12月22日は冬至。冬至は1年で最も日が短い。ここからは日が長くなっていくということ。寒さはこれからが本番だろうが、暗闇の中、早朝ジョギングに出掛ける身としては、折り返し点についたような気分。少しずつ日が長くなっていくことが嬉しい。
冬至の夜、我が家の食卓にはカボチャのサラダとともに餃子が出てきた。私の駐在に伴って上海に4年間住んでいた妻が、中国では冬至に餃子を食べる習慣があることを覚えていたのかもしれないと思い、聞いてみたら、全くの偶然。
冬至に餃子を食べる中国の習慣は、宋の時代にさかのぼり、医者の張仲景に起因するという伝説がある。張仲景は、冬の寒さで苦しむ人々を見て、特に耳が凍傷になるのを防ぐために、羊肉、辣椒(ラー・ジャオ、唐辛子)などを練った餡を耳の形のパン生地で包み、寒さを払う薬草を用いたスープで煮て提供した。これが「驱寒矫耳汤」(寒さを追い払い耳をなおすスープ)となり、餃子の原型とされている。冬至にこの餃子を食べることで、健康と幸運を願うようになった。
この習慣は、中国の多くの地域で今も引き継がれており、冬至に「捏冻耳朵」(凍った耳たぶを模した餃子)を食べることは、寒さから身を守ると同時に、冬の厳しい時期に家族や友人と一緒に過ごす特別な時を象徴している。
その晩、お風呂には柚子が二つ浮かんでいた。今年の冬至は、餃子を食べ、柚子湯で体を温めることで、思わぬ異文化交流の一日となった。
中国への出張から戻り1週間が過ぎ、ようやく日常のリズムを取り戻した感じがする。
今回の出張の目的の一つは、当社が顧問を務める江蘇省・蘇州にあるRactigen Therapeutics社 (www.ractigen.com)の訪問であった。創業者のDr. Long Cheng Li(李龍成)は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)で准教授を務めた後、2016年に中国に帰国しRactigen Therapeutics社を設立した。現在、同社は蘇州工業園区にあるライフサイエンスパークにオフィスと研究棟を構え、従業員は約60名、その9割以上が中国や海外の著名な大学で博士号を取得した研究者である。
彼らとは2020年2月からオンラインで何度も話をしてきたが、コロナ禍に阻まれて対面で会うのは今回が初めてだった。Dr. Li及び幹部たちとの打ち合わせの後、夜は近くの中華料理店で円卓を囲んでの会食。Dr. Liの方針により、会社の公式言語は英語で、資料やメールはもちろん、会議での会話も英語で統一されている。中国語で書類を作成し、それを英語に翻訳するのは時間と労力の無駄であるとの考えから、この方針が採用されている。私自身、中国語の発音が思うように上達しないため、英語での会議の方がはるかに楽である。日本人は意外に知らないことだが、ビジネスの世界では多くの中国人は英語を難なく使いこなしている。英語を話せる人の割合は日本よりも遥かに高い。特に若い世代は留学経験がなくても非常に流暢な英語を話す人が多い。中国語は日本語よりも多くの音を有しており、そのためか日本人よりも聞き取りが得意なように感じることもある。
とはいえ、会食の席では、中国語と英語が交錯していた。そうした環境では不思議と中国語が自然と口から出てくる。宴会は和気あいあいとして、あっという間に時間が過ぎた。オンラインではなく実際に同じ空間で時間を過ごす機会を得て、ようやく仲間になれたような気がした。
Dr. Liの出身地は湖北省荊州市(Jīngzhōu)である。荊州市は、湖北省の省都である武漢市から西に約200キロの位置にあり、長江に沿った港湾都市として知られ、三国志のファンにとっては、関羽の最期の地として特に有名である。私自身も三国志の愛好家として、Dr. Liが誇りを持ってその地を紹介する様子に共感を覚えた。故郷への愛着は世界共通だ。また、現代の中国では関羽が商売の神様として崇められており、オフィスに彼の大きな木彫りの像が飾られていることも珍しくない。
今回の出張は高铁(高速鉄道)での移動が多かったので、3冊の本を読了した。
1.斎藤淳子著『シン・中国人』
これまでにも多くの中国関連の書籍を読んできたが、特に面白いと感じる本にはなかなか出会えていなかった。しかし、この本は面白かった。政治経済の話題からあえて距離を置き、現代中国の若者たちの恋愛観や結婚観を描くことで、現代中国の課題が浮き彫りにされている。最近流行している「焦虑」「内卷」「躺平」「要润了」「脱单」「985废物」「尬」「尴尬」というような言葉を紹介しながら、現代中国社会が抱える問題を描写しており、興味深く読んだ。
