人物編について 人物編では「フィジカルAIを動かす人たち」を、中国と欧米から取り上げます。
なぜ、人を見るのか
技術と、市場の数字。この二つは資料で追えます。追えないものが一つあります。「誰が、何を作らないと決めたか」です。産業が立ち上がる時期の企業では、方針が組織の総意としてではなく、ひとりの判断として現れます。どの部品を内製するか、どの市場を捨てるか、いつ量産に踏み切るか。それらを読み解くとき、創業者がどこで学び、誰の下にいたかは、判断の背景を理解する手がかりになります。
中国のフィジカルAI企業には、設立から数年という会社が少なくありません。財務の蓄積が薄く、過去の実績から先を読むのが難しい。そうした対象を見るとき、残っている手がかりは意思決定をしている人物の来歴です。 そして、日本企業が組むかどうかを決めるとき、相手が何を大事にしてきた人なのかを知らないまま判断するのは危うい。来歴を知ることは、何を確かめるべきかの見当をつける助けになります。
まず、中国の3人から
最初の3回は、中国の3人を続けて取り上げます。王興興(Unitree 宇樹科技/杭州)、彭志輝(AgiBot 智元機器人/上海)、朱秋國(Deep Robotics 云深処科技/杭州)。この3人にした理由は、二つあります。 ひとつは、3社とも製品の販売実績を持つからです。構想でも試作でもなく、実際に売られている。評価の対象になるだけの材料があります。
もうひとつは、創業前に重ねた経験と、事業化で重視してきたことに違いがあるからです。学生時代の試作を起点とした王興興、大企業での開発経験を重ねた彭志輝、大学で研究・教育を続けながら起業した朱秋國。
共通点のほうも押さえておきます。3人とも大学で研究または学習の経験を持ち、いずれも企業や国の研究プロジェクトのなかで技術を身につけました。違いもありますが、共通点もある。
では、1人目から。
Unitree(宇樹科技)創業者の王興興。2026年8月に上海証券取引所の科創板へ上場し、いま中国フィジカルAIの象徴と呼ばれる会社を築いた人物です。
① 上海大学で、賈文川氏に出会った
浙江省寧波市の出身。学部は浙江理工大学 機械与自動控制学院の機電専攻です。大学院は上海大学に進み、機電工程與自動化学院の2016年度の修士修了生となりました。受け入れたのは、機械自動化工程系の賈文川氏です。賈氏によれば、二人が初めて会ったのは2013年の大学院入試の二次試験の後でした。王興興が学部時代に作っていた小型の電気機械の作品を見て、自分の手で作りきってしまう性分だと感じ、その年に他大学から受け入れた唯一の修士学生として採ったといいます。
② XDogは、国の研究プロジェクトから生まれた
後に王興興の代表作となる四足歩行ロボット「XDog」は、独力の趣味から生まれたものではありません。
賈氏が担当していた国家自然科学基金の青年プロジェクト——非侵襲型のブレイン・マシンインターフェースで四足ロボットを操作する研究——が母体でした。つまりXDogは、中国の大学研究システムと国の研究資金のなかで生まれています。
名前を付けたのは王興興本人でした。「さまざまな可能性を秘めたロボット犬」という意味だといいます。実験台の前には、青い子犬のアイコンを貼っていたそうです。
③ 指導教員が評価した、力学への理解と取捨選択
賈氏の証言で最も重要なのは、ここです。
XDogの開発にあたって、王興興は電動駆動、運動機構、歩行制御、外観に力を注ぎました。そして減速機、電池管理、環境認識は、いったん後回しにしています。
賈氏が最も高く評価していたのは、歩行ロボットの中核が力学、とりわけ動力学にあることを、王興興が早い段階で理解していた点でした。
そのうえで、自分の強みが出る部分に集中し、それ以外を切った。だからこそ短期間で1台を完成させることができた——賈氏はそう語っています。
修士3年目には、XDogがIEEEの『Spectrum』(電気電子学会の学会誌)で紹介されます。そのとき王興興が賈氏に漏らした言葉が、印象に残っているといいます。「賈先生、私は本当に全力を尽くしました、」と。3年間、休日を含めてほぼ実験台の前に座り続けていた学生でした。
④ 後回しにした領域へ、会社として手を広げていった
ここから先が、この人物の本題です。
2016年6月、ドローン大手のDJIに入社します。そして同年8月に退職し、宇樹科技を設立しました。創業の地は杭州でした。卒業前、起業の計画を最も早く知らされた一人が賈氏で、ロボット企業の視察にも同行したといいます。
