7月7日は小暑。今年初めて蝉の声を聞いた。小暑を迎えると梅雨が明けて暑さが本格化すると言われている。今年の梅雨、東京は大雨が降った日は数えるほどだが、空気はもったりと重く、蒸し暑い。まだ真夏の暑さはこれからというのに、朝のジョギングから戻るとシャツが汗でびっしょりになっている。
7月7日は七夕でもある。我が家の近くの公園にも、訪れた人が思い思いに願い事を書いた短冊がたくさん下げられた笹が飾られていた。中国語では「七夕節」(七夕节qīxì jié)。
起源は、古代中国の伝説「牛郎織女」にある。七夕が日本に伝わったのは奈良時代(710年-794年)のこととされている。物語は、神々でも真実の愛を理解し尊重するというメッセージを伝え、恋人たちの間に生じる障害と、それを乗り越える力強い愛の象徴でもある。中国から伝わったこの寓話が、奈良・平安時代から脈々と1200年以上経った今でも語り継がれていることに改めて驚く。
少し遡るが、7月1日、中国において、改正反スパイ法(中華人民共和国反間諜法)が施行された。2014年11月1日に施行された法律の改正となる。
今年3月に、アステラス製薬の現地法人に勤める日本人50代男性社員が、反スパイ法に違反した疑いで拘束された。その後、開放されたという情報はないので今も拘束されていると推察される。いつ自分もこのように拘束されてしまうかわからない。中国に駐在している多くの日本人は戦々恐々としていると思われる。中国に13年駐在していた者として、その気持ちは痛いほど理解出来る。
今回の改正反スパイ法の最大のポイントは「国家の安全と利益」に関わる情報の提供や収集がスパイ行為に位置付けられているが、「国家の安全と利益」の定義について具体的な説明がないということにある。故に、何をしたらスパイ行為と認識されるのか分からない。具体的な記述、定義を敢えて避けていることによって、恣意的に判断される可能性が考えられ、どこまでは大丈夫なのかも分からない。現地の駐在員の中では、既に出来るだけ政府関係の人との会合には参加しないなど、自粛ムードが漂い始めているという。
6月27日から29日まで中国、天津で開催された世界経済フォーラム(World Economic Forum: WEF) 通称夏季タボス会議にて李強首相は、「高水準の対外開放を推進する。」と述べ、外資への市場の開放、中国への投資拡大が中国経済の継続的な発展の為には必須であると強調している。そのメッセージと逆行するような今回の改正反スパイ法を、なぜこのタイミングで施行したのか。日本企業を含む海外企業の不安感を増幅させ、大きな投資に逡巡することに繋がるかもしれないという懸念も広がっている。
日経新聞の報道によると反スパイ法改正案のポイントは以下の通りとなる。
- 「国家の安全と利益」に関わる情報の提供や収集をスパイ行為に位置付け
- 重要インフラのサーバーセキュリティ情報も対象に
- 反スパイ活動に貢献した個人らを表彰
- スパイ行為の発見時に通報義務付け
- 物流業者や通信業者に反スパイ活動への協力義務付け
- 当局はスパイ行為の疑いがある人の手荷物や電子機器を調査可能に
- 反スパイ法違反で国外退去した外国人は10年間入国禁止
改正反スパイ法(中華人民共和国反間諜法)の改正案の第4条には以下のように記載されている。(原文より著者翻訳)
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スパイ組織とその代理人以外の国外の機関、組織、個人、またはそれらと共謀した国内の機関、組織、個人による、国家機密、諜報、その他の国家安全保障と利益に関する文書、データ、情報、物品の窃盗、スパイ活動、贈収賄、違法な提供、または国家公務員の離反の扇動、誘導、強要、賄賂の供与などの活動
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私なりに、駐在員として気をつけなければならないことを列記してみる。
- 国家公務員や国営企業の幹部・スタッフとの会食は原則しない。特にお酒を交えての会食はしない。お酒を交えた会食は人間関係の構築に有効であるとされているが、現状では出来るだけ避けるべきだろう。
- 国家公務員や国営企業の幹部・スタッフと面談する場合は、先方のオフィス等の公の場所で実施する。且つ、複数の参加者を伴い、単独で会うことは避ける。
- いかなる場所においても写真撮影はしない。
- 国家公務員や国営企業の幹部・スタッフへの贈り物はしない。且つ、受け取らない。
- WeChat(中国のSNS, LINE以上の普及率であり、ビジネスでも日常的に使用)を使わずに仕事をすることは殆ど不可能に近いと思われるが、政治的な発言は絶対にしない。また、政府幹部の名前もWeChatの中では記載しない。
- 台湾や香港についての言及はしない。
周知の通り、2021年9月1日から中国データセキュリティ法(数据安全法。「データ安全法」とも呼ばれる)が施行されている。データセキュリティ法は、国家安全保障における重要な法令として位置づけられており、データセキュリティのリスクや脅威に焦点を当て、データの分類・等級保護、データセキュリティ管理、リスク評価、国外移転への対応等を企業に義務付けている。データセキュリティ法の施行により、中国で得た重要データの取扱いについて細心の注意が求められている中で、今回の改正反スパイ法が施行された。日本企業は、駐在員だけでなく日本側の本部も仕事の進め方に細心の注意を払う必要がある。
そもそも、現地の駐在員の仕事とは何なのだろう。
事業のグローバル展開をすることが「国際化」。最初は、輸出モデル。日本で製造した製品を輸出し、現地の代理店、パートナー企業などに販売する。現地でマーケティングや代理店拡充、管理が必要になってくると事務所の開設。販売拡大に伴い、現地で在庫を持って販売オペレーションを拡充するために現地法人の設立。製造拠点を構えれば製造現法の設立。黎明期の段階では、日本から派遣された日本人の駐在員を中心に組織を動かしていく。売上の拡大と共に現地スタッフも成長し、幹部へと昇進し、徐々に現地化が進んでいく。それが「現地化」。
その過程で、企業にもよるが、幹部のポジションが日本人駐在員から現地スタッフに置き換わっていき、最終的に日常のオペレーションは現地スタッフでも回るようになる。日本人駐在員の仕事は、現地戦略の立案、組織運営、現地幹部社員の管理・指導・教育、コンプライアンスの周知徹底、本社とのコミュニケーション。そして、日本人駐在員の幹部に残された最も重要な仕事は、現地の人脈の構築と情報収集となる(はずである)。
本来、駐在員がやるべきことであるはずの現地でのネットワークの構築が、今回の改正反スパイ法の施行をきっかけに、やるべきではないこと、やってはいけないことになってしまう可能性が潜んでいる。
今回の改正反スパイ法は、現地駐在員だけの問題では決して無い。
中国に限らず異なる文化や言語環境で仕事をすること自体、日本での仕事とは異なるストレスがある。中国では、特に昨年までのコロナが蔓延した状況下で、駐在員らは並々ならぬプレッシャーの中で仕事をしてきている。本社側は「中国はやっぱり大変だよね。」「大変だけど、気をつけて頑張ってね。」といった他人事のような対応で、現地駐在員に全てを丸投げするようなことをしてはならない。
もちろん駐在員自身が細心の注意を払って仕事をしなければならないことは当たり前ではあるが、駐在員が置かれている状況を本社側がきちんと理解し、仕事の進め方等について共に考えサポートして行くべきである。
中国とどのように対峙していくべきなのか。現地駐在員に全てを押しつけるにはあまりにも大きな問題である。
7月8日記