伝子技術、次世代通信網、深海・宇宙開発。続いたもの(形を変えて)——量子、水素、そして脳(類脳智能からブレイン・マシンインターフェースへ)。新しく登場したもの——具身智能、バイオものづくり、核融合、6G。
つまり具身智能は、前回の計画には存在しませんでした。今回、国家が「新たに」選び直した未来産業です。
中国は5年ごとに賭け先を見直しています。惰性で同じ分野を並べ続けるのではなく、卒業したもの、見込みが薄れたもの、新たに勝負すべきものを、そのつど判断する。だからこそ、リストに載ったこと自体が重い意味を持ちます。
② どう書かれたかが、重要
1行載っただけではありません。記載のされ方に、踏み込みがあります。 具身智能は、計画本文の第5章「未来産業」で量子科学技術や核融合と同格に列挙されています。さらに専欄(コラム)3-02において、大脳と小脳を一体で扱うモデル、本体、そして核心的な基幹部品まで、産業の階層構造として名指しされました。加えて第12章では、AI基盤側からも推進が明記されています。 抽象的な言及ではなく、「大脳・小脳・身体のどこを国産化するか」というレベルまで指定されている。これは、予算と政策が具体的な部品単位まで降りてくることを意味します。
③そしてEVがリストから外れた
今回いちばん象徴的なのは、外れた側です。第15次計画で、EVは未来産業のリストから姿を消しました。 脱落したのではありません。「卒業」です。もう国が後押しをしなくても、自立して世界を走っている。覇権を握った産業はリストから外れる——これが5カ年計画の作法です。 そして、その空いた席に入ってきたのが具身智能でした。
④ 名指しされた産業は、本当に世界を獲るのか
「国の計画に書かれた産業なんて、絵に描いた餅ではないか」——もっともな疑問です。しかしこの問いには、すでに明確な答えが出ています。EVです。
2016年、第13次5カ年計画(2016〜2020年)で、中国はEVを名指しし、「2020年までに累計500万台」という目標を掲げました。
結果はご存じの通りです。2025年、中国の新車販売に占めるEV等の浸透率は57.8%。世界のEV生産の約6割が中国で行われています。国が計画に書いた通りに、世界を獲りました。
10年の道筋も、きれいに揃っています。第13次で名指しされ、この時に動いた者が勝った。第14次で主力産業へ急成長し、量産の実力を蓄えた。第15次で「新興」を卒業してリストを外れた。
2016年のEVと、2026年の具身智能は、まったく同じ位置に立っています。
⑤ 名指しの前後で実際に何が動いたか
ここまでは計画の文面の話です。では、実際に何が動いたのか。この1年足らずの動きを時系列で並べると、国家計画というものの実体が見えてきます。
2025年12月、工業情報化部に「人形ロボット・具身智能 標準化技術委員会」が設置されました。主任委員は同部の総工程師で、委員の半数以上を企業が占めます。
2026年2月28日、中国初となる人型ロボットの全産業チェーンを対象にした『人形ロボット・具身智能 標準体系(2026年版)』が公表されます。6つの分野に分かれ、関節インターフェースのミリ単位の公差から安全・倫理の線引きまで、200を超える細則が定められました。部品メーカーが違っても、多指ハンドやサーボモーターがレゴのように組み合わせられる——量産の前提が、ここで整備されています。
2026年3月、第15次5カ年計画が確定。同時に政府活動報告にも具身智能が明記されました。
そして2026年6月8日、工業情報化部と国務院国有資産監督管理委員会が連名で「2026年度 人形ロボット・具身智能 実景実訓特別行動」の通知を出します。工業・サービス・特殊用途の現場で実地訓練を行い、2026年末までに100件以上の高付加価値の応用シーンを創出し、1万台規模の導入能力を形成する——数値目標つきです。対象は北京、天津、上海、江蘇、浙江など10省市と、主要な中央企業。
前号で、6つの構造要因のうち日本の急所は「検証の場」だと書きました。必要なデータは300万時間超、現場で集まるのは1万時間。その差を埋める「場」を、中国は国家の号令で、省と中央企業を動員して作りにいっています。偶然できたのではありません。
計画に載るとは、こういうことです。標準をつくり、現場を開き、台数の目標を切る。半年で、ここまで進みます。
⑥ 他に何が入ったかも、読み落とせない
新規で入った4分野の顔ぶれにも、意図が表れています。
バイオものづくり、核融合、6G、そしてブレイン・マシンインターフェース。いずれも、実験室の科学から産業化へ移る途上にあり、かつ設備・エネルギー・製造基盤を大量に必要とする分野です。
逆に外れた遺伝子技術や深海・宇宙開発は、産業としての量産化が近くないか、既に国家プロジェクトとして別枠で走っている領域です。
中国が次の5年で選んだのは、「大量に作って現実を変える」テーマでした。具身智能が、その筆頭に置かれています。
日本に、これと同じ性格の文書はありません。成長戦略も科学技術基本計画もありますが、予算・地方・国有企業・金融が一斉に同じ方向へ動く強制力はない。ここは国や制度の違いであり、優劣の話ではありません。ただし、相手がそういう仕組みで動いていることを前提にしないと、スピードの差は理解できません。
⑦ 民間の資金も、同じ方向を向いている
民間資本の動きも完全に一致しています。
2026年1〜6月の投融資件数は、人工知能が1,181件で首位。全体の21%を占め、前年同期比66%増。2位の製造設備(834件、8%増)、3位の医薬医療(699件、6%増)を大きく引き離しました。
AI投資の内訳では43%がロボット分野に向かい、自然言語処理はわずか3%です。
ロボット分野の投資イベント数は、3年で30件から117件へと約4倍に増え、月間の投資額はピークで200億元を超えています。加速が始まったのは2025年後半。計画の確定を待たず、民間が先に走り始めていたことになります。
市場規模でも、中国の具身智能は2025年に9,731億元(ロボット4,502億元、自動運転5,229億元)に達し、2026年は1兆1,135億元へ——1兆元の大台に乗るという民間予測が出ています。業界の年間生産量も、万台規模から10万〜20万台規模へと桁が変わりました。
日本企業にとっての意味
市場の評価、国家の意志、民間資本。三つがフィジカルAIという同じ一点を指しています。
そして計画の期間は2030年まで。中国の現在地は、EV産業でいえば2018〜2020年頃、量産爆発の前夜にあたります。産業の形が固まってからでは、日本企業が組む条件を選べません。
では、この国家の意志は、実際にどこで形になっているのか。次号は、中国国内のどの都市に、何が集積しているのかを見ていきます。
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出典・注記
- 各社公表資料・IR、宇樹科技 招股説明書(2026年8月14日)
- 投融資データ:企名片Pro のデータをもとにSUGENAが集計
- 中華人民共和国 国民経済・社会発展 第15次5カ年規画(2026年3月)
- 「AIロボティクス戦略」(2026年3月26日策定/同年5月27日一部変更)
- 価格・シェア等は2026年9月時点。為替・株価により変動します。