退職の理由を、本人はのちにこう説明しています。学生時代に作ったロボットを買いたいという外部の投資家と顧客がいたこと。そして、ロボットへの思いに加えて、産業化の機会が現れたこと。わずか2か月での決断でした。
そしてUnitreeは、モーター、減速機、センサーまで自社開発を手がける会社になりました。ここでいう自社開発は、設計を自社で持つという意味です。社内で組み立てる工程と、外部に調達・加工を委託する工程は、別に考える必要があります。
学生時代に後回しにしたのは減速機、電池管理、環境認識でした。いま自社開発の対象になっているのはモーター、減速機、センサー。完全に一致するわけではありません。学生時代の判断と後年の開発方針を直接つなぐ資料は確認できていませんが、1台を仕上げるために切り捨てた領域へ、会社として範囲を広げていった——そう見ることはできます。
結果として、同社は四足歩行ロボットで世界市場の相当部分を押さえました。2026年8月14日付の株式公開(IPO)の際に発行される「目論見書」によれば、2025年の売上高は約16.99億元、前年比の増加率は約332.6%。主営業の粗利率は60.13%です。開発費が先行しがちなこの分野にあって、同社は黒字を確保しています。そして、2026年8月19日、上海の科創板に上場しました。
⑤ 本人は「まだこれから」と言っている
上場翌日の世界ロボット大会で、王興興はこう述べました。未知の環境では成功率が大きく落ちる、それが最大の壁である。未知の環境で約8割のタスクをこなせるようになる時期を臨界点とすれば、それは2〜3年先かもしれないし、5〜10年先かもしれない、と。条件つきの見通しであって、確定した予測ではありません。
人型ロボットについては、販売先の中心が依然として研究機関や教育用途にあるとされます。2026年上半期は売上高が前年同期比48.54%増と伸びた一方、非経常損益を除く親会社株主帰属純利益は19.34%減。研究開発と販売促進への先行投資が利益を圧迫しています。
ただし、これを「まだ時間がある」と読むのは危険です。技術課題が残っていても、競合が学習する速度は上がり続けます。残っているのは猶予ではなく、条件を選べる期間だと考えるべきでしょう。
日本企業への示唆
王興興の歩みから見えるのは、「取捨選択」です。
全部を同時にやったのではなく、何を今やり、何を後回しにするかを決めている。学生時代にそれをやり、会社でも同じ考え方が見てとれます。ただし、この会社の速さを彼個人の判断だけで説明することはできません。杭州という立地、部品の調達網、資金、そして研究機関という最初の顧客。それらが揃っていたことも大きい。
日本企業がフィジカルAIの導入を検討するときも、同じ問いが立ちます。自社はどこから手をつけ、何を当面やらないと決めるのか。すべてを自前で揃えようとした瞬間に、速度は失われます。
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次回は、大企業での開発経験を重ねてロボット産業へ進んだ人物、彭志輝(AgiBot 智元機器人/上海)を取り上げます。華為(ファーウェイ)が「天才少年」として採用したエンジニアが、2023年の創業から3年足らずで出荷の上位に入るまで。そして2人が、いまどこで交わっているか——その話です。
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出典・注記(2026年10月22日時点)
- 上海大学 機電工程與自動化学院 公式記事 https://auto.shu.edu.cn/info/1122/9898.htm (王興興は同学院2016年度の修士修了生。指導教員は機械自動化工程系の賈文川氏)
- 賈文川氏インタビュー「独家対話王興興硕士导师贾文川:保持专注至关重要」(2025年2月27日)https://news.qq.com/rain/a/20250227A01GID00
- 「自分の手で作りきってしまう性分」は、賈文川氏の原語「极客精神」の訳。
- 宇樹科技 招股説明書(2026年8月14日)/上市公告書(2026年8月18日)
- 王興興氏 世界ロボット大会での発言(2026年8月20日)
- 学部(浙江理工大学 機械与自動控制学院 機電専攻)、DJI在籍(2016年6月入社・同年8月退職)および退職理由に関する本人の発言は、上海証券報の報道(2026年8月18日)および同報道を伝えた新浪科技・IT之家の記事(2026年8月19日)による。https://finance.sina.com.cn/tech/digi/2026-08-19/doc-ininwawh8236656.shtml