梅雨入り間近
初夏の陽気は長くは続かず、 雨模様の肌寒い日が戻った。雨の合間、神田川沿いを歩いていると、川面を覗き込む人が数人、足を止めていた。 私も欄干から下をのぞき込んだ。——いた。今年もこの季節が来たのだ。親ガモの脇に、雛が10羽。ぴったりと身を寄せて泳いでいる。 親の進む方へ、遅れまいと必死だ。小さな足を懸命に掻き、水面にいくつもの波紋を残しながらついていく。そのけなげな雛たちの姿に、しばし見入った。

雨の上がった土曜日。久しぶりにウォーキングの足を延ばした。 気がつけば道のあちこちで紫陽花が色づき始めている。淡い青、薄紫、サーモンピンク、白。まだ蕾の固いものも多いが、確実にあの季節が近づいている。 ラジオは、もうすぐ梅雨入りだと告げていた。
愛を、伝える日
その日、ラジオで知った。 5月23日は「恋文の日」であり、「キスの日」でもあるという。「こ・い・ぶ・み」の語呂合わせ。そして戦後間もない1946年5月23日、日本で初めてキスシーンの映る映画が封切られた。それにちなむそうだ。
ふと、隣の国でのことを思い出した。 中国では、3日前の5月20日が「愛の日」。駐在していた頃、中国人のスタッフに教わった。彼らと机を並べていなければ、私もこんな日のことなど知らずにいただろう。「520」の発音が、「我愛你(ウォーアイニー=愛してる)」に似ている。ただ、それだけの理由だ。この日、全国の結婚登記所に長蛇の列ができる。さらに「5201314」と続ければ、「一生一世、あなたを愛す」。その数字をSNSで送り合うのが、若者の流行だという。
恋文と、数字の語呂合わせ。 奥ゆかしい日本と、直球の中国。 伝え方は、ずいぶん違う。だが、愛する人への気持ちは、同じかもしれない。
訪日客4月実績——中国だけが、沈む
日本政府観光局(JNTO)の発表によれば、4月の訪日外客数は369万2,200人。前年比5.5%減ながら、今年の単月では最高だった。韓国、台湾、米国など9市場が「4月として過去最高」を更新している。
だが、1国だけが沈んだままだ。中国。33万700人、前年比56.8%減。ほぼ半減である。理由は、もはや説明するまでもない。昨秋来の冷え込みが、なお数字に重くのしかかる。
それでも、と思う。半減してなお、米国とほぼ並ぶ33万人。逆風の中、便を探してでも来てくれる人がいる。 冷えているのは人の心ではない。国と国との間の空気なのだろう。
届かなかった金、宿る誇り
スケートの高木美帆さん。 ミラノ・コルティナでの勇姿が、まだ記憶に新しい。
念願の1500メートル。世界記録の保持者でありながら、平昌、北京と2大会続けて銀。今回もまた、金には届かなかった。それでも、最後の1周、全身を絞り出すように氷を蹴るあの滑りには、胸が熱くなった。本大会では、500メートル、1000メートル、そして団体パシュートで、3つの銅。 15歳でバンクーバーの氷に立ってから16年。4度の冬季五輪を戦い、通算メダルは、金2、銀4、銅4の10個に達した。夏冬を通じて日本の女子選手として最多である。
その高木さんに、国民栄誉賞の授与が検討され始めたという。報せが届いたのは奇しくも彼女の32歳の誕生日の朝だったそうだ。 惜しみない拍手を送りたい。
「隣は、自分がいい」
同じ氷の上で、もう1つ。 フィギュアスケート・シングルの元世界王者・宇野昌磨さんと、世界ジュニア女王だった本田真凜さんが、アイスダンスのチームを組むと発表した。チーム名は「しょまりん」。妹さんが2人をまとめてそう呼んでいたのが、始まりだという。
あの「りくりゅう」の熱狂に乗ったわけではない。2人は2024年の秋から、1年半をかけて、静かに準備を重ねてきた。目指すは、2030年のフランス・アルプス五輪だ。
交際を公表している2人である。記者会見で、宇野はこう言ってのけた。 「絶対、隣は自分がいい」 本田が、隣で笑う。なんとも、まぶしい門出だった。
不屈の若隆景
土俵にも、諦めない男がいた。 若隆景。「わかたかかげ」——その、舌を噛みそうな四股名で知られる、福島出身の関取だ。
2022年の春場所で初優勝。一時は大関も目前だった。だが、そこからの4年は、怪我との戦いだった。膝を痛め、番付は幕下まで陥落した。今場所も満身創痍。右肘を痛めて春の巡業を全休し、稽古を再開できたのは、場所の直前だったという。
そんな体で、31歳が、ひと場所を戦い抜いた。 そして千秋楽。大関・霧島と12勝3敗で並び、優勝決定戦へ。
そして、勝った。霧島を送り出しで、土俵の外へ。25場所ぶり、2度目の優勝。ブランクの長さは、史上3番目だという。 長いトンネルの先に少しでも光がみえるなら、諦めず掴もうとする。それが実った一番だった。
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《今週の写真》神田川の、親子

カルガモの親子。 母鴨のあとを、10羽の雛が1列になって追っていく。1羽が遅れると、懸命に水を掻いて、また列へ戻る。小さな足は休むことを知らない。
不思議なものだ。 誰に教わるでもなく、なぜ親の居場所がわかるのか。母を見失うまいとする本能。これも命に刻まれた何かなのだろう。

梅雨入り前の、つかの間の晴れ間。神田川の水面にいくつもの波紋が重なっていく。
そして—— その親子を草むらから密かにうかがう猫が、1匹。
2026年5月24日
