社長の日曜日 vol.142  Take your medicine 2026.05.11 社長の日曜日 by 須毛原勲

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 朝の公園は、新緑の匂いに満ちている。香りではなく匂いだ。生命の息吹そのものの、強烈な匂い。

 平日は、近くの公園、土日は遠くの公園まで足を伸ばしてラジオ体操に参加している。毎日同じような顔が集まっているようでいて、日によって少しずつ入れ替わっている。近くの公園でのラジオ体操はとても人気で、少しずつ集まる人数が増えている気がする。数日行かないと、私の定位置に新顔が立っていて、私はじりじりと脇へと押しやられていく。まあ、別に気にしないけど。手を伸ばして、隣にぶつからない距離が保てれば、それでいい。

■ 4月X日

 下北沢で、大学時代の同期と飲んだ。

 一昨年、40年ぶりに再会したのも下北沢だった。現れた彼は、年相応に歳を重ねていた。だが、声と話し方は、あの頃のままだった。

「変わってないな…」

「お前もだよ。相変わらず、訛り抜けないな。」

 40年。長いようで、酒が一杯入れば一瞬で埋まる距離だった。LINEで繋がり、以来ちょくちょく連絡を取るようになった。

 そんな旧友と、何か一緒にやれないか、話をしている。

■ 5月X日

 上海駐在から帰任されたお客様S様の、お帰りなさい会。

 当社のお客様で、上海赴任中はずっと窓口を担ってくださった方だ。コロナが始まった頃に赴任され、駐在は丸6年に及んだ。一時帰国のたびに、東京で会食の席を共に囲んできた間柄である。

 その夜は、一緒に参加した友人の交通の便から、東京駅近くの「銀平」という店を選んだ。席に着いてしばらくして、S様が口を開いた。

「ここ、上海の銀平の親会社なんですよ」

──そうだったのか。

 上海の銀平。虹橋の日本領事館近くにあったあの店。私も上海駐在中、足繁く通った場所だ。

 話をするうちに、刺身が運ばれてきた。異様に太い。上海でもこれだった。同じ太さ、同じ厚み。一切れを口に運んだ瞬間、虹橋のあの店の景色が、一気に蘇った。ぶっとい刺身が乗った海鮮丼。中国では衛生上ご法度とされる生卵をぽとりと割り入れ、「サルモネラ菌恐るるに足らず」とばかりにかき込んだあの日々。

 お客様の帰国を祝う夜のはずが、気がつけば私自身が上海に引き戻されていた。

■ 5月X日

 GW、ひとりの時間を作った。観たかった配信ドラマと、積みっぱなしだった本を一気に片付けることにする。

 まずはNetflixの「イクサガミ」。岡田准一主演、原作は今村翔吾。明治11年、京都。292人の志士が、東京までの命を懸けたゲームに挑む。岡田准一は主演にしてプロデューサー、アクション・プランナーでもある。渾身のアクションだ。途中で姿を消していく豪華キャスト陣の最期のシーン ── 玉木宏、伊藤英明 ── にも、しばし見入った。

 そして、清原果耶。彼女の演技をきちんと観たのは今回が初めてだったが、こんなにいい役者だったのか、と素直に驚いた。

 続けて「九条の大罪」。全10話を一気に。

 裏社会の依頼ばかりを引き受ける弁護士・九条間人と、彼のもとに送り込まれたエリート弁護士・烏丸真司のバディものだ。柳楽優弥がいい。淡々と、しかし腹の底に火を抱えたような芝居。SixTONESの松村北斗もいい役者だ。彼のことは「秒速5センチメートル」でもいいと思ったけれど。

 社会の暗部を容赦なく描く重い作品だ。気持ちが沈んでいるときに観ると、さらに沈むかもしれない。観るタイミングは選んだ方がいい。

 「プラダを着た悪魔2」が公開されているので、20年前の本編をもう一度観なおした。アン・ハサウェイのみずみずしさと、メリル・ストリープの貫禄。「時代を席巻した働く女性のバイブル」と呼ばれた所以がよく分かる。

 ドラマの後は、本棚へ。

 最近は「読む時間がない」と、買うのを控えてはいる。それでも、時間が出来たら読もうと積まれたままの本がずらりと並んでいる。

 その中の1冊を抜き出した。村山由佳著『PRIZE』。直木賞が欲しくてたまらないある作家の話だ。ネタバレになるからあまり書けない。ただ、最後にどんでん返しがある。読み終えて、しばらく本を閉じたまま考え込んだ。作家が守るべきもの、執着すべきものは、何なのか。うーん。

 そもそも、何故、この本を読みたいと思ったのか。実は私自身、小説を書きたいという気持ちがずっとある。学生時代、映画研究会に籍をおきシナリオを書いていた。先日下北沢で飲んだ彼も、実は同じ会の仲間。

 あの頃、二つの夢があった。映画か、海外か。私は後者を選んだ。それから40年余り、海外で働く夢は、まあ叶った。それでも、最近無性に思う。「何かを表現したい」と。毎週このブログを書いているのも、思えばその気持ちの発露なのかもしれない。

 小説を書くなら、エンターテインメント。読んでスカッとするやつだ。決して格好は良くないけど、それでも、諦めない親父が出てくる物語。

 まあ、仕事を辞めたら。──いつのことになるやら。

■ 5月X日

 アウトドアには絶好の日和。ひとりでゴルフに出かけた。

 神奈川にあるホームコースは、ひとりで申し込んでもグループに組み込んでもらえる。それが気に入って通っているのだが、メンバー枠ゆえ、組まされる方々のレベルが総じて高い。

 今回は、運悪く私以外の3人がシングルプレイヤーだった。私はレギュラーティーから、3人は遥か後ろのチャンピオンティーから打つ。皆が打ち終わるのを待ってから、私の番が来る。

──これが、いけなかった。

 第1打、いきなり左に大きく曲げた。2打目、木越えでグリーンを狙いたい誘惑に駆られたが、ぐっと抑えた。フェアウェイに低く、刻んで戻す。

“Take your medicine.”

 南アフリカの親友、ニールに教わった言葉だ。無理に攻めず、傷を浅く済ませる。こういう時こそ、一息入れろ、と。

 結局、スコアは散々だった。ドライバーは最後まで言うことを聞かなかったが、パッティングだけはその日誰よりも冴えていて、下り10メートルのパットを一発で沈めた瞬間だけは溜飲が下がった。

 空は抜けるように青く、爽快な五月晴れ。気分だけは最高だった。まあ、こういう日もある。 

 私のゴールデンウィークは、こうして過ぎていった。

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《今週の写真》カピバラ、うとうとの図

井の頭動物園にて。

五月晴れの日差しの下、カピバラが目を細めて寛いでいた。

網越しに、こちらまで眠くなる。

帰り道、小さなぬいぐるみを妻へのお土産に買った。この切れ長の目つきが良く再現されていて愛嬌がある。

今、それは彼女の携帯に揺れている。

2026年5月10日

by 須毛原勲

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