2.綿矢りさ著『パッキパキ北京』
この小説は、著者が半年間北京に滞在していた経験に基づいて書かれたものである。彼女がその期間に見たこと、感じたことがネタにされている。短編であり、気軽に読める一冊。小説としての評価は定かではないが、北京に駐在したことのある自分にとって、よく知っている場所の描写が懐かしく感じられた。
3.小西マサテル著『名探偵じゃなくても』
昨年、第21回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した小説『名探偵のままでいて』の続編である。一話完結の短編が5つ収録されており、それぞれ独立しているが、全体を通じて一つの物語を形成している。前作では数々の著名なミステリー小説へのオマージュが散りばめられていたが、今回の作品では、あの偉大な映画監督ヒッチコックへのオマージュが込められている。物語の名探偵は、主人公である楓の元小学校校長であり、祖父である。彼は現在、幻視や記憶障害を伴うレビー小体型認知症を患っている。この小説は気軽に読めて、気軽に泣けます。
お正月の暇つぶしのご参考に。
では、良いお年をお迎えください。
12月24日記
※Ractigen Therapeutics社とは?
Ractigen Therapeutics社は中国を拠点とする臨床段階のバイオ医薬品会社であり、内因性遺伝子発現のアップレギュレーションを通じた治療薬としての低分子活性化RNA(saRNA)の開発の分野のパイオニアである。米国UCSF※に勤務していた2006年にRNAaを発見した李龍成教授と、彼の長年の同僚でありパートナーであるロバート・プレイス博士によって2017年に共同設立された。RNAaの専門知識を有する国際的なチームとともに、中枢神経系・神経筋疾患、眼球疾患、肝臓疾患、その他腫瘍等に対する薬剤の開発と様々な高度なDDS (Drug Delivery System)の研究・開発を進めている。特に、RAG-17(SOD1-siRNA):SOD1変異を有するALSに対するSCADTM によるsiRNA医薬は、複数の研究において、動物モデルの寿命延長と運動機能の改善において、先行するTofersen※よりも有意に優れた効果を示している。本プログラムは現在FDAのIND審査中であり、FDAは既にオーファンドラッグの指定を行っている。中国では医師主導治験(IIT※)が進行中で、2人の患者に投与された。
※USCFとは
カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)は、医学と生命科学に特化した公立大学である。医学、看護、薬学、歯学の学部と大学院プログラムを提供し、研究、教育、臨床ケアの面で高く評価されている。特に生物医学研究で有名で、UCSF医療センターはアメリカ国内の優れた病院の一つとして知られる。地域社会への貢献にも力を入れており、多くの医療専門家を輩出している。
※Tofersenとは
Tofersen とは、アメリカ合衆国の多国籍バイオテクノロジー企業であるBiogen社によって開発されたアミオトロフィック側索硬化症(ALS)を対象とした医薬品の名前である。同社は、多発性硬化症(MS)、スピナル筋萎縮症(SMA)、アルツハイマー病などの疾患に対する治療法の開発に注力している。Tofersenは、特に遺伝子変異を持つALS患者を対象とした治療薬として開発されている。
※IITとは?
IITは「Investigator-initiated trial」の略で、研究者主導の臨床試験を指す。製薬会社などの商業組織ではなく、個別の研究者や医師が主導し企画、実施されるものである。目的は、新しい治療法、薬剤、医療機器の効果や安全性の評価にあり、研究者自身の科学的興味や臨床的必要性に基づくことが一般的である。
研究者主導の臨床試験は、独自の疑問に答えるために設計されているため、製薬会社主導の試験とは異なる特性を持ち、特定の患者集団や治療法に焦点を当て、研究者の専門知識や興味を反映する傾向がある。資金調達や資源の面では、製薬会社主導の試験より制約が多く、大学や研究機関、または政府機関からの支援を受けることが多い。