スタッフエッセイ

日中の老舗企業観から ー 世界と日本 ビジネスの変化の速度 2022.10.18 スタッフエッセイ by 沖虎令@上海

  • facebook
  • twitter

 野村進著『千年、働いてきました 老舗企業大国ニッポン』(2006年)は、世界的にみて日本に圧倒的に老舗企業が多いことを世間に知らしめた。世界最古の企業をはじめ、最近のデータによると、日本には100年以上続く企業が2万5千社とも、3万社ともいわれ、これは世界の100年企業の約40%にあたるという。

 同書は理由をいろいろ述べているが、最大の要因は、日本が世界的にみて平和だったことだろう。世界の多くの国は、歴史的に戦争で焼け野原になるだけでなく、異民族に支配された経験を持つ。あるいは、同じ国の中で宗教対立により分断され、生活や文化を変えることが強いられる。

 中国は老舗企業が極端に少ない。100年企業は10社以下だといわれている。地方で知られずに存続している企業はあるだろうが。

 具体的には、呉裕泰(お茶)、六必居(醤油)、王老吉(飲料)、同仁堂(薬品)、張小泉(刃物)、陳李済(薬品)、老鳳祥(宝飾品)といったところで、最古が六必居で1503年創業とされている。

 中国において、黄河沿いの地域のみを支配していた周時代以降で、統一王朝(国家)といわれるのは、秦(前221年~前206年)、漢(前202年~221年、途中15年間「新」)、隋(589年~618年)、唐(618年~907年)、宋(960年~1127年)、明(1368年~1644年)、清(1644年~1911年)、中華人民共和国(1949年~)となる。前221年から今年2022年までの2243年間のうち、統一王朝存在期間は合計1539年となる。2243年間のうち704年間は統一国家が無く、当然戦争が常態化していた。

 統一王朝も内乱がつきものだ。有名なものだけで、漢の呉楚七国の乱、黄巾の乱、唐の安禄山の乱、黄巣の乱、元の紅巾の乱、清の三藩の乱、白蓮教徒の乱、太平天国の乱、という「乱」が起きている。文化大革命も実質は内乱だった。

 「乱」以上に対外戦争は当たり前で、中国は常に非周囲の民族から圧迫を受けていた。秦、唐、清の皇帝の出自は漢民族ではなく、周囲の民族が漢民族を征服して誕生した王朝だ。万里の長城という驚くべき建造物もその副産物だ。

 老舗企業は一族が代々受け継いでいくのが基本だ。戦乱により建物、店舗が焼失したり、占拠されたり、一家離散、壮年が兵隊に取られる。こういう事態が起きると企業の存続どころではない。とにかく食べていくために何でもいいから儲かることをする。

 日本は島国で社会が相対的に安定しており、かつ過去に鎖国により海外との競争にさらされず、老舗企業が多くある、これは確かだ。

 老舗企業が多い理由として歴史の他によくいわれるのは、日本の社会では、一つのことを追求する、やり続ける、持続可能性、ということが非常に重視されている、という職業観だ。匠の精神、その道一筋、伝統を守り続ける、という形容をされ、海外でも日本社会の特徴としてしばしば取り上げられる。

 いま、一般的に「職人」という言葉は良い響きを持ち、尊敬を込めていわれる。分野によっては仕事の結果が芸術に近づき、人間国宝にまでなることもある。製品ではなく、作品と呼ばれ、高値がつく。日本では古来、最高級の工芸家は為政者に重視された例がある。また、伝統的な技能だけでなく、町の飲食店、パン屋、菓子店も極めれば高級店となる。

 しかし、人々の間で一般的にこうした認識が抱かれるようになったのは最近ではなかろうか。筆者は、永六輔著「職人」(1996年岩波新書)が出て、職人をたたえた時、そうか、そうだな、と思った。若いころ、実家の家業を継ぐ人は大変だ、会社に入った方がお金が儲かり良い暮らしができるのに、と思っていた。へんくつな人が多いとさえ思っていた。

 日本で最初、かつ最大の戦乱だった第二次世界大戦を経たいわゆる「戦後」はずっと、多くの老舗企業が危機に陥った。諸外国でも企業が苦難に陥った戦乱である。企業、人々は儲かることはなんでもやる精神で生き残った。老舗企業も古い製品に留まらず、新分野にチャレンジしたことが生き残れた理由だ、という経験談に溢れている。

 そして、儲け至上主義が反省されだした1990年代に出た、上記「職人」という本の趣旨が新鮮に感じられた。

 日本の「職人気質」、「匠の精神」は平和だから生まれたものだとみられる。これに対し、中国社会にこの精神が乏しく、老舗企業が少ないのは歴史的な結果だ。更に文化大革命がとどめを刺し、のんびり陶器制作に専念していたら反革命として摘発された。

 さて、これまで述べた状況を裏側から見てみよう。

 筆者は、変化の激しい現代のビジネスで、日本社会の「職人気質」、「この道一筋」が足かせになっていると考える。大企業でも、長年の事業をできるかぎり止めない、企業の存続に全力を尽くす。それが良いことだと考えているからだ。

 中国だけでなく、広く中華圏、また韓国の企業は違う。彼らは、「100年続く蕎麦屋」のような存在は、「ビジネス的に無能」、「商売を発展させる気概がない」とみなす。大儲けをする、あるいは政治家になり権力を持つ、ということを子孫に期待し、実直に家業を継ぐことは奨励しない。

 だから、中華圏の企業は儲かるとみると誰もが古いビジネスを捨てて参入し、激しい競争を繰り広げ、また次の狩猟場に移っていく。欧米企業も基本は同じだ。

 日本企業が同じ競争をしたら勝てず、対応が鈍いといわれている。

 では、30年後、50年後はどうなるのか。世界は、過去に比べると平和的に維持されており、社会の停滞の兆しもある。

 永遠に新しいビジネスを求めて各社が栄枯盛衰する争いが続くのか。その道一筋企業が世界的により評価される時代が来るのか。

by 沖虎令@上海

ブログ一覧に戻る

PAGETOP