スタッフエッセイ

新型コロナウイルスがもたらしたもの ― 部品業界の変化 2022.03.03 スタッフエッセイ by 沖虎令

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 部品ビジネス界には「定期コストダウン」という言葉がある。少なくとも年1回、会社によっては半年や3か月おきに購入する部品を値下げする習慣だ。日本の大手企業は必ず行っている。

 米国など海外企業でも同様の習慣はあり、部品サプライヤーを試験のように各項目で点数をつけて評価し、その中に「価格対応」という項目があり、値下げしないとこの点数が低くなる。その他に、品質、技術力、納期、応答性などを点数化し、高得点のサプライヤーに多く発注する仕組みで、コストダウンが評価全体に占める比重は大きい。

 一般の人は、自動車会社の決算発表で、「コスト削減努力の結果いくら利益に貢献した、」というコメントを見たことがあるかもしれない。「努力」には、部品サプライヤーの値下げが含まれる。部品価格は下がるものだ、というのが電子、電気はじめ製造業の常識であった。

 当然部品メーカーも「努力」が必要で、高性能、高機能のより価値のある新製品を売り出したり、設備投資して生産数量を増やしたりして、部品の原価を下げないといけない。

 定期コストダウン以外にもことあるごとにメーカーの購買から値下げ要求が出てくる。業績が悪くなった、完成品の売上がかんばしくない、新規事業を失敗できない、新部品は旧部品より安くなければいけない、など非常に自己本位の理由で、ひとえに買い手=顧客が上位だ、という前提がある。

 値下げのために、しばしばセットメーカーの購買や代理店が部品メーカーの営業部門に乗り込んでくる。値下げが認められるまで帰らない、という勢いでやってきて机をたたいて主張し、結果が出ないと次は上司を、更にその上を連れてきて、社長に会わせろ、となるので、どうしても妥協してしまうことになる。

 これは、納入トラブル時も頻繁に起きる。納期に間に合わない、必要数量を供給できない、となると購買担当が飛んできて、“はい”というまで居座る。上の者を出せ、となる。で、一日交渉して、夜は慰労のために会食、ということも多い。濃い付き合いが形成される。韓国の大手メーカーの購買は、「回答が無いとクビになる」とテコでも動かない。仕事にならない。

 ところが、新型コロナウィルス感染蔓延後、部品業界の景色が変化した。品不足を背景に部品の値上げが頻繁に行われ、購入側のメーカーもこれを受け入れている。長年部品業界で働いてきた身からすると、自動車用半導体が値上がりしたことは驚きで、全面値上げは自動車業界では初めてのことだ。

 何故だろう。今回の値上げは、まず欧米の部品メーカーから始まった。原材料費、委託加工費、人件費、コロナで滞った物流費、と実際にどれも上がったので転嫁した。中でも、製造委託で主導権を握る台湾のメーカーが委託加工費で強気に出て値上げを主導した。半導体では、TSMCのようにチップを製造する前工程も、組立・テストする後工程も、値上がりした。実情をみれば、前工程はTSMC以外の会社、後工程はほぼすべての会社が長年ギリギリの損益で経営しており、いままで困難に耐えてきた思いが噴出した感がある。彼らの主張は、原材料、人件費、輸送費の値上がりはもとより、半導体の投資には莫大な金額が必要で、増産して供給を確保したければ、これを捻出するだけの価格で買うべきだ、というものだ。もっともである。

 これは、台湾には部品メーカーが意向をはばかる会社、例えば日本ではトヨタやソニー、欧州ではフォルクスワーゲンやシーメンス、が無いから主張できたことであり、委託加工を通じてビジネスの構図が変化したためだ。

 更に見逃せないのが心理的な関係の激変があると考えている。

 上で述べたように、いざ厳しい局面になると買う側と売る側が面と向かって交渉する。買う側は相手が折れるまで粘り続ける、という長年のやり方がリモート交渉になり無くなってしまった。値上げも、納期遅延も、電話でさえなくメールやSNSで連絡する。相手が驚き、怒ってもリモート会議である。迫力が違う。最初は画面の相手に今までのように怒鳴っていたかもしれないが、リモートが続くといつしか合理的に、淡泊になる。

 リモート勤務は特に日本企業に対してビジネスライク化、とでもいう大きな変化をもたらしたと考えている。

 また、過去は値上げの話など端から受け付けなかった日本企業が毎日のように値上げ通知を受け取る。理由に挙げられている、原材料費も、人件費も、輸送費も、部品のコストは全て国際的事情に由来している。日本だけ見ているとデフレだが、世界中はインフレである。中国はじめどこでも給料は毎年10%近く上がっている。

 物価が上がらない、給与が上がらない、という思い込みは日本人だけが持っている、と気づかされ、結果として日本で売る製品も値上げされる。値上げは別に悪ではない。この値上げ、賃上げ、の循環に日本も今後入るのではないだろうか。

by 沖虎令

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