5月26日現在ロックダウンが続いている上海に駐在している。
この状況に対し、海外の人たちが持つ疑問は、「なぜこうなっているのか」、「なぜ市民は従うのか」、「今後も同様な事態が起きるのか」だろう。
「なぜこうなっているのか」。
これは報道でいわれるように、中華人民共和国政府、特にトップの習近平氏氏の方針である。上海は新型コロナウィルス感染拡大の初期に緩い制御政策を取っていたが、3月末に中央政府から副総理の孫春蘭 女史が上海に来て厳格な封鎖管理を指示し、突如ロックダウンが始まった。
ちなみに、孫春蘭は今年72歳の女性で中国共産党中央政治局委員、党全体の序列12位。同じく中央政治局委員で序列14位の上海市トップ李強氏よりも格が上で、李強は逆らえなかった。孫は当然習近平氏指示の下動いている。その後彼女は全国的な新型コロナウィルス感染再拡大対策の責任者となり、各地域を視察、指示を出し、彼女の通った後は厳しい管理体制が残されてきている。
中国の政治は日本人が考える政治とかなり違う。一党独裁、選挙が有名無実、などといわれる。イメージを持つための例えとして、中国の政治や政治家は、官僚組織や官僚に似ているといえる。官僚は選挙で選ばれるわけではなく、内部システムで評価、人事決定、昇進がなされる。
三権分立では、中央官僚は内閣、地方官僚は県庁、市役所などに属し、政治家は議会に属する。一方中国では、官僚が人民代表大会(国会、地方議会)の委員(議員)に異動になったりする。これを誰が決めるかといえば、共産党の組織部で、総元締めは中央組織部である。組織部は政府ではなくて党所属の部門なので、党組織があるところは、地方政府、裁判所、国有企業、どこでも管轄範囲である。共産党は人事権を持っているから強い権力を持っている。
中国の政治体制のもうひとつの例えは会社組織だ。中国の最高権力機構、中央政治局常務会委員は7人。中央政治局委員はトップ7人を含む合計25人。中央政治局常務委員会は週1回、中央政治局会議は月1回開催されるという。常務委員会が会社の取締役会、中央政治局会議が執行役員も参加する役員会、会議の事務方である党中央書記処が会社の経営企画部に例えられる。
会社も社長、役員を選ぶ時に選挙はしない。密室で決まるか、既定の出世コースにある人が選ばれるが、出世コースに乗るかどうかは個人の主観と運によるところが大きい。会社も人事権が非常に大きな力を持っている。
「なぜこうなっているのか」の一つの答えは共産党が末端まで持つ人事権に、中央、地方政府が逆らえないからだ。
「なぜ市民は従うのか」。
つきつめていくと、要は人口が多いから。人口が多いから、文句をいう人を排除し、問答無用の施策をとっても困らない。代わりはいくらでもいる。それがわかっているから市民は無駄な抵抗をしない。これが大方の見方である。
中国人は皇帝政治の時代から強権政治に慣れており、また、自己主張が強いから、自由になると混乱して収拾がつかなくなるから独裁政治がなじむ、といういわれ方がしばしばされるが、これはなんともいえない。
シンガポールと台湾は共に華人国家だが、政治形態は全く違う。シンガポールは人民行動党の一党独裁といえる政治体制で、中華人民共和国とほぼ同じだ。シンガポールも政治家を自由な選挙で選んではいない。
この方面に詳しくないので理由を深く検討したことはないが、独立を主導して長年トップを続けたリー・クアンユーの考えと、それを形成した地政学的な要素が大きいはずだ。シンガポールは資源も人材も乏しく、狭い都市国家で、尖ったところがないと近隣に併合されてしまう危険が大きい。とにかく特徴を出すために彼が打ち出した開発独裁政治といわれる方式が定着して今に至っている。
もうひとつ、シンガポールは華人以外が多く、普通選挙を実施すると、マレー人党やインド人党ができてまとまりが壊れるかもしれない。
台湾は華人が大半を占める世界の国・地域の中で唯一民主的な選挙制度を持ち、政権交代が何度も起きている。政権交代の頻度という点では日本よりもラディカルである。中国人は独裁政治になじむ、といういい方は台湾にはあてはまらない。
人口が少ないからできている、という見方はあるだろうが、絶対人口ではなく、人口密度では、1㎢あたり中国153人(2020年)、台湾650人(2021年)、シンガポール8,358人(2020年)、ちなみに日本は334人で、シンガポールは相対的に人口が多い。
とはいえ、リー・クアンユーはケンブリッジ大学を首席卒業、息子で現首相リー・シェンロンもケンブリッジ、ハーバードで学んでいるように、シンガポールの政権層は世界の政治に対する理解を持つ人が多い。長期的には政治体制が変わるかもしれない。
「今後も同様な事態が起きるのか」は、中国共産党が政権を保持し、膨大な人口を保持する限り、何度も同様な事態が起きるだろう。