■ ご飯の一生
先週のある夜、ふとテレビをつけると、どこかで見たことのある外国人俳優が画面に出ていた。笑顔になった瞬間に気づいた。サイモン・ペッグだ。『ミッション:インポッシブル』シリーズで、トム・クルーズの相棒・ベンジーを演じている、あのサイモン・ペッグである。
なぜ、ハリウッド俳優が、NHKのドラマに?
タイトルは「魯山人のかまど」。藤竜也さん主演で、和食を美の領域にまで高めた陶芸家にして美食家、北大路魯山人を描いた特集ドラマだ。戦後、会員制の「美食倶楽部」を主宰した、傲岸不遜にして孤高の芸術家である。
サイモン・ペッグが演じていたのは、世界的大富豪ロックフェラー3世。日本の文化に魅せられたロックフェラーが、夫人と共に北鎌倉の魯山人邸を訪ねてくる。魯山人は夫妻を茶室に通し、もてなしの茶を点て、そして——なぜか、白いご飯を、三度に分けて出す。
最初は炊き立ての清らかな白飯。二度目はふっくらと開いた白飯。三度目はおこげ混じりの白飯。不思議そうな顔をするロックフェラー三世に、魯山人が静かに告げる。
「最初のご飯は『味見』。生まれたばかりの清いものです。二番目のは『盛り』。働き盛りの味わいです。最後のは『名残り』。年齢を重ねたものです。老いたご飯も、味があっていいものでしょう?」
ロックフェラー3世は深く頷き、「ご飯の一生を、いただいたのですね。」
魯山人が静かに付け加える。「老いも死も、恐れるものではありません。」
——画面にしばし釘付けになった。 たった一椀の白米に、人の一生を乗せ、異国の客に何の言葉も足さずに差し出す。食は、奥が深い。
■ 月曜の夜の、急な誘い
そんな、味わい深い「食」の場面に出くわした先週、私自身も二度の特別な食卓に座った。
普段なら、週初めの月曜には夜の予定を入れない。 ところが今回は北京時代からの友人から「どうしてもその日しかない」と連絡が入った。当初は2人の予定が、「清華大学の同窓会で来日している同級生も呼びたい」と言われ、5人の会食となった。
その内2人とは初対面。深圳から日本での同窓会のために来日した女性。彼女は中国で著名なファッションデザイナーで、やはり清華大学の出身だという。
せっかく日本に来てくれた友人たちなのだから、日本料理を味わってもらいたい。そう思い、フランス料理出身のシェフが日本料理の創作を手がける店を予約した。
あいにく、急な誘いで個室が押さえられず、カウンター席となった。 円卓ならば全員の顔が見えるが、カウンターは隣としか話せない。中国の宴席の作法から見れば、最も避けるべき配置である。
席が話しづらい以上、勝負は料理の質に懸かる。私はシェフの動きを目で追っていた。カウンター越しのシェフたちは、一人ひとりが季節の素材と真剣に向き合っている。皿の上で料理が作り上げられる間、客席との間に張り詰めた糸が確かに見える気がした。
カウンターは円卓とは別種のコミュニケーション装置だ。客同士で向かい合うのではなく、同じ方向を向いて食事を共にし、シェフという第三者を巻き込んで空気が作られる。中国式の円卓の華やかさはないが、別の何かがそこにある。 その「別の何か」が、中国の友人たちに届くだろうか——。内心ヒヤヒヤしていた。
コースの締めに、土鍋が運ばれてきた。ちりめんじゃことタケノコの炊き込みご飯である。蓋が開いた瞬間、湯気と共に、出汁の香りと木の芽の青い匂いが立ちのぼる。シェフが鍋肌から米をほぐし、一人ひとりの茶碗によそってくれる。
一口食べた中国人の客たちの表情が、ふっと緩んだ。 「好吃(ハオチー=美味しい)。」 そして、全員がおかわりをした。誰も口数が少なくなり、ただ黙々と満足そうに一椀のご飯を味わっていた。
食事を終えた後、彼らはシェフたちと並んで写真を撮り、満面の笑みでシャッターを切っていた。美味しいものを共に味わった人間同士の、屈託のない笑顔だけがそこにあった。
席の形式は結局関係なかった。食は確実に国境を越える。
■ 電子の名刺
初対面の中国人と食事をする時、名刺を交換することはまずない。代わりに、WeChat(中国のChatアプリ)のQRコードをスキャンする。電子版の名刺が瞬時にスマホに届く。
会食の翌朝、デザイナーから、メッセージが届いた。
「昨天真是见识了日本顶级的好厨艺 👍🌹 让须总破费了 😊💪」(原文ママ)
「昨日は、日本最高峰の料理の腕に触れさせていただきました。スー社長、ご馳走になってしまいましたね」——そんなニュアンスである。「须(スー)」は、私の苗字「須毛原」の頭文字だ。
彼女のWeChatのプロフィール写真に目が留まる。美しい帽子、ファッショングラス、黒づくめの衣装。女優の萬田久子さんのような佇まいだ。63歳。私と同世代の女性が、自分の美意識を一切妥協せずに纏っている。紙の名刺は持たず、1枚の写真で自分という人間を堂々と差し出してくる。 ——これが、今を生きる中国の我々世代なのだ。
■ もう一夜、青山にて
もう1件、別の会食があった。6月から我が社に加わってくれる仲間との会食である。
青山の雑居ビルの2階。こぢんまりとした小料理屋風の店。カウンターの左隣のご夫婦は常連なのだろう、料理を1品ずつ味わいながら楽しそうに語り合っている。 店を切り盛りしているのは、兄弟の料理人。阿吽の呼吸で包丁を握り、合間に客と短く言葉を交わす。
ポテトサラダ、ブリカマの塩焼き、ヤリイカの刺身。家のご飯の延長のような、それでいて丁寧な仕事が施された品々だ。家族的な温度のある居心地の良い店だった。
ふと、思い出した店がある。
昨年他界した叔母がかつて横浜で営んでいた「梅林」という小料理屋。学生時代の私は、金欠になると梅林に行き、カウンターで常連の大人たちと話し、叔母の手料理をつまんで、また帰っていく。
叔母の作るモツ煮込みは、私が人生で初めて食べたモツ煮込みだった。今でもあの味は、私の中で「人生最高のモツ煮込み」として残っている。
日本の小料理屋には、誰もが少しだけ家族になれる——そんな空気がある。
そんな良さは、中国の友人たちに果たして伝わるだろうか。
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《今週の写真》一椀の中の、千年の旅
私たちが「春の味覚」として当たり前のように食べるタケノコ——正確には孟宗竹(もうそうちく)——は、中国江南地方が原産で、日本に渡ってきた時期には諸説あるが、全国に広がったのは薩摩藩主・島津吉貴が命じた琉球経由での移入だという。
そして「孟宗」という名は、三国時代・呉の人物に由来する。雪深い真冬、母が「タケノコが食べたい」と望み、彼が竹林を泣きながら探していると、雪が解け、地面から春が顔を出した——そんな親孝行の伝説の主だ。

中国江南から旅してきたタケノコが、日本の土鍋で、ちりめんじゃこと木の芽とともに炊き上がる。そして、千年の時を経て、中国からの客人の茶碗の中に戻っていく。
2026年4月